20.おフトン
〇前回のあらすじです。
『ふたりが村で宿をとる』
二階の廊下にあがり、客室に入る。
荷物をほっぽりだして、和泉はベッドに倒れこんだ。
置いてあるランプに火を入れたものの、明るさは心細い。
魔法の光源を飛ばして、布団に顔を埋めた。
「どういう教育を受けてきたんだ……」
疲労がドッと押しよせる。
息苦しくなって、横を向いた。
鼻から深く呼吸する。頭が冴えてくる。
すーっ。と冷静になって、彼女には言いすぎたと内省する。
森を移動中に注意をしたことだ。
あの魔女が撃ったのは人間ではなくて、【リビングデッド】だった。
『魂の所在』うんぬんは、和泉にとっては無視できないテーマだが、それはあくまで個人的なこだわり。
相手が人でなかった以上、非難する理由は無いはずだった。
(それ以前に。オレにあいつを叱る資格は無いんだ)
和泉には人を殺した経験がある。
事情はどうあれ、事実として。それは彼の血肉に刻まれていた。
忘れてしまいたい過去だが、同じくらいの強度で、忘れてはならないと戒める自分がいる。
言いわけにしかならないが。それでもウォーリックの行動を咎めたのは。
(ショックだったな)
『敵』をウォーリックがなにと認識していたかは知らない。
だがこの【裏】という世界における怪物は、基本的に【学院】が管理する【迷宮】というダンジョン以外に存在しない。
魔術の実験により、異形に変質した人や動物はいるだろう。
が。自然発生的に生まれる【モンスター】は、隔離された次元のなかに閉じ込められている。
(あいつ。慣れてたな)
魔術師のなかには、人を人とも思わない連中がそれなりにいる。
和泉も自分はどうかと問われれば、『ちがう』と答えられる自信は無い。
それでも――これは【表】出身者の大多数に言えることだが――人を殺めることに抵抗はある。
だが。あの少女には……。
(多分。箔はあいつが心配なんだろうな)
前学長である初老の男は、一見ぶっきらぼうだし、冷たいヤツと和泉自身思う時もある。
が。今回の件に関しては、情けを掛けた以外に理由が浮かばない。
彼女のちからについては折り紙つきだから、危惧しているのは内面だろう。
(そりゃあ気にもかけるわな)
近代武器をあつかう魔女を、ふっと思い返す。
武器生成の術は、作り出せるものが術者の意思に拘わらず、固定されたものが造形される。
魂の在り方。
深層心理において、術師が欲する攻撃性――。
諸説あるが、和泉が支持しているのは、当人の性格に合ったものという弱小な理屈だった。
(銃器か)
構造はよく知らない。
ただ。パーツや仕掛けの多い道具の形成・維持・使用は、それだけで簡単な造りの武器より魔力を浪費する。性能面での補正も付与しているのなら、消耗は殊更に膨らむ。
(あいつ。分かってて使ってんのかな)
【リビングデッド】と遭遇した場所は森林だった。延焼性の高い魔法は使えない。
それでも和泉は色々と、ほかに手もあった気がするが……。
(後出しジャンケンだな。オレは何もできなかったわけだし)
思考を変える。
でかいちからをぼんぼん使う浪費ぐせについては――反動は大きいが――本人の好みだ。
(うう……。ただの嫌なやつなら、墓穴ほるの待つだけだけどさ)
なんだかんだ、ウォーリックは言うことは聞いてくれるし、サポートもしてくれる。
(美人だし)
元来が人見知りのため言葉に出せていないが、土地勘がなく、また【裏】の世情に暗い身には、彼女の牽引力はありがたくもあった。
(あれでプライドの高ささえ、どーおにかしてくれりゃあ……)
和泉は溜め息して、また掛け布団に顔を押しつける。
むにゃむにゃこすりつけて、そのまま寝そうになる。頭を振って、気力を振りしぼる。
意志のもどった頭が、指針を模索する。
(……あいつ。殺る気なのかな。ここの領主)
【貴族同盟】という機関が、どこまでの処断を許し、どこまでを否としているかについて、明確な線引きはない。
――現場の調査員に一任する。
箔からは、そう聞いている。
それは仮に、ホゴルが犯罪的な魔術に手をつけていたら、拿捕したのち――あるいは、する際に――「どんな手段を取ってもかまわない」という免罪符でもある。
(箔先生が、オレに何を期待してるのかはわからないけど……)
ベッドから和泉は起きあがった。ずっとぐずぐずしていたら、睡魔に負けてしまいそうだった。
(止めるぞ。オレは……。ウォーリックがどういうつもりだろうと)
――善処します。
彼女はそう答えてくれたが、『これが最善』と判断すれば、極端な選択も実行に移せる瞬発力も持っている。
不安をひとまず和泉は意識から追いやった。
着替えを鞄から出して、入浴の準備をする。




