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ハーレムの中の悪役令嬢  作者: 永遠の国
新人編
5/28

05. 酒が飲みたい

  

 この新人、貴族出身の割に思ったより使えるな―――そんな評価をミーナが抱き始めた頃、唐突にユリアがとんでもないことを言い出した。


「そういえばミーナに聞きたいことがあるんだけど」


「はい、答えられることなら」


 いつもの淡々とした表情で答えるミーナに、ユリアは少し前にザラから聞いて気になっていた質問をぶつけてみた。



「お酒って、どうやって密輸するの?」



 **



 ―――酒が飲みたい。



 実のところユリアこと由利亜は、けっこう酒好きだった。


(最初は仕事のストレスから現実逃避するためと、そのぐらいしか平日の短い自由時間にサクッと楽しめる趣味が無かっただけなんだけど、慣れてくると定期的に飲んでおかないと物足りないと言いますか)



 というわけで、とりあえず酒が飲みたい。



 ちなみに前世では、特にこれといったお気に入りがあるという訳では無く、とにかく色々と試してみたいタイプであった。安い缶チューハイだのカクテルだのの「期間限定〇〇味!」みたいな飲料メーカーの販売戦略に、安易に乗っかって楽しむタイプである。


 転生してからもそれは変わらず、海に面した都市国家であるリグリアでは真水が手に入りにくいこともあって、薄めた安ワインを短い悪役令嬢時代にぐびぐびと飲んでいた。


 


 だが、ハーレムの絢爛豪華な食事には一切の酒が出てこないのだ。




「ユリア様……帝国の国教であるサイード教では、原則として飲酒が禁止されてるのはご存知で?」


 ミーナが念を押すように聞いてくるが、その程度でへこたれるユリアではない。


「あくまで“原則”でしょ?」


 サイード教は、タンジマート帝国で信者の多い宗教で、何かと戒律が多い。禁酒もその1つであるが、どこまで教えを忠実に守るかは地域や宗派によってバラつきがあった。そして広大な帝国を統治するにあたって、国家レベルでの禁酒は明文化されていない。



 これには多民族国家である帝国にいる少数派に配慮したとも、単に歴代スルタンに大酒飲みが少なくなかったとも言われているが、帝国法において飲酒は合法であり、宮廷においては最も穏健な宗派が主流派であった。


 ただ、宮廷に唯一の例外があるとすればハーレムだった。


 理由は単純、単調な日常に飽きた奴隷女たちが酒に溺れると困るという理屈と、酒飲みの女を歴代のスルタンが好まないという理由からだった。

 比較的寛容なセリムとて、やはり好みを問われれば「少しの酒でも頬を赤らめて、うっとりとはにかんだ微笑を浮かべる淑やかな女性」みたいなものを理想としている。




「ザラから聞いた話だと、ハーレムにも密輸業者がいて“手数料”を払えば、ワインでもシードルでも購入できるって聞いたんだけど、何か知ってる?」


「………」


 明らかに面倒くさそうな顔で、無言を貫くミーナ。顔には「ザラのやつ余計なこと吹き込みやがって」とありありと書かれているが、ややあって大きな溜息と共にミーナは口を開いた。


「お酒だけじゃないですよ。『運び屋』さんに頼めるのは」


 ミーナ曰く、なんでもカネを積めば外部から欲しい物を何でも取り寄せてくれるだとか。ただし相応の手数料と、知り合いからの紹介でないと注文は受け付けないという。


(ここは刑務所かい……)


 洋画とかでタバコを貨幣代わりにしてエロ本とか麻薬とかを売買する的なシーンは何度か見たことがあるが、まさか自分がそっち側に所属することになろうとは。



(まぁ、24時間ずっと宦官兵に監視されて、死ぬまでハーレムから出られないって意味じゃほとんど刑務所も一緒か)



 衣食住に不便しないという意味では遥かに恵まれてはいるが、自由の無さという点では囚人と大して変わらない。


 黒人の宦官によって起床時間から就寝時間まで生活を監督され、歌舞音曲に礼儀作法や料理、裁縫、タンジマート文字の読み書きから詩などの文学に至るまで様々な教養を身につけさせられる。



 至りつくせりのように見えるが、彼女たちがこうした待遇を受けられるのはすべて「教育」のためだ。“スルタンを楽しませられる女奴隷”として、必要な知識や技術を叩き込まれているだけで、好きでやっているかというと必ずしもそうではない。



 だから、時として趣味のための娯楽が必要になる。身体に悪いお菓子だとか、油絵を描くための画材道具だとか、一時の現実逃避に浸れる小説だとか、そういうものだ。



 だが、そうした娯楽は基本的に「女奴隷には不要なもの。過ぎたる贅沢」と見なされている。歴代スルタンによっては「女が自分の趣味を追求することは、夫への興味を失わせて献身と奉仕の精神を失わせる堕落への道である」などとして理由で読書といった趣味を禁じる者もいた。



 しかし「上に政策あれば、下に対策あり」とはよく言ったもので、ハーレムの女たちも負けてはいない。疎ましい規則の合間をぬって娯楽を追求するためなら、使えるものは何でも使う。



 幸いにもハーレムではタダ同然に手に入る化粧品や香油は、バザールでは高く売れる。誰が最初に考え付いたかは定かでないが、やがてハーレムの女奴隷たちはこれをバザールに転売することを覚えた。


 ハーレムの外に出れない彼女たちに変わり、出入りが許されている宦官がその中間業者となった。刑務所のタバコよろしく香油を集め、宦官を通じて外界と取引するのだ。



 「運び屋」は、そうした物流網の管理人である。宦官の買収や監視兵に見つからないように禁止品を隠し通す物流ルートの確保、そういった手配を全て一手に引き受ける。



「……まぁ、お酒ぐらいならいいでしょう」


 ミーナは目を閉じて大きく深呼吸すると、改めてユリアに向き直る。


「一応、知ってる人なので、彼女に会わせます」



 言い終わらないうちに、ユリアが破顔して満面の笑みが浮かんだ。


「やったー! ミーナ大好き! ありがとー!」


(本当に大丈夫かな、この人……)


 そんな事を想いつつも、ユリアの笑顔をみていると「まぁ、いいか」と思えてしまうから不思議なものである。自分も大概甘いな、とミーナはかぶりを振りながら苦笑した。

 


 プリズン物じみてきましたが、「原則ハーレムに持ち込み禁止」の品物を入手する裏ルートとかは多分あると思うんですよね。後宮ものとか、よくライバルを蹴落とすために毒とか入手してるライバルとか出てきますし。

 

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