3.大食(おおぐ)らい
〇前回のあらすじです。
『午前の授業を終えた和泉が、一階に昼食を摂りにいく』
〇
食堂は賑っていた。
腹をすかせた生徒たちが、各自好きな席を陣取って、丼ものや定食を二三人前はヘイキな顔をしてテーブルに並べている。
魔術は精神力と体力を使う。
そのため基本、魔術師は大食らいだ。
逆に食のほそい術者は、一人前になるより先に疲れ果てて、訓練についていけなくなる。
お盆にビーフステーキ定食と天丼をのっけて、和泉は真ん中あたりの長テーブルに席を定めた。
労働する使い魔たち(賃金は飼い主である魔術師のものになるのが哀れだ)と、それに混じってはたらく金欠の生徒らに、感謝を捧げて箸を取る。
(うめえ)
久々の牛肉の味にひとり感じ入る。
ぱたた。
と一羽の鳥が来て、となりの椅子に留まった。
その黒い鳥――烏は、契約者を持つものに特有の、変化の術でドロンと人のすがたに化ける。
からすは和泉に訊いた。
「マスターもごはん?」
「『も』ってことは。クロも今からか」
クロ――年のころ十才ほどの、背の低い少年である。
黒くて短い髪はぼさついているが、これでも毎朝ブラシで梳かしている。
身につけている丸襟のシャツに白いハーフパンツは、和泉が子供の時につけていた服のおさがりだが、靴だけは古いものを全部処分してしまったので、購入したスニーカーである。
「いいかクロ。自分の分は、自分で取ってくるんだぞ?」
「えー?」
ものほしそうに見つめる少年から隠すように、和泉は自分のトレイの食べものを両腕で覆った。
少年――クロは、『従者の魔術』を使って和泉が契約した使い魔だ。
原則的に、使い魔は主の命令に忠実である。
魔術師のちからが強ければ強いほど、その拘束力と貢献度は高くなる。――のだが。
「だってマスター。丼も持ってきてるじゃん。それ食わせてよ」
「どっちもオレのなの」
「太るよ?」
心配なんて微塵もない快活さで、黒い瞳をキラキラさせてクロは言った。
「あのなあ」
と。和泉は頭を抱えたものの。
「……いや。まあ。いいか」
「わはーい」
「ごはん多めだけど残すなよ?」
天丼を主のまえから自分の手もとに移動させて、歓声ついでにクロは返事をした。
彼は気づく。
「マスター。おはしは?」
食事を再開しようとした手を、クっとうめいて和泉は止めた。
食堂の入り口である大扉のわきに、箸はある。
トレイを積んだテーブルに、フォークやスプーン入れと並んで、蓋つきの箱に入っている。
和泉は呪文を唱えた。
「人形を繰る、糸の風琴」
遠隔から物品を操作する魔術である。
さいわい食堂の利用者はほぼテーブルについていて、すいたところから一直線に箸箱を指で示すことができた。
淡い光をともなって、念動力の魔法がケースのフタをあける。
ひとり分のお箸が浮いて、生徒たちの頭上をふよふよただよった。
吸いこまれるようにして、ふたりのいるテーブルに着地する。
となりのクロに取り寄せた箸をやって、飯にもどる。
「しょーもないことに魔術を使ってますねえ」
背後から男の声がして、和泉はとっさに顔を上げた。
放りこんだばかりの肉が喉につっかえて、激しくむせる。