16.夕暮(ゆうぐ)れ
〇前回のあらすじです。
『つり橋が、何者かの攻撃によって壊される』
谷を渡りきると、すぐ森に入った。
夕暮れの、にわかに闇の濃くなった赤が、こずえの合間から下草を照らす。
ふたりは崩れるように地面に着地した。
ウォーリックが立ちあがり、使い魔のヘビからトランクを取る。持ちぬしに投げ返す。
「げふっ!」
飛んできた旅行鞄に、和泉は鼻を打ちつけた。
悶絶したのも束の間。
「人影が……」
「あ。こらっ」
がささっ。
茂みのゆれる森の奥に、ウォーリックは駆け出した。
和泉もあわてて、あとを追う。
「橋を爆破したやつかな」
黒髪をなびかせて走る少女の横について、和泉はつぶやいた。
「わかりません」
と彼女は答える。
迷うような密林――日の断たれた先から、烈火が飛来する。
「あぶない!」
和泉は生徒の頭を押さえつけた。地に伏せる。
熱の塊が、ふたりの頭上を通過する。
どおおおおん!
後方で爆発が起こる。うしろにあった木の幹が割れる。
ずうん……。
樹木がくずれ、黒煙があがる。
「あれは……」
教授の男の手を振りほどき、ウォーリックは身を起こした。
和泉も身体を起こし、火球の発生源に目を凝らす。
が。よく見えない。
人のシルエットが身をひるがえして逃げていくが、その背格好までは捉えきれなかった。
斜陽が、ゆっくりとかげっていく。
「動乱を仰ぐ。アテナの産声」
呪文を唱え、ウォーリックは魔力を武器に具象化した。
一丁の小銃が、かざした右手に生まれる。
先込め式の、近代的な飛び道具。
マスケット銃であるはずのそれは、魔術の産物であるがゆえに、術者の技量によって『連射』や『命中精度』の加護を受ける――もはや『ライフル銃』と呼んで差し支えない代物になっていた。
「ちょっ。ちょっと待て!」
ぱんッ。
床尾板を肩に当て、かまえた姿勢で。発砲。
魔力の弾が光の軌跡を引いて直進し、闇のなかで火花を散らす。
和泉はウォーリックの腕を掴んだ。
「相手に当たったらどうするんだっ。モンスターじゃないんだぞ!」
「さあ。『熊とまちがえた』とでも言いわけしましょうかね」
和泉を振りはらい、ウォーリックは走った。
鞄と、使い魔のヘビさえも置きっぱなしにして。
「おいおいおい……」
荷物をまとめ、ヘビを――かなりためらったものの。和泉は自分の腕に拾いあげた。
先走る少女を追う。
(嚙むなよ。たのむから……)
二の腕に巻きつく毒ヘビに祈りながら、森をすすんでいく。
ぱんっ。
光の弾道がなにものかを捉えた。
肉質なものが弾ける音がする。
次いで。動物的な何かが倒れる音。
茂みを掻き分けて、見失いかけた少女になんとか追いついた。
駆け足をゆるめる。
ウォーリックが、銃を片手に獲物を確認している。
夕暮れに、赤紫になった森の、伸びほうだいの藪に和泉も近づく。
額のまんなかに穴をあけて、動かなくなった人体がそこにはあった。




