11.うすいカベ
〇前回のあらすじです。
『馬車であおってきた男に、和泉が勝負をふっかける』
※相手の男サイドに視点がうつります。
〇
男――名前をロジャー・ボーンフィールドというが、和泉にはまだ名乗っていない。名乗る気もない――は、白髪の青年をためつすがめつした。
(実力を証明。ねえ)
コケた頬にえくぼを作る。
(魔法が効いた。効かなかった。なんて、いくらでも駄々(だだ)のこねようがあるってのに)
基本の攻撃魔法をひとつ。ロジャーは青年にお見舞いするつもりでいた。
本気は出さない。
完膚なきまでに術の顕現がなかった時、立つ瀬がないからだ。
(所詮は若造ってことなのかな。『法衣を持ってけるワケがない』ってのも、はったりだろ)
およそ十七、八ほどの白髪の魔術師は、どうにも押しに弱そうだ。くち八丁手八丁を尽くせば、多少向こうに利があっても、勝ちをもぎとることはできるだろう。
ここで言うこの男の『勝ち』とは、あいての、地位に対するちから不足を差すのだが。
「そちらからどうぞ」
若い魔術師に先攻をゆずられ、男は咳払いをした。
のどを整える。
声の通りは〈妖精〉への呪文の伝達――ひいては、魔法の威力に影響する。
持ち手の部分に氏名を刻んだ、増幅用の杖を男はベルトから取り出す。
対面の青年に先端を向ける。
「叢を薙ぐ、蜥蜴の息」
ごおおおおっ!
蜷局を巻く火の奔流が、一メートルも先にない若い魔術師の顔面に飛んだ。
透明な膜となった法衣の庇護力が、接触した魔力に作用する。
ぱあんっ。
緋色の熱波を、薄い壁が弾く。
(……っ!!)
男は歯噛みした。
(衝撃くらいは、あったろうけど)
焦げ跡ひとつ相手の顔にはない。
ひやりとしながら男は思考をめぐらせた。
万が一。向こうの魔法が自分を軽く吹っ飛ばせるほどなら、そのちからは本物だと言わざるを得ない。
(業腹だがな。けど。そうなったとしても、この法衣はもらっていくさ。でもって、)
不遜な小娘と、生徒であるはずの彼女の非礼を詫びもしない。詫びさせようともしない。
(【学院】の某に不当な暴力を受けたって、管轄地の自衛団にでも訴えるか)
傲慢な青二才の恥をかくすがたを想像して、顔に笑みが浮かぶ。
「じゃあ。次はオレですね」
独白するように和泉はつぶやいた。
黒い法衣を男に渡し、準備を終えるのを待つ。
先方の了解を得て、指先を男の両目のあいだに向けた。
身動ぎするに相手に魔術を放つ。
「まどろみを降ろす、ヒュプノスの韻」
意識を奪う波紋が、男の視界いっぱいに揺蕩う。
――落ちくぼんだ瞼が、何度か抵抗を試みようと持ちあがり……。
「……ぐう」
男は長椅子に倒れた。
そばに座っていたほかの乗客が、小さく悲鳴をあげて、あわててスペースをあける。
「ンがあっ。ごごごおおお……」
イビキをかいている男から黒法衣を和泉は剥ぎ取った。
「ロジャー・ボーンフィールド? ……このおっさんのことか」
落ちている杖をひろって、その名前に和泉は目をとめた。男――ロジャーのうえにもどしておく。
爆睡する中年の魔術師に、ウォーリックが半眼をやる。
「馬車からほっぽりだしますか。起きたところで、イチャモンつけられるのがおちでしょうし。」
「次の町まで寝ててくれればそれでいいよ」
「なぜ?」
法衣を着なおし、和泉はしゃちほこばっていた肩を揉んだ。未だ冷めない興奮を深呼吸でおさえつけて、少女に答える。
「そこで降りて、別の馬車に乗りかえる。……オレたちがな」
「めんどうですわね」
「『くちは災いのもと』なんだよ。ウォーリック」
おっくうな手つきで、少女は長い黒髪を掻いた。
「……肝に銘じておきますわ」
馬車が関所をくぐりぬける。
乗客を、べつの土地へいざなう。




