31.ひとみしり
〇前回のあらすじです。
『和泉たちが、魔術師の男ホゴルが【ゾンビパウダー】を使用した疑いをつよめる』
夜になった。
昨日チェックインした宿屋【スターダスト】の食堂で、和泉たちは夕食を摂っている。
先日は遅い時刻に到着したためか、店にほかの客はなかったが、今はぽつぽつ、カウンターや窓際のテーブル席に、軽食や飲み物をついばんでいる人たちがいる。
ちぎった固焼きの麺麭を、和泉はビーフシチューにひたしてくちにほうりこんだ。
よく噛みもせずに呑みこんでから、対面のウォーリックにぼやく。
「やっぱ。領主のホゴルと会って、話しをしないことには駄目かな」
「会えればいいですけどね」
「そっか……」
「なにか問題が?」
「オレは人見知りなんだよ」
「奇遇ですわね。わたくしもです」
「……」
和泉は物申したい表情で、ウォーリックの澄ました顔を凝視した。
が。相手はさっさと食事をすすめるばかり。
水を飲んで、和泉は気を取りなおす。ほかの客に聞かれるのを気にして、声をひそめる。
「大体、ゾンビパウダーって。……オレは未だに眉唾なんだけどな」
「【表】の方は、大概そう言いますわね」
和泉が元々いた世界――とりわけその出身地たる日本では、ゾンビパウダーの記述は少ない。
あったとしても、某大陸南部の民族宗教が育んだ、生者を仮死状態にしてあやつる薬というていどだ。
ウォーリックはスティックサラダをつまんで齧りつつ。
「【裏】にだって、もともとは存在していなかったんです。けれど。誰かが製法を持ち込んだ。そして魔法技術による改良を経て、死者の復活という効果を実現した。蘇生後の見た目は……。まあ据え置きですが」
「でも。その――。死人をどうこうするっていう死霊魔術は、禁呪だろ。倫理的にまずいとかで」
カラになった食器をわきにのけ、ウォーリックはテーブルに肘をついた。両手の指をからめて組む。
ふっ。と鼻を鳴らして、彼女は硝子窓を見やった。
外は暗い。
「いちおうは。そうですね。と答えておきましょうか」
「奥歯にものの詰まった言い方だなあ」
「では。気のすむまで勝手にお疑いください。わたくしの意見がどうあれ、わたくしたちのやることに変わりはないのですから」
和泉はむかっとしたが、文句を言うより先にウォーリックが動いた。
ニンジンの細切りを齧りながら、彼女は席を立つ。行儀が悪い。
がちゃり。
エントランスの扉が開く音と共に、ぬるい外気が吹き込んだ。
薄いストールを肩に巻いた女が入ってくる。
ここに集まっているほかの村人のように痩せてはいない。ほっそりとした身形だが、血の色を透かした肌は瑞々(みずみず)しく健康的。
洋服は高価そうで、ドレスのうしろに流した黒髪は、柱の吊りランプの灯かりを受けてとび色に艶めいていた。
きょろ。彼女は食堂を見回した。
テーブル席にふたりの魔術師を認めて、そちらに向かう。
女――二十代ほどのその可憐な娘は、素朴な町娘めいた笑みで、和泉たちを交互に見た。
「貴族同盟のほうから来られた方たちですね?」
「はあ」
和泉はウォーリックと目配せして答えた。
ウォーリックは、上げかけていた腰を椅子にもどす。
「あなたは?」
と。彼女は女にたずねた。




