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番外小話置き場  作者: わやこな
懐中時計とバグる世界
43/43

セティ・チコラの小さなお返し


本編最終話の合間、裏話的な小話。

リリネットお姉様に続くわよ! あとついでに根性だしなさいノール! なシグに、その通りですねと肯定するセティの一幕。



「ごめんあそばせーっ!」


 目の前に突如転がりこんできた人物に驚いたのは少しだけ。

 咄嗟に胸元に重ねていた両手を失礼のないように下ろす。もちろん、バタバタと慌ただしい仕草にならないように。

 そうすると、やってきたシグ様はにっこりと満足そうにうなずいた。


 シグエスネッタ・グラシュープ様。侯爵家の三女であり、次期侯爵の夫人。

 ご成婚されても、ご気性は相変わらず。お元気な姿を見られることが嬉しくて、私もついつい表情が緩むのを抑えられない。

 薄い羽みたいな銀と薄緑の髪に、透き通るような碧眼。何よりちんまりとした体格でちょこちょこと動き回るのが、とってもお可愛らしい。

 地方の田舎娘な私とは、天と地ほど違う生粋のお嬢様然とした容姿。愛らしいお人形さんみたいねと何度思ったことか。


「シグ様、ごきげんよう」

「ええ、ごきげんよう……ではなくってよ!」


 本日いらっしゃると聞いていたけれど、やっぱり本人の勢いにはいつも圧倒されてしまう。なんというか、型破りな御方だから。

 今日のシグ様、髪飾りで後ろに束ねた髪を手でさらっと掻き揚げてみたり、あたりを見回したりと何やら落ち着かないご様子。

 ううん、シグ様が常日頃落ち着いていらっしゃるかと聞かれたら、どうかなあと判断しかねるけれど。今日はいつにも増してとってもそわそわしている。

 時々、私よりも年上のように感じても、こういうところを見ると少しほっとしてしまう。

 人払いの済んだ部屋を案内して、ソファへと手を向ける。

 ああ、ちょうど今朝がた届いた最高級のお茶が手元にあってよかった。良いタイミング。


「シグ様、どうぞお座りになってください。今、お茶を淹れますね」

「まあ、貴女も自分でお茶を淹れるのね。人前であんまりしちゃ駄目よ。貴族にしては変な趣味ですし、何よりノールの真似って思われかねませんもの」

「ふふ、大丈夫です。シグ様に尽くすためという方便もあります」

「あら。ならよくってよ」


 早速用意したティーカップを手にして、満足そうにシグ様が笑う。カップからのぼる香りを楽しんで、それから一口お茶を飲んでから、はっと目を見開いた。


「いえ、未来の公爵夫人が侯爵家のわたくしに尽くすのは駄目では?」

「まだ伯爵家の娘です、シグ様。何より、リリネット様がお許しくださいます」

「なら仕方ありませんわねえ」


 ぱっと明るい表情に変わる。シグ様は、従姉であるミュステラー公爵令嬢のリリネット様好きと有名だ。両者とも、結婚された今でも仲睦まじくてちょっと羨ましい。

 私だってシグ様への敬愛は負けていないと思うけどなあ。

 また一口お茶を和やかに飲む。一瞬の間が空いてから、またまたシグ様は我に返ったご様子で言った。


「って違いますわ! わたくし、セティさんに用があって参りましたの」

「はい。ええと、相談……でしたよね。私にできることでしたら、なんなりと」


 シグ様のお手紙を思い出す。

 乙女二人の大事なお話とあった。シグ様の大事なお話となると、ぱっと浮かぶのは二つ。


 リリネット様のお話か、御夫君のお話。このどちらか。


 シグ様とお友達になってから、早くも十年弱。

 ウィニー様やペペル様と共にシグ様の動向やご機嫌をチェックした日々が懐かしい。

 男爵家時代のころより御恩をいただいて引き立ててくださったこと。それを胸に励んだ時間はかけがえのない宝物。こうして私が今ここに立てるのも、シグ様の助力があってこそ。

 だから、お役に立てるなら口にした通りなんだって手伝うつもりだ。


 カップを置いて、白くて丸い頬を染めるシグ様。

 きっとこれは御夫君たるノエルク様のお話!

 姿勢を正してにこにこと待ってみる。すると、シグ様は両こぶしを握って問いかけてきた。


「セティさん。あなたの能力を見込んでのことよ」

「はい」

「安全で、副作用のない自白剤か興奮剤はご存知?」

「……ええっと?」


 何がどうしてその薬を手に入れようと?

 ノエルク様関連だとして、盛るつもり、だったり?

 シグ様、やるかやらないかと言われたら絶対やる御方……いいえ、シグ様のお考えを聞かずに判断してはいけないわ。まずは話を聞かなきゃ。


「あるにはあります。何かあったのですか?」

「ノールに踏ん切りをつけさせるためよ。そう、やっぱりあるの。薬事に詳しいセティさんが仰るのだから、そうよね! 我が家の者たちは、みーんな口を揃えて知りませんだなんて言うのよ」

「し、シグ様。まさか」


 間違いなく、盛るつもりだわ。その場に薬があったら掴んで持ち帰って即日実行しそう。

 人道的に危ういことをなさる御方じゃないとは言い切れない。だって前科がある。御身を省みず自刃未遂なさったくらいだもの。

 加えて、ノエルク様に関しては大分と情熱的な御方であることは事実。

 人目もはばからず抱き着いたりキスしたりと、かなり大胆なことをなさっているし。

 そんなことなさらなくても、ノエルク様はシグ様に対して同じくらいの愛情を返されているはず。

 第一、夜会のたびに揃いの服をデザインするよう二人で口出しして、シグ様が何かなさるのをいつも心配して見守っている。甲斐甲斐しい親鳥みたいにそれはもう手厚く。

 でも、シグ様はそれが不満なのだわ。この様子からわかってしまう。


「ノールったら、わたくしという未来の伴侶を相手に怖気づき手を出さないのです。この麗しく可愛らしい最上の相手を前にして、躊躇うのよ!」

「ええと、そう、なのですか」

「なーにが君のためって! わたくしのためはわたくしが決めますわよ。ちょっと最初体調が優れなかったからってあの男!」


 興奮するシグ様は跳ねまわる小栗鼠みたいに愛嬌たっぷりだけれど、ちょっとだけノエルク様が不憫になってしまった。


「心配の言葉をつらつら言いながら、わたくしの反論に嬉しさを噛みしめていたくせによ? そう、聞いてくださるセティさん。あの時のノールったらまるで茹で上がった晩餐の赤海老のようだったわ! たまには、がばーっと来てくれてもいいと思わなくて?」


 ぐわーっと両手を掲げたシグ様が鼻息荒く言う。

 私の目には小動物の威嚇みたいに見える。なんてお可愛らしいのかしら。


「ええと、つまりシグ様は夫君であるノエルク様に迫られたいと」

「その通りよ、セティさん!」

「そしてご家族様には、おそらく遠まわしに止められていらっしゃる、と」

「特にお父様お母様にね。理解が早くて助かりますわ」


 惚気話かあ。

 でも、シグ様とそういうお話をするのも久しぶり。ああ、また力が抜けて口元が緩んでしまう。

 ノエルク様には悪いけれど必要な犠牲と思えば、うん。

 婚姻した貴族の令嬢の役目は子をもうけることもあるし。シグ様がちょっと……かなり、すごく行動的すぎるけれど、間違ってはいない行動だもの。

 成婚が十六。御年ももうすぐ十八であれば、そろそろと思ってもしょうがない。

 何より。


「リリネットお姉様が妊娠なさったのだから、わたくしもそれを追って当然」


 やっぱり。

 リリネット様関係でもあった。


「それにセティさんの先達として、しかとその背を見せなければならないし」

「え?」


 でもこの言葉には面食らってしまった。

 私が淑女教育で身に着けた微笑みが崩れたのを、やっぱりシグ様は見逃さなかった。


「セティさんはただでさえ家格差で重荷を背負っているでしょう? 子を産み育てることは、さらなる責を負います。なれば、お友達としてその荷の助けとなるのはおかしいことかしら?」


 確かに私の交友関係で、一番親しいのはシグ様とその周囲の方々。もし今後妊娠したらどうすればなんて、そこまでよく考えていなかった。きっと私は母にしか聞けないかも。


「婚姻も直にあるのだから、その後あたりが狙い目ですのよね。ですから、祝い事で浮かれてノールがふらーっといくような、そんなお薬があればと思うのですけど」


 シグ様……! そこまで私のことを考えてくださっていたなんて。

 澄んだ碧眼は未来を見通しているかのように、きらきらと光って見える。


「あ、あの、お薬を盛るだなんて大それたことはできませんが」

「が?」


 言葉尻を返すシグ様に、私は信徒のように両手を組んで答えた。もはや無意識の仕草だった。でもしょうがない、シグ様相手だもの。


「気分が上向きになる茶葉やスパイスを用いた食物があります。民間療法にも使われているものです」

「ほほう。続けて?」

「舶来品の取り寄せをチコラ領の港よりいたしましょう。こうして来てくださったことの御礼として、まとめて贈り物があってもおかしいことではございません」

「そうですわね」

「夫婦で食せば良いという縁起物も色々見つけてみます。私、そういうこと得意ですから」

「ええ、そうね。そうですわね」


 私が公爵家に選ばれた理由はもちろん、公爵子息のカシュロ様と懇意になったというのもある。でも、それだけじゃない。

 私は人よりもちょっとだけ運がいい。

 普段どおり生活しているだけで、希少鉱石が降ってくることもあった。散歩をすれば珍しい拾得物が手に入ることもざらだし、予期せぬ幸運が舞い込むことも一度や二度じゃない。

 もちろん、シグ様と出会えたことも私の幸運の一つだと思う。

 けれどそのことに甘えて何もしないなんて駄目。シグ様のお望みなら、私が培い学んだことを発揮しなきゃ。


「カシュロ様も、シグ様ご夫婦のためならきっと協力してくださいます」

「あのカシュロお兄様があ? うーん、セティさんがそうお願いするなら期待しようかしら」


 私の婚約者となったカシュロ・ミュステラー公爵子息はシグ様と軽口を言い合う仲だ。

 とくに姉君のリリネット様に対しての張り合いはすごい。リリネット様の御為ならと言えば、文句を言いつつ動かれるだろう。

 それに、カシュロ様はノエルク様とも親友と豪語なさっている。夫婦の危機かもしれないとお伝えしたら助けなければとお考えになるかしら。情が深い御方だもの。

 カシュロ様のお気持ちを私が動かすだなんて、恐れ多くはある。でも、シグ様たちご夫婦、いえ未来の私たちのためにもなる。よし、頑張ろう。

 そこまで考えて、私はシグ様のために頷いた。


「はい、お任せくださいませ!」




 私が学んだ知識とカシュロ様たちの伝手から探りに探り、日頃のお礼を兼ねて贈ってからしばらく。

 私宛にお手紙が届いた。

 運よく舶来品に混ざった曰く付きの卵と果実が功を成したのか。それともシグ様の熱意の賜物なのか。

 ノエルク様のご様子を伺わせる内容を、とってもご機嫌な文面で赤裸々に綴られていた。

 やっぱりちょっとだけ罪悪感が湧いたので、大事にお手紙はしまうことにした。もちろん、お祝いのお言葉は目いっぱい返したうえで。


 後々、ノエルク様ともお会いした時、恨めしそうに見られても甘んじて受けようと思う。



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