14.むく鳥
〇前回のあらすじです。
『馬車の乗りかえで立ち寄った町で。ウォーリックが敵の使い魔を見つける』
〇視点が敵サイドに変わります。
パンゲア大陸南部の緑地。
深い谷にかかった橋を断てば、陸の孤島と化するせまく高い土地。
まわりを時に削られたように。あるいは取り残されるように。
歪な円筒形に立つ崖は、【スピネル岬】と呼ばれ、太古は【パンゲア】の外海をのぞんだと言われている。
その突端。
下は針葉樹林の広がる断崖に、ホゴルの住処はあった。
地味がまだ豊かだった頃、祖先が『サーガ』の挿絵に焦がれて造らせた、贅をこらした黄金宮。
実際は黄金を積んで外壁となすなど、いくらうるおった時代であっても高価にすぎたため、日が当たれば黄金に輝く外装は、銅や鉄に鍍金をほどこしたまがいものだ。
しかし。
月夜にあっても鮮やかな。きらめくステンドグラスには、翆玉や紅玉を含ませている。
宵闇のなかで、なおけばけばしい絢爛の宮に、椋鳥は帰ってきた。
バルコニーの窓を、警備の兵士に開けさせる。
なかに入る。
鳥のすがたが、二十代ほどの、トビ色につやめく髪をした娘に変わった。
深層の令嬢をにおわせる服をまとった彼女は、髪飾りでめかしこんだ長髪を風に洗わせる。
窓を閉めさせる。
兵士の動きは、のろい。
鎧兜をまとった警備員の肉体は、枯れ枝のようにぱさついて、目は洞になっている。
女はブーツを高く鳴らし、主のもとへ向かった。
最上階の、古式ゆかしい拝謁の間に入る。
「ただいま帰りました。ホゴルさま」
広く。長い絨毯の奥に、ずんぐりとした影がある。
「マーゴットか」
色硝子の天窓から注ぐ光の下、彼は大儀そうに手をあげた。
「どうだった」
老獪な声。
六十を迎えた男のしゃがれたセリフには、やって来た女を労うような響きがある。
彼自身は意識していなかったが、使い魔である彼女――マーゴットは、何年もまえに儚くなった一人娘が、成長すればこうなっただろうという容姿をしていた。
マーゴットは頭をあげた。
するり。くすみがかった髪が彼女の薄い背にすべる。
「先日……。何者かが同盟に嘆願書を出した件ですが」
「動いたのか。連中」
「残念ながら」
ぷっくり。
太った二重顎の上で男は歯噛みした。
「辺境のもめごととして、無関心を決めこむものと思っていたがな」
「勘づかれたのかもしれません」
楚々と。だが芯の通った声で。マーゴット。
「まさか……、」
男――ホゴルが分厚いまぶたに隠れた眼を険しくする。
「いや。すこし軽率だったか」
「調査の担当は【学院】のものです。教授の男と……。もうひとりは生徒ですが――ウォーリック領の若い当主」
「ふんっ。あんなチンケな土地の主なんぞ、なんの脅威にもならん」
「ホゴルさま……。領地の面積についてはお互いさまの気もしますが」
マーゴットの指摘に、ホゴルは「ごほんッ。ごほん!」と咳ばらいした。
「いずれにせよ。学院か」
「捨ておきますか」
「ばかもん。甘くみるんじゃない。やつらはエリート集団だ……。我々のやってることなど、すぐに暴かれるぞ」
「では。どうしますか」
ホゴルは黙した。
使い魔の女に目配せをする。
「……不慮の事故でもあれば、ここに来ることもなかろう」
「さようで。……」
マーゴットは頭を垂れた。主人のまえから退く。
それから彼女は、虚ろな兵士たちに命じた。




