23.curse(のろい)
〇前回のあらすじです。
『宿屋のまえでざわめく村人に、魔術師の男がやきもきする』
〇サブキャラクターの視点です。
【カース・ランゲージ】。
と男は言った。
虫歯で挿した銀歯が、チカリと月光を照りかえす。
魔術が存在し、精神のちからが実体を取る【裏】において、言語そのものが効果を持つというのはさほど奇異なことではない。
【カース・ランゲージ】はそのひとつ。
魔術師同士の力量がかけ離れている時。高位者側の言葉が発信者の意識の強さに比例して、下位者の行動を支配する。
魔術師と使い魔の関係は、この呪縛の理論につらなるものだと主張する学者もいる。
が。現時点ではあくまでオカルト止まり。
カース・ランゲージは、実存が証明されていない。
現象としては『それらしいもの』が観測されるものの、原因の追究が半端な段階。
採用するに足る論理がない。というのが正味のところだ。
軒下の魔術師は、しかし領民たちが御上に唯々諾々と従うのに、呪縛の存在を信じざるを得ない。
――先日。
三十代ほどの男がこの村で死んだ。
全身をめった打ちにされたすがたになって、彼は墓地で発見されたのだ。
複数人による凶行だが、犯人は『不明』。
分かっているのは、被害者の男は逃げようとしたということだけだ。
この、痩せこけた集落から。
しゃあっ。
客室のひとつが明かりを強くした。
窓のカーテンが退いて、格子状に区切られた硝子板が開く。
少女だった。
年は十八ほどか。身体つきは淑女のようだが、化粧っ気のない表情には、十代らしい美貌とあどけなさが共存している。
ほんのり紫がかった黒い瞳には、世界の支配者もかくやといった、野心の炎が昏くきらめいていた。
(あいつは……)
背筋の通った佇まい。
長い黒髪をほどき、着くずした服装だが、見苦しさはない。
油断も。隙も。
男は小麦色の眉毛を顰めた。
少女は唱える。
「彫像を愛でる。工匠の予言」
宿屋のまえ一帯に波紋が広がる。
「夜中にぼそぼそ、迷惑ですわ」
キゅインッ。
耳障りな音をスイッチに、囁きあっていた村民が停止した。
男は音が出るのもかまわずにうしろに跳ぶ。
魔法の〈波〉が、革靴のつま先で止まる。
「あなたたち。さっさと帰ってください」
発声をして、少女は二回、ぱんぱんと手を叩いた。
亡者のように正体のない足取りで、村人たちはいずこかへと歩いていく。
精神支配の魔術だ。
男は身震いした。
刹那。少女と目が合った気がして――。
彼はとっさに、小路へと逃げ込んだ。




