33.おもてなし
〇前回のあらすじです。
『ホゴルの使い魔を名乗る女に、和泉たちが宮殿へつれていってもらうことにする』
〇
宿を出て、土の道を三人は歩いた。
路傍にひっそりと雑草のあったていどだったのが、徐々(じょじょ)にぼうぼうとした風情に変わる。
ぴたっ。
ウォーリックは立ち止まった。
まだ村のなかだが、道はなくなって、草原地帯に移行している。
満月が、冴えざえと夜空に浮かんでいる。
「和泉教授」
呼ばれて。和泉は先を行く女を見失わないようにしつつ、生徒を確かめた。
「どうした。具合でも悪いのか?」
ウォーリックは胸のまえに両腕を組む。
首からさげた使い魔のヘビを少し邪魔そうにしつつ。片脚に体重をかけて、泰然と。
「おなかが減ってちからが出ません」
「だったらせめてそれらしい顔をして言ってくれ……」
和泉は「だはー」と肩を落とした。膝に両手をつき、無駄に張り詰めた気持ちをゆるめる。
「しょうがないでしょう。この村ったら、食事の量が少ないんですもの。おなかだって空きますわ」
「言うなよ。オレだって我慢してんだからさあ……」
案内人のマーゴットを気にして、和泉は生徒にわたわた手を振った。
ホゴルの使い魔である女性――マーゴットは、ふたりから離れたところで待っている。
ウォーリックは嘆息して、止めていた歩みを再開した。和泉のそばまで行き、声をひそめる。
「にしても。妙ではありませんか?」
「なにが?」
ゆっくりと、和泉も歩をすすめた。
マーゴットも。水先案内人として先へ向かう。
「……。宮殿は、こちら側ではありません」
「地元の人しか知らない近道かなにかじゃないのか?」
「よくもまあ。敵地にあってそんな好意的な解釈ができますわね」
自分の眉間を、ウォーリックは指で押さえた。
「心配なさらなくとも、もうすぐです」
遠巻きにふたりを見ながら、マーゴットがくちをはさむ。
和泉は表情をゆがめた。
使い魔の女は、木の柵のまえにいた。腰ほどまでの高さのフェンスを開けて、手招きをしている。
【フーガン墓地】。と入り口の柱には刻まれていた。
石の群れ。
逆U字の形に切られた墓石が、黒い草原に、等間隔にならんでいる。
月光のために浮かぶ刻印は、死者の名と生没年を彫ったものだった。
【表】で聖なる印とされる十字架は、【裏】では使われていない。教会もない。
無機質で飾り気のない石のシルエットだけが、広大な敷地にあふれていた。
その中心までふたりをつれて、女――マーゴットが止まる。
「道でもまちがえましたか」
あたりを見まわしつつウォーリックは皮肉った。
和泉もさすがに身をこわばらせる。
「いいえ」
とマーゴットは答える。
「こちらであなたたちを手厚くもてなすようにと。主人の意向です」
服のポケットに女は手を入れた。
星明かりが。取り出したものの表面をなぞる。
小瓶。
なかに白い粉の入った――。
だらだら汗を掻きつつ、和泉はあとずさりした。
「お。おもてなしって……。オレたちは、そんな大層な身分じゃないんだけどなあー」
瓶の蓋をマーゴットは開けた。横に振るう。
夜風に粉末がさらわれて、周辺に拡散する。墓地に降り注ぐ。
地面がきらめく粒子を賜る。
ぼこり。
土の下から、乾いた腕が突きだした。
「ゾンビパウダー……」
ウォーリックは独白した。
黒い双眸で、マーゴットを睨みつける。
「そんなものを、わたくしたちの前で使ってよいのでしょうか」
「ええ」
マーゴットは微笑んだ。
「だって。死人にくちなしなのでしょう? おじょうさん」
椋鳥のすがたにもどり、ホゴルの使い魔は夜空へと羽ばたいた。
暗がりにまぎれていく彼女のはるか下方で、死者は大地から生まれるようにして蘇る。
鎧兜をまとった痩躯。平民服の骸もある。
「あいつ。初犯じゃないよな」
すでに武具をまとった亡者と、武装のない死者。後者はおそらく、最近埋葬された亡骸だろう。
「いったん退くか?」
空間転移の呪文を唱えようと、和泉は頭に魔法陣を想起した。
――が。
「教授。足元を」
ウォーリックが指摘する。
和泉は地面を見た。
「……【指定紋】……」
指定紋。
〈ワープ〉を使った術者同士が、同じ地点に着地点をおいた際に、互いに相手を破壊してしまう。そうした事態が起こらないように設置される安全装置。
術者同士の接触事故を避けられる一方で、『転移座標』がぬりかえられ、魔法陣内に強制的にワープさせられるというデメリットもある。
「でも確か。【学院】には術者が選択して飛べる指定紋もあったような……」
「試してみますか?」
亡者のせまる魔法円を、ウォーリックは指差した。
和泉は首を振って拒否する。
(強制転移》だったらひとたまりもないぞ……)
包囲はせばまっていた。
ぼこぼこの全身鎧をまとった生ける死者が、錆た剣を、ふたりの魔術師に振りかぶる。




