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番外小話置き場  作者: わやこな
ミヤスコラ学園の話
42/42

再訪、地下探検 下


 地下水路を進み、水に浸食された洞窟を抜けた先。大空洞に地底湖が広がっている。

 器用に壁や、水面から突き出ている岩肌を蹴ってテトスが進む。その背に揺られながら、ナーナは目を凝らした。

 以前ここに来た時には、辺りを見る余裕なんてなかった。改めて見ると、幻想的な光景だと思えた。

 揺らぐ湖面は静かさをたたえ、時折り銀の光を反射した魚の影が通り過ぎる。一面真っ暗とならないのは、岩壁にいる特殊な光る苔や天蓋の割れ目から漏れる外の光のおかげだろう。


(いえ、それだけじゃない。集光装置とする魔法道具が天蓋にある。ちょうどあの陸地のあたりだわ)


 ナーナが視線を向けたのは、先に見える陸地だ。

 あのあたりに、切り倒した大木があった。

 光はそこ目掛けて降りるように工夫されているようだった。


「あの大木があったあたりまで跳ぶぞ」


 テトスはそう言うと、足に力をこめて地底湖の遠くに見える陸地へと跳躍した。

 ぐんと風を切って進む。

 陸地が近づく。岩壁に混じってかさかさに乾燥した木の根があるのにナーナは気づいた。

 着地をすると、木切れがはじけるように細かく飛んだ。乾いた音がパチパチ響く。


「ついたぞ」

「ご苦労様」


 軽い労いを言って、ナーナが降りる。足元はやはり細い木の根が網目のように広がっていた。あの頃から一年近く経っているが、まだ堅い根も残っているようだ。

 念のため辺りに探知魔法をかけてみたが、呪いを送ってくるものはいなかった。そのことにほっとしながら、ナーナはすでに辺りを散策し始めたテトスの後に続いた。


「このあたりだな。ほら、俺がやった跡がある」

「なんだか、ちょっとした舞台みたいになっているわね」


 ナーナの魔法とテトスの膂力で選定した巨大な切株がある。

 下のあたりから根こそぎ薙ぎ払ったからか、ナーナの脛あたりの高さで綺麗な切断面が覗いていた。中身はみっしり詰まってはおらず、ところどころ隙間が空いていた。

 その隙間からは苔と茸が顔を覗かせている。とてもではないが食用には見えない。うっすらと燐光を放った茸は、かつてみたあの芋虫の柄と似ているのだ。

 二人は注意を払いながら、切株の舞台に上がった。


「ナーナ、笏があったあたりわかるか」

「ちょっと待って」


 あれほど強い呪いを放っていた媒介具であれば、わずかなりとも痕跡は残っているはずだ。古い道具であったし、劣化した部品が残っていればナーナには辿れる。


(よし、あった)


 間もなくその痕跡が見つかった。装飾部分から欠け落ちた破片が切株の中に取り残されていた。


「そこ」


 ナーナの指摘にテトスがさっさと近寄る。屈んで手袋をした手先が慎重に辺りを探る。

 しばらく覗き込んでいたテトスは無言で立ち上がると、ナーナを手招きした。

 そのままナーナにも覗き込むように手で指図する。

 訝しく思いながらも、ナーナが近寄って同じようにテトスが指さす先を覗き込んだ。


(……なにこれ)


 見覚えがあり過ぎる花がある。

 つい、この間。それも帰郷したときに何度も見たもの。強烈すぎる思い出と共に残っていた花だ。

 そしてその花に絡みつく粘ついた黒土から、苔と茸が侵食するように伸びていた。

 極めつけはその黒土から顔を覗かせた白い芋虫だった。


(これ、この花。待って、お婆様のお屋敷にあって……それで)


 テトスが無言でナーナを呼んだ意味がわかった気がした。

 ナーナたちの祖母が関与した疑いがある。だから、辺境領主は始末をつけろと送り出したのかもしれない。


(フスクス先生は気づいていらっしゃるかしら。いえ、今はそれどころではないのだったわ)


 辺境の騒動後。モングスマ家の代行として指名されたフスクスは、引き継ぎと引っ越しの作業に追われている。ナーナ達の代わりに全部背負うことになった恩師であり叔母に、厄介ごとを押し付けるのは躊躇われた。


「ティトテゥス。フスクス先生には」

「ああ。事後報告な。で、どうする」

「どうするも何も、お婆様の手であの笏の呪いを加えてあったとするなら、ばれないようにしなきゃ」

「そもそも、その確証は」


 そう聞かれると、絶対とは言えない。ナーナは口をつぐんで躊躇ったあと「多分」と返した。


「前に見たのよ。後から呪いを改良している文言があるのを。そのときに感じた執念じみたもの、炉の魔法道具が使われたあの部屋と似ていた……と思う」

「ずいぶん気が長い復讐だ。しかもとびっきり気合が入ってやがる」


 テトスの言葉に、ナーナは溜息を吐いて同意した。


「そうね。思えば、木の異形や危険生物とかの要素も共通しているから、多分、手を回したのでしょうね」

「植物系の異形の血は、前領主家の血筋だな。道理で虫と木に縁があると思った」

「でも、待って。あのお婆様と考えるとまだ何かあるんじゃないかしら」

「といってもなあ。ひとまずここの虫と花は処分しとこうぜ。証拠隠滅だ」

「そうね」


 二人は揃って頷くと、それぞれに切株の舞台に蔓延るうんざりするほどの代物に向かうのだった。



 一息ついたのは、水音が上がったころだ。

 何か下から登って跳ねたような音がした。

 小魚というよりも大きなもの。

 最初に気づいたのはテトスだった。


「お、来た来た」


 軽い調子で言うと、ナーナに合わせて休んでいたところから立ち上がって湖面を振り返った。


「早いな、優等生。さすが……」


 からかいまじりの調子は、次の瞬間固まった。

 珍しいこともあるものだとナーナも振り向くと、そこには水を滴らせた姿のヨランとジエマが湖面から現れていた。


「二人とも! どうやってここまで」

「コウサミュステの湖底から繋がっていたんです」


 腰を浮かせてナーナが言う。息を整えながら答えたのはヨランだ。

 静かに泳いで近寄ってきて恨めしそうに赤い目が二対こちらを射抜く。流れるように陸地に上がったヨランとジエマは濡れた体をそのままに口を開いた。


「最速で終わらせて上がってきました。それで、どうやって追いつくか考えたところで姉が」

「テトス様を見習って、様々な道を探った甲斐がございました」


 普段だったら、ふんわりと穏やかな印象を受ける話し方からは妙な威圧感がある。すかさずナーナがテトスを見ると、姿勢を見事に正していた。


「仲間外れはよろしくないと存じます。でしょう?」

「はい、その通りですね」


 すっかり躾けられた片割れの姿を見て、ナーナは思わず呆れてしまった。しかし、馬鹿にするわけにもいかない。次の瞬間は我が身である。

 そろそろとヨランのほうに視線を向けて伺う。


「ナーナティカ。待ってくれればよかったのに」

「でも、ヨラン。領主様に頼まれたのは私たちだけだったし。身内の問題で」

「ナーナティカ。あなたの身内は、ご家族とテトスだけですか?」

「あ、いえ、そのう……」


 じ、と見据えられた暗い赤。その瞳に映る自分がまごついているのが見える。いつの間にか近くにいたヨランを見つめ返して、ナーナは消え入りそうな声で答えた。


「ヨランも、です」

「そうです」


 よくできたとばかりに緩んだ表情に、こちらの表情も自然と緩む。

 すると、ぱしゃん、と水音がした。

 見ればジエマがテトスの手を引いて水中に入っている。


「ティトテゥス? ジエマ?」

「ジエマさんが水中の根にも何かあると仰っている」

「ナーナティカさんもご覧になったほうがよろしいわ。お待ちしています」


 そう言うが早いか、二人は息を吸って湖の中へと潜っていった。


「ええー……水中。また潜るの?」


 しかし、以前のような植物の根が健在なら。放置は危険だ。

ナーナは思い直して溜息を飲み込んだ。

 仕方ないと腹をくくったナーナの腕が、軽く引っ張られた。ヨランが手を引いている。

 何かと振り返ると、唇がふさがれた。柔らかに合わさった皮膚から相手の体温を感じる。


「……潜るなら、必要になるかと、思って」


 離れた温度が物寂しい。

 そう思う考えを振り払って、ナーナはこくこくと頷いた。

 ぎこちなく腕から手先に指が絡む。互いに握った後で、ナーナもヨランに連れられて湖水に潜りこんだ。

 冷えた水の温度は、不思議とちょうどよく感じた。



 水中では、すでにテトスとジエマによって片づけが始まっていた。

 どうやら木の根に茸の菌糸が蔓延っているようで、ぽろぽろと軽い衝撃で脆く崩れていく。

 魔法で人魚の足に変化させて近づく。すると、テトスがナーナの足を示して自分の足を指した。変えろと言いたいらしい。


(できるかはわからないけど……まあ、やるだけなら。≪変えよ≫)


 すると、テトスの足も同様に変化した。それを数度確認するように触ってからテトスはぐんぐんと泳いでいった。


(うん……? えっ)


 思わずジエマを見る。

 変化には相手の一部がいるはずだ。血でも体液でも、レラレに連なる何かがあれば。

 揺らめく水の向こうで、美しくジエマが微笑む。口元に人差し指をあてて、それをゆったりと下ろすとジエマはテトスの後を追って行った。

 くん、とヨランに手を引かれてナーナもまたその場を移動した。


 水中に蔓延った植物の根は、思った以上にあっさりと崩れ去った。

 驚いたのは芋虫と魚の合いの子のような異形生物がいたことだろうか。さすがに世に放つのはまずいと意見が一致した四人で、一匹残らず捕まえてまとめて処分をした。

 四人がまた切株の舞台に腰を下ろして互いを労っていたとき、遠くから誰かがやってくる物音と光源があった。


 いつかと同じような光景に、どこか懐かしく思いながら、ナーナたちはやってきたフスクスに向かって手を振った。





案の定、愛あるお叱りコース行きになりました。

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