34.生命線(せいめいせん)
〇前回のあらすじです。
『墓地につれて来られた和泉たちが、リビングデッドの大群におそわれる』
ふたりは左右に分かれた。
いびつな白刃が和泉の法衣をかすめる。
蠢く死者たちが、ふたつの生者に殺到する。
「兵を屠る、竜の雄叫び!」
ごおおおあっ!
和泉が薙いだ腕から真空の波が巻起こる。
魔力の旋風が、拳や武器を振りかぶるリビングデッド達を吹き飛ばす。
空圧の嵐に、死者の体躯がばらばらとくずれた。
白骨化したもの。腐敗したもの。乾いたもの。
あらゆる体躯の四肢が、風塵のなかで渦をまく。
ちかり。視界の端で光がはじけた。
どおおおおおおおおっ!
爆発が起こり地鳴が轟く。
爆炎があがり、骸のほそい身体が闇夜に舞った。
ウォーリックの魔法だ。
(あれっ。あいつ、呪文……)
下から跳んだ手のひらが、和泉の思考を止める。
ガツッ。
グローブをはめた千切れた手に、首が締めあげられる。
和泉は呪文を唱えようとして。
「がふっ……!」
空気だけが漏れる。
(声が出ない……っ!)
軽いパニックを起こす。
魔術師はふつう、呪文を発声することで自然力を司る超常の存在――【妖精】によびかけ、魔術という奇蹟を為す。
だから声は術師にとって生命線であり、戦闘時における声の喪失は敗北を意味した。
折れた別の手が地面をまさぐる。
近くにころがっていた鶴嘴の柄を握る。
くちばし状の鉄塊が、いきおいをつけて和泉の眉間に跳躍する。
(死ぬっ……)
――ぱんッ。
腐った手を灼熱の光芒が撃ち落とした。
支えを失った鶴嘴が、和泉の鼻先で停止する。
引力にひかれて――大地へ。
鉄の切っ先が、土の上で一度だけバウンドする。
「教授。これを」
群がる死体の合間から、ウォーリックの声が飛んだ。
同時に。一振りの剣も。
和泉は彼女が投げてよこした武器を、右の手でキャッチした。
背筋がゾワッと震える。
握ったグリップに血や肉片が付着している。リビングデッドの持っていたものだろう。
「おまえ――」
寄ってきた亡者たちを刃こぼれだらけの刀身で叩き伏せながら、和泉は叫んだ。
「使えるのかっ。ひばりの技法を!」
答えはない。
ゾンビパウダーで不滅の生命を与えられた死者たちは、焼いても砕いても再生した。
時に分離した部位を飛ばして、ゾンビはふたりの魔術師を圧倒する。
火柱があがった。
呪文なしで顕現した業火が、黒髪の魔女を守るように、らせんを描いて天へのぼる。
腐肉の焼けるにおい。
「使えます」
彼女の声にぼうぜんとしそうになって、和泉は我に返る。
殴りかかってきた村人装束のアンデッドを蹴り飛ばす。
ひばりの技法。
それは発声をともなわずして魔術をはなつ、魔術師最高峰の奥義だ。
【裏】の世界で随一の魔術学校である【学院】でも、使える魔術師は数えるほど。
教員を含む研究者クラスか、たまに大学部の生徒でも習得者は出るものの、いずれの場合もよほど才覚にめぐまれた逸材に限られる。
高等部の生徒での無詠唱者は、和泉はまだ聞いたことがなかった。
また、悔しいはなしだが。和泉は『教授』であり、魔術師としての技量も申し分なかったが、ひばりの技法はまだ使えない。
空から降ってくる焼け残り――爛れた手や頭部が、ウォーリックに組みつこうと咢をひらく。
すこし自分を情けなく思いつつ、和泉は防壁の呪文を唱えようとした。
が。先に彼女が魔法の障壁を展開する。
ばちいッ!
スパークが夜気を焦がす。
半球形の魔力壁が、降り注ぐ腕や頭部、腐り果てた胴体をはじく。
発声は、やはり無い。
小さくウォーリックが息をついた。
顔色が悪い。




