29.ねごと
〇前回のあらすじです。
『女子生徒のウォーリックが、知らない人とはなしをする』
けむりをくゆらせる若い男――エルリクから、ウォーリックはもうすこし離れた。
副流煙は身体に悪いし。くさい。
「エルリク……」
紫煙が風を受けて、大きな建物のほうへと流れていく。
「没落した貴族が、わたくしになんの用なのです」
「同盟に通報したの。おれ」
エルリクはいたずらっぽく笑った。
「高校を卒業してから、あっちこっち遊学しててね。なんとなしこのへんに流れついて……。偶然、見たのさ」
「なにを」
「殺人現場」
言葉を止めて、エルリクは相手のようすをうかがった。リアクションを期待したのだが無駄だった。
ウォーリックは「で?」とばかり。無言のまま先を急かす。
「べつの方角に村を出たところに、墓場があるんだ。そこでひとり、めった打ちにあった。村人に相談したんだが、我関せずって感じでな。町のほうまですっ飛んでって訴えたが……。調べたところ、『事件性は無し』ときた」
「めった打ちだったのに?」
「ああ」
「検死するまでもなく、人為的なものだと分かりそうなものですが」
「これはおれの憶測でしかないし。夜目が利くほうでもないんで。まあ寝言として聞いてほしいんだが」
絵空事。
と自分に言い聞かせるように、エルリクは天に煙を吹いた。
「死体が動いてた」
「殺されたかたの?」
「ばか。ちがう。加害者側さ。何人もの、鎧とかで武装した――ミイラみたいな連中が動いてたんだよ。そんで。この土地から逃げようとしていたやつを集団リンチした」
「だから同盟の書類に、『【死霊魔術】の可能性が高い』と。……」
ふっ。とウォーリックの脳裏に昨日のアンデッドが過ぎる。
だがそれについて、となりの男に言及をしなかった。自分の考えをいちいち他人に開示するのがめんどうくさかったのだ。
「そちらさんの仔細は知らないけどな」
少女の独白に、エルリクも『ねごと』をやめて首を振る。
「色々とむなくそ悪いんでな。あんたも伊達で貴族やってないって言うなら、さっさと解決してやってよ」
「自分でなんとかしようとは思わないのですか」
「ないな」
「情けない」
「現役の統治者を相手にドンぱちやる程おれあ自惚れちゃないさ。並以上のウデはあるつもりだが……。あんたなら、分かるだろ?」
ウォーリックは額を押さえてなげいた。
【貴族】――とりわけ現在形で自分の治める土地を持つ家柄は、三才か早ければそれよりまえから魔術の手ほどきを受ける。
方針は家ごとで異なるが、その内容は「スパルタ」の一言に尽きるというのは一貫していた。
領内の魔術師たちを、時には罰するという裁量権をもつ以上、最低でも領土内では『上位者』であり続けなればならない。
ほかの追随をゆるしては、あっという間にとって代わられる。
ウォーリックの家はそうやって土地の継承権をもぎ取ったし。エルリクの家もまた、似たような経緯で――。
逆に。零落したのだろう。
「あんた。メイ・ウォーリックだろ。跡目争いがひどい家なんだってな。五人いたきょうだいが――。あんたひとりになったんだってな。どういう決め方したんだか」
「それを。貴方に伝える必要はありますか?」
すッ。
とすぼんだ少女の目元に、エルリクは降参の仕草で両手を上げた。
「ないない。そう怒るなよ。ちょっと気の毒になっただけさ」
「どうも」
「とにかく。あんたらには期待してるから」
ちゃっと揃えた二本の指で、キザったらしくあいさつをして、エルリクは踵を返した。
ウォーリックはそれを目で追った。
「領主のホゴルに、本当になにか『不備』があり、わたくしたちが彼をどうにかしたとして――」
捕まえる。や、同盟に突き出す。と明言するのをウォーリックは避けた。
それ以外の措置に意識はかたむいていた。
「あなたはそのまま『どーもありがとう』だけで、この地を去るのでしょうか?」
エルリクは足を止めずに、手をひらひらやった。
「からっぽになった玉座がもらえればな。くらいのことは願ってるよ」
〇以上で、今年の『鉄と真鍮でできた指環《2》』の投稿はおわりです。
読んでいただき、ありがとうございました。
よいおとしを。




