15.つりばし
〇前回のあらすじです。
『敵の魔術師とその使い魔がなにかたくらむ』
〇
途中で降りた町から別の馬車に乗って、和泉とウォーリックは旅を続けた。
三日目の昼さがり。
目的の領地からまだいくばくかある停車場で「ここが終点です」と追いやられ、残りの道をふたりはとぼとぼ歩いていく。
〇
「メーイ」
「ウォーリックです」
相方の魔女を、和泉は谷の端から呼び止めた。
赤銅色に暮れる空の下。
深い谷間にかかる吊り橋――【オッコチッタ橋】のまんなかに、件の女子生徒は立っている。
「あの。和泉教授、」
橋の入り口――生木のポールにしがみつき、ヒザを笑わせている白い髪の魔術師を、彼女はあきれたようすでながめていた。
「はやく渡らないと、冗談ではなく日が暮れてしまうのですが」
「ばかっ……。怖いんだよ。仕方ないだろ」
「だいじょうぶですわ。見た目ほどお粗末な造りはしていないようですから」
植物のツタで天然の補強がされた太い縄を、ウォーリックは揺すった。
「ううう……」
木の板が並び、中央に向かって浅くしなった足場に、和泉はつまさきをのせる。
かかかかかか。
と音がしそうなほど情けないおよび腰で、一歩一歩。踏み出しめる。
なんとなく。ウォーリックは彼に訊いた。
「高いところが苦手なのですか?」
「わりと。そうだ」
「……。……」
思案するようにウォーリックはほそい顎に手を当てる。
和泉は彼女の仕草に「どうした」と問う余裕もない。
――かつて和泉は、【迷宮】というモンスターの巣にしてフロアごとに地形の異なる魔窟に、ひとりで飛び込んだことがある。
その際、第七層の溶岩地帯で、火の河にかかる手摺りのない橋を渡ったこともあるのだが。
かつての勢いなど、もはや見る影もない。
(あの時のオレ。ほんとに必死だったんだな……)
一年前の自分を、場ちがいになつかしむ。
数センチも進まない内に、足が止まった。
ぴゅうッ。と突風が吹いたのだ。
「ゆっ。ゆれるー!」
「早くして下さい。あなたの鞄だって、わたくし持ってあげてるんですから」
「だってさあー……」
「『だって』じゃなく」
ざあああッ。
ふたりの遥か下で河が音をたてて奔る。
水面からのぞく岩くれ。岸のそこかしこから伸びるほそい木々。
涼を孕んだ清らかな景色に、それらがものものしく映える。
「あのさあ……。どうしてもここ、歩いて渡らなきゃ駄目か?」
「そうですわね。……この辺も『飛行禁止区域』ですが、危険がある際は、免除もききますので」
「じゃあ。飛んで行きたいんだけど」
「だめです」
「なんでだよお~」
涙目になってうめく和泉。
ウォーリックは橋のロープを心持ちつよくゆすりながら。
「びびっている教授のすがたが不覚にもわたくしのつぼにはまったので。だめです」
「飛ぶっ!!」
上昇を呼ぶ、シルフの唄ッ。
と呪文を叫び、和泉は浮遊の魔術を展開した。
「!?」
がかああッ!
対岸で、閃光が爆ぜる。
熱波が橋のロープと足場を焼き切った。
光は魔法の発したものだった。
【魔鉱石】という特殊な宝石を使ったものか。術師の使う――魔術によるものかは分からない。
太陽を直視したようなまばゆさを、サングラスの奥――魔法の義眼に感じて、和泉はとっさに目を閉じた。
「ウォーリック!」
たわんだ橋と、バランスをくずす魔女が、半分だけ開けた和泉の片目に映る。
片腕を伸ばすと、少女は和泉の手首を掴んだ。
ふたつのトランクの内、ひとつが落ちる。
女主人の首から足にすべり下りた使い魔のヘビが、鞄の把手をくわえる。
「よくやったわリリン。――でも。爆発?」
ウォーリックがつぶやいた。
呪文を唱えて、和泉は飛翔の魔術を高速飛行に切り替える。
谷底に、つり橋が落ちていく。
焦げた臭いと、下方からの水音。
それらを感じつつ、ふたりは対岸――ホゴル領に渡った。




