ささやかな嫉妬と友情とふんわりな将来
『水溶性のたからもの』後日の話。
モナさまから呼び出しくらうヨランの話。
「ヨラン・レラレ。話がありますわ」
キンと張る、高い声。
気の強そうな顔つきをさらに強めるような、ばっちりと施された化粧。
すらりと高い背にほっそりとした体つき。艶やかな黒髪が、整えられた爪先の手ではらわれてさらさらと流れる。
昼食後。食堂から友人たちと移動しようとしていたところのこと。
ヨランは突然現れたモナ・ランフォードによって呼び出しを受けた。
ヨランの友人たちは談笑していたのが嘘のように、ヨランを生贄に捧げて遠目に見ているくらいだ。薄情な友人だと思うが、あのランフォード家のお嬢様で三年女子のリーダー格から睨まれたら、その気持ちもわからなくはない。
「ついてらっしゃい」
「僕だけ、ですか? あの、アミクに用があるというわけでは」
「なくってよ」
ぴしゃりと遮られた。
後ろから「モナ様、機嫌悪そうなのも威圧感あって美しいですね!」と馬鹿みたいな賛辞が聞こえた。間違いなくアミクだ。
「わたくし、これでも忙しいの。早くしてちょうだい」
ツンと顎を逸らしてモナが言う。ヨランはおずおずとうなずいた。
それを見ると、颯爽と背を向けて歩いていく。
(……たぶん、ナーナティカ関連だと思うけど。なんだろ)
モナは、ナーナの寮の同室者であり仲の良い友人だ。
ヨランもナーナを介して会ったことはあるが、特に交流はない。家の商売的に貴族のランフォードが上得意の顧客になったら嬉しいな、くらいである。
だから、こうしてモナから呼び出しを食らうとなると、ナーナ関連しか考えられなかった。
モナはずんずんと歩いて、廊下から学園棟から出て、ヒッキエンティア寮へと続く道を進んでいく。
整備された石畳と背丈の低い塀に囲まれた道をそのまま進むと思いきや、途中で別れた小道に行く。各寮に続く道に休憩用のスペースがあるように、ヒッキエンティア寮へ向かう道にも同じようにあるらしい。
少しすれば、白い木製の長椅子がひっそりと並んでいるのが見えた。
木陰に囲まれて見通しは悪く、人目を避けるには良さそうな場所だ。
ヨランが後ろからついてきているのを確認すると、モナは指を椅子へと向けた。
「お座りなさいな。悪いようにはしないわ」
「……はい」
指示された通りに座ると、モナはあたりを見回した。
「ミミチル! いるでしょう。出ておいでなさい」
眉を寄せて言い放ったモナの声が響く。すると、しばらくして木陰の中からひょっこりと背丈の低い女子生徒が現れた。
(ナーナティカの、もう一人の同室だっけ)
ぱちぱちと目を瞬かせていると、たちまちその体はひっこんだ。藁のようにたっぷりとした髪を結んだ先ばかりが見えるだけになった。
それを見てまたモナが「ミミチル」と叱るように名を呼んだ。
「だってえ。はじめての人だし……あの、ミミチル・ポノフです。ナーナの同室で」
「はい、ナーナティカから聞いています」
わからないながらも返せば、モナは腰に手を当てて不満そうにした。
「んもう! こういうときくらい、しっかりしなさいな。虫だと思って話せばいいじゃないですの」
「虫は人より可愛いもん」
「わたくしには理解できない感性ね」
(虫と思えって……聞いてはいたけど、言われるとちょっと)
ナーナからミミチルが無類の虫好きで人見知りというのは聞いている。だが、言い方に難がありすぎる。
二人はヨランの前で軽く言い合いしながらも、結局モナが折れたようだ。
咳払いをして、座るヨランの前に立った。
「ヨラン・レラレ? あなた、わたくしたちのナーナと光栄にもお付き合いしていると聞きましたわよ」
正直なところ、いつかナーナとの交際についての言及がくると思ってはいたが、実際にされたとなると身構えてしまう。
(ふさわしくないとか、別れろとか、そんなことを言う人たちじゃないだろうけど。いや、言われても断るし)
それでもナーナに近しい人たちからの否定は聞きたいものではない。
身じろぎをしながら座ったままのヨランを見下ろして、モナは重々しく言った。
「あなた、将来は婿入り? それとも嫁取りをするのかしら?」
「……ええと?」
「ですから! ナーナはゆくゆくは都に住むのかしら。それとも辺境に戻るのかしら。聞いていませんの? ほら、婚姻すると住む場所も変わることもあるでしょう。で、ナーナが辺境出であっても都に行く可能性がありますの? ないの?」
「あの」
「わたくし、都にナーナが行くくらいなら、我がランフォードの土地に来たって構わないと思っていますのよ。むしろそうしたいの。あなた、次男坊でレラレからはどのみち出るんですわよね」
つらつらと怒涛の言葉を浴びせられて、ヨランは思わずひるんでしまった。
木陰の奥から「モナ、ナーナと一緒にいたいんだって」と補足するミミチルの声がする。
「良いですこと? ヨラン・レラレ。あなた、ナーナを大事にするのはもちろんのこと、わたくしのもとへ来ることをそれとなく! それとなくですわよ! ナーナに仄めかすんですわよ!」
「ええ……」
忠告や別れのお願いではなく、勧誘だった。
モナはよほどナーナが気に入っているのか、もどかしそうにヨランに言う。
「だって! 会えないのは寂しいじゃない。あなた、仮にもわたくしのナーナの恋人になったんですから、それくらいしたっていいですわよね。いいとおっしゃい」
「仮にもって。真実、そうですけど。あと、そういうのはナーナティカの意志を尊重するべきでは」
「んまあ!」
眦が上がるが、モナはむっつりとして黙った。
「モナ。レラレが言うの、正しいよ」
追い打ちのようにミミチルの援護が入った。ぐぬ、とモナが悔しそうに歯噛みする。
「そもそも、ナーナティカは魔法道具屋を継ぐつもりなんじゃ」
「じゃあ第二支店としてわたくしのところが支援しますわ」
「それなら僕の家が真っ先に囲います」
「あら、パトロンは重要ですわよ。後見は大きいほどいいのではなくて?」
「それは、そうですが。あの、言わせてもらいますけど」
ヨランは言葉を切って、モナを見上げる。
(ナーナティカの友人でも、こうも口出しされるいわれはない。そもそも、ナーナティカを自分のだって……自分の? は?)
ナーナティカは、自分の恋人だ。将来的にも、隣に居続けるのは、自分だ。譲ってたまるものか。
不満がついてでそうになって、飲み込む。しかし、見返す目には不満が灯ってしまった。
だから、つい、独占が口をついて出る。
「ナーナティカのことはナーナティカが決めるべきです。もちろん、二人の問題は、僕らで解決するので。お気遣いなく。今から勝手に未来の横やりはやめてください。邪魔です」
「なっ、あ、あなた」
「うわあ」
二人が呆気に取られている隙に、ヨランは立ち上がった。
「お二人がナーナティカのことを心配して、好きでいてくれるのはかまわないです。ナーナティカも喜ぶでしょうし。話はそれだけなら、帰ります」
「あなた、思った以上に性格がよろしいのね」
「好きな人のことで、狭量になるのは普通じゃないですか」
言い返せば、モナは腕を組んでつまらなそうに言った。
「ここで感情を露わにしてムキになる男なら、やめなさいと言えたのに。まったく、嫌になりますわね」
「友人の恋人に、試し行動をするランフォードに言われたくはないです」
モナは言い返してこなかった。さすがにこの行動が過ぎたお節介である自覚があったのだろう。
かわりにひっそりとしたミミチルの感嘆まがいの声が聞こえる。
「ナーナのいう可愛いってわかんない。可愛くないよお、こわいよお」
「かわっ」
反応しそうになって、堪える。半分以上言いかけたが、どうにか口を噛んでおしとどめた。
(可愛い!? そう、思われ……ローガンか? ローガンが僕にあれこれ言うのを見られて? いや、年下だから?)
ローガンとは、ヨランの同室者で可愛いに目がない男だ。小柄で見目に少しでもその要素があればはしゃぎながら「可愛い」と言うやつである。
正直、複雑だ。
確かにヨランは精悍さとは遠い見た目であると自覚している。ましてやナーナの双子に偉丈夫といってもいい体格のテトスという男がいる。
それと比べたら、頼りないと言われると否定はしきれない。
(……成長を助ける薬とか。いや、食事か。食べ物とか、もっととろう)
脱、可愛い。
せめて格好いいとか、頼りになるとか、好きとかもっと言われたい。
ひそかに決意をして、ヨランは軽く礼をしてその場をあとにした。
後ろからひそひそとした囁き声がする。耳のいいヨランには、嫌でも聞こえた。
「聞こえちゃったのかな。動揺してたね、モナ」
「してましたわね。その点から今度は攻めましょ、ミミチル。ナーナ関連で強請りますわよ」
「ええー。やだよお。こういうのって下手に首突っ込じゃったら、こじらせの元だもん。やめなよモナ」
「わたくし、諦めませんからね。ナーナの最初のお泊りがジエマ・レラレに奪われたんですのよ! 終の棲家をわたくしのところにしたっていいじゃない」
「それが悔しいだけでしょお」
にぎやかな友人たちである。
しかし、姉のやらかしも元となっていたようだ。
(姉さん、いっそのことナーナティカだけでなくて他に友人作ってくれないかな……)
脳裏に華やかな笑みを浮かべたジエマが浮かぶ。可憐に微笑み「もっとナーナティカさんとお近づきになりたいわ」と言うのが想像にたやすい。
道を離れながら、ヨランは溜め込んだ息をぐっと飲み込む。それからゆっくりと吐き出した。
好きな人と仲良くするだけできればいいのに。周りの障りが厚すぎる。
ぼんやりと思いながら、がんばろうとヨランは小さくこぶしを握るのだった。




