1.遠い地で
ゆらり。
墓地でそれは動いた。
血色の悪い肌。
虚ろな目。
こわばった四肢。
帯刀はしているが、ほそくかわいた身体はとても戦士の体格とは思えない。
まるで死体のような――。
そこまで考えて、まるでは余計だとハインリヒは気づいた。同時に、自分が窮地に立たされていることにも。
「た……頼む。見逃してくれ。もう限界なんだっ。こんなとこで、生きていくのは……!」
重い徴税。過酷な労働。
魔術師の世界――【裏】と呼ばれるこの領域において、肉体的な苦役と、数少ない収穫への搾取がまかり通る、希少にして悪名高い辺境領。
屍肉の色をした戦士は、怯えるひとりの男に剣を振りあげた。
新月の夜空に刀身は深い闇を湛えている。
ほそく険しいシルエットが、死の遣いのようにそそり立つ。
剣。
卑金属を鋳たそんな刃物より、はるかに高い攻撃力と殺傷力を持つ【魔術】という技が存在し、住民の大多数がそれを自家薬籠中のものとするこの世界において、物質による武装は価値が低い。
三十才ほどの、痩せた身体にシャツをダブつかせたこの男もまた、魔術の教育は受けていた。
――が。
彼は呪文を唱えなかった。唱えられなかった。
剣が振り下ろされる。
悲鳴があがる。
声が、止まる。
無数の墓石が立つ草原。
空虚に揺れる鎧武者たちが、 同じ場所に何度も武器を打ちつづけていた。