今日もどこかおかしい辺境の村の小話2
片手間に旅路の提供をする話のその後。イーズィ16歳、コルキデ15歳。
平行世界のコルキデがイーズィの前に現われ、僕の脅威は僕なのか、でも先にイーズィを見つけたのはこっちだからな、と譲る気がさらさらないネタ小話。
ある日、森の中で、球体に出会った。
脳内にどこか安らぐ大人の男性の声で語られるような、そんな記憶がふっと湧いたが、それはともかく。
異常事態発生である。
ついさっきまで現在も続けている裁縫の習い事を終わらせ、村内をぶらつきながら家路につく途中だったのだ。こんな森の中へと足を運んだはずがない。考え事をしていてふらりという可能性もない。
なぜならば、私の村の周りには謎技術の塊ともいえる不可思議な素材でできた高い金属壁がぐるりと囲んでいるのだ。いくらなんでも、そんな異様な存在感のある物体を見逃すとは考えがたい。そもそも、村の外は獣や魔物が闊歩している危険極まりない土地ばかり。村人レベル1だか2だかわからないような戦闘経験のない一般村娘が気楽に外へ行こうと思うわけもない。
ないない、と改めて考えて辺りを見回す。
おそらく、私の村の近くだとは思う。
(……でも、コルキデのおかげで村の姿は外からじゃよく見えないのよねえ)
たぶん、きっと、あっち。そんな勘をつけて見ても、村の姿形はない。あの目立つ金属壁も。
私の過保護を過保護でコーティングしているようなスーパーマルチな幼馴染ことコルキデが、不思議な力で村を外界と隔離しているらしいので。驚かないのは慣れである。イーズィちゃん16歳。大人の仲間入りを今度するような年齢になったので、年相応の落ち着きだって得ている。ええ、きっとそう。
もう一度視線を戻して、おそらく原因なんだろう球体を見る。
私の頭ほどあるような球体がぷかりと浮かんでいる。
メタリックな流体を無理矢理球形に留めてみた、そんな感じの表面がざわざわと細かく蠢いている。うーむ、謎技術。
すると、頭に直接声が届いた。
「お前は誰?」
無機質で、抑揚が極めて少ない声。
だけども、私が一番よく知っている声だった。
「装着している石に覚えがある。何故ここにある?」
「……ええと、コルキデ?」
これ、コルキデの仕業か。花の精霊ベータちゃんやイータちゃんのような仲間と思えば、今度はさらに進化したのか受け答えする機能付きらしい。相変わらず、なんでもできちゃう幼馴染だわ。
石というのはきっとコルキデがくれた途方もない価値がありそうな色変わりする石の首飾りのことだろう。プレゼントされて以来、毎日装着しているのだ。しかし、そういうこともわかるとは高性能だわ。
なんだ、とほっとして簡単に返事をしてみる。
「私はイーズィ。あなたのお名前は? ベータちゃんとイータちゃんの仲間かしら」
「β? η?」
また球体の表面が波打った。そして、形容しがたい音をさせたかと思えば、風が一瞬だけ吹いて止んだ。
(うん? 何だろう?)
どういうことかと見ていると、相手? の新たな精霊ちゃんもまたざわざわしていた。困っているようになんとなく思えて、今度の精霊ちゃんには感情みたいなものもついているらしいと新たに感心してしまった。さすがコルキデ。
しかしながら、あの液体みたいな金属、不思議だ。暖かそうにも冷たそうにも見える。触ってみたならどんな感触がするのか、好奇心がくすぐられる。
そろりと手を伸ばそうとしたところで、私の手は止められた。
「駄目だよ」
手首をしっかりと握られたのだ。
ここ最近ですっかり大きく成長を始めた、骨張った男の人を感じる手。その先にいるのは案の定、私の幼馴染だった。今日も今日とて輝かんばかりの甘やかな美貌は絶好調のようで、私と目が合うととろけるように微笑んだ。
「あら、こんにちはコルキデ」
「こんにちは、僕の嫁。これは触らないほうがいいと思う」
自然と指先を絡めて繋がれてしまった。そのままこれまた自然な仕草で私の横に立って頬に口づけた。
「どうして?」
頬にキスの一つや二つ、最早なれたものである。いや、まあ、多少は照れはするがともかく目の前の物体を聞く方が先だ。
私がたずねれば、コルキデはなんてことのないように答えた。
「あれ、平行世界の僕」
「へえ……へえ?」
「あと、境界に触れたらいくらイーズィでもちょっと痛い思いをしちゃうからね。ああ、怪我はしないしさせないから大丈夫だよ」
「コルキデ、あの、ちょっと待ってちょうだい」
「うん、なに?」
コルキデがきょとんとして返す。
そんなあっさり言うようなことではない。しかしここで興奮して言い募っても、この様子のコルキデから予想するに、僕の当たり前なんだけれどそんなに驚くことなのかな、と思いながら微笑ましく私を見るだけだろう。好きな相手のことはよく知っているのだ。もはやこの世界のコルキデソムリエ第一人者な自信がある。
ともかく。そのコルキデが言うのだから、まあ、真実なのだろう。信じがたいけれど。
いやでも、コルキデだしなあと納得してしまう気持ちもある。気持ちを落ち着かせるために一呼吸置いてからゆっくりと私は聞いてみた。
「ええと、コルキデ? 今、平行世界の貴方って言った?」
「言ったよ」
「あの、どうして来ちゃったの? もしかして、呼んだの?」
「さあ? なんでだろう」
こてんと首を傾げれば、見上げた相手の頭もこてんと同じように傾ぐ。ヴァラさん譲りの麗しい柔和な美形なだけに異様に似合う。
その平行世界のコルキデとやらは、私たちの会話に口を挟まず、むしろ観察するようにじっとしている。
どの世界のコルキデもやはり不思議だわとこちらも観察しようとみていれば、ぎゅうと抱きしめられた。まるで隠すみたいにコルキデの胸元に押し込まれて頭を寄せられた。
「ふぉっ!?」
「……このイーズィは僕のもの。先にリンクも済ましている。何しても無駄だよ」
私を置いて会話が始まったのかは不明だが、ぽつぽつとコルキデが会話している。先ほどの頭に響くあの球体からの声はない。コルキデが何かしたのだろうか。しかしながらこの体勢は、静かなコルキデの声が身近にして吐息まで聞こえるのだ。意識すればするほど恥ずかしくなってきた。奇声がもれたのは致し方ないのだ。
そんな私に気づいているのかいないのか、いやおそらく気づいているはずだ。コルキデの手が背中を優しく撫でてくる。なんとなく下心を察知したので、背中に腕を回してちょっぴり強めに叩いておいた。途端、頭が上がって小さく笑われる。
「不可解なら想定実験でも再現試行でもすればいい。どうせ僕だから同じだよ」
またコルキデはあちらの球体に向かって言う。
すると、また静かに一度二度表面が揺らいだかと思うと、ゆっくりと溶けるように消えていった。謎である。
「いったん帰るって」
「えぇ……」
けろりと言ってのけたコルキデに抱きしめられたまま顔を上げれば、ご機嫌な様子で頬を寄せられた。本当に最近とみにスキンシップが激しい未来の旦那様だが、まあ、私とてまんざらでもない。ぎゅっと一度こちらからも抱きしめておいた。
三日後。
ベッドから起床して着替えや朝の仕度を済ます。そしてもう一度部屋に戻ったとき、色違いの大きいコルキデが私のベッドに座っていた。
ええ、色違い。
なんというか私の髪の色と目の色をした、今のコルキデがもっと大人になったらくらいの人物だ。なんとなく正体は予想がついてしまったが驚かないわけがない。むしろ悲鳴を上げてしまわなかっただけ、私はえらいと思う。
でもそんな私の努力も、一歩後退りしたところでぶつかって確認したところ、何故か私の後方に立っていたコルキデに崩されてしまったけれど。驚きすぎると悲鳴よりもひっと息を飲んだみたいな声が出るらしい。実体験してしまったことで、深く理解してしまった。
「こちらの僕が言っていたことを、把握した」
「そう。でも僕の嫁の部屋に勝手に入るのは駄目だ」
「そちらに入るのは容易ではなかった」
「イーズィのところは、僕以上に厳重にしていたけれど」
「訂正する。本物の顔を見たくなった」
「なるほど、僕の脅威は僕か……」
淡々と交わされる会話再びだが、どちらにせよ不法侵入しているのはコルキデである。だが、私が口を挟むより前に決着が付いたらしい。
色違いのコルキデの姿がまた突然消えた。
なんだったんだ。ぱちぱちと目を瞬かせていれば、両肩に手を置かれてコルキデが言った。
「研究と研鑽を重ねる僕と、これまで何もしなかった模倣だけの僕なら、負ける道理はないからね」
なんだか自慢げだ。心なしか声も嬉しそうでもある。褒めて、と言いたいのだろう。
振り返って、もう私よりも背が高くなった頭に手を伸ばして撫でた。相変わらずのふわふわとして触り心地の良い髪だわ。いつまでも撫でていたくなるけれど、ひとまずここは私の部屋。お父さんにでも見つかったら、間違いなく五月蠅く言われてしまう。
それに、最近のコルキデの押しは強くて寝具周辺は少々安心できない。何しろ、14歳の誕生日に迫ってきたくらいなのだ。まあ、それくらい好かれているということは悪くはないけれど心の準備というものがある。
案の定、ぐっと体を寄せて顔を近づけてきたので、両手で自分の口元を押さえておく。途端、しゅんとした顔をされたが絆されてはいけない。前に負けて許したらまた貞操の危機に陥りそうだったからだ。
「……イーズィ」
ぐうう、己の魅力を最大限に活用して私を魅せてくるんじゃない。心を鬼にして首を横に振る。
「どうしても?」
何度も縦に振っておく。ますます悲しそうな顔をされてしまった。うう、この顔に弱い。
咄嗟に抱きついて弁明をついしてしまう。嫌われたくてしているわけじゃない。だけど、私にも理想があるのだ。夫婦となってからこういうことをしたいというのは、乙女的に憧れでもある。村に流入してきた物語にもあるので、おそらくこの世界でもオーソドックスな思想でもあるのだと思う。
「あのね、コルキデが嫌ってわけじゃないの」
「うん、分かってる」
「私だって貴方のこと好きよ。コルキデのこと、ちゃんと思っているわ。でも、それとこれは別なの」
「……うん」
「ただでさえ心の準備がいることなのよ? コルキデだから私、きちんとしたいの。本当に本当よ。好きなんだもの」
「…………うん」
ぎゅうぎゅうと抱きついているとコルキデがやや及び腰だ。
「コルキデ? どうしたの、そんなに悲しかった?」
「いや……大丈夫、待てる、と思う」
ぐ、と耐えるように顔が逸らされた。伏せられた睫毛が表情に影を作って、物憂げだ。
「待てるから、ちょっと、待って」
「ど、どういうこと?」
「言ったらイーズィは困るから、言わない」
「ええ?」
しばらくしてから、はあ、と熱っぽい溜息とともに抱き返された。
「このまま居たいけど、ガンキさんが怒るだろうし、帰るね」
「そうねえ。お父さん、最近とくに繊細だもの」
むすっとした表情は、まだ納得してなさそうである。
仕方ない。
ほんの少し背伸びをして唇に触れるように合わせた。なんの手入れもしていないはずなのにぷるぷるふわふわの魅惑の唇である。解せぬ。意識しすぎないように別のことを考えて、さっと離れる。
「……つらい」
「失礼な」
腰元に手をあてて睨めば、「ちがう」と言ってコルキデが眉を下げた。なんだか情けない顔をして私を見てから、なんとも形容しづらいへにょへにょの声でまた「つらい」とこぼしてコルキデは消えた。戻ったのだろう。ちょっとだけ可哀想な気持ちを抱いてしまった。
(そういえばあっちのコルキデの用事、なんだったのかしら)
コルキデを見送ってぼんやりと思い返したのがよくなかったのだろうか。
さらに翌日になって、再び色違いのコルキデは現われた。コルキデだからと思えば不思議ではないなで流していたが、何度も世界線の移動とやらを気軽にしすぎではなかろうか。
いつものお馴染みの場所、私の家とコルキデの家の間の空き地に足を向けるとその姿を発見した。
今日は私に会うよりも前に、こちらのコルキデと合流していたようだ。
テアさんのところの愛息子、御年2歳のモノモ君をあやしながらコルキデは自分同士で相談をしていた。
モノモ君は最近お外デビューを果たして、ようやく村のみんなと交流できるようになった村のニューフェイスだ。乳幼児の愛らしさはすべてを魅了するのか、あのコルキデすら熱心に相手をしていて、アルフ兄ちゃんともども感動したものである。最も理由は「将来のため」と私を見ながら真面目に言ったので、アルフ兄ちゃんは笑っていた。
「おはよう、イーズィ」
一番に私を見つけて声を掛けたのは、こちらのコルキデだ。次いで、色違いのコルキデが顔を上げてこちらを見た。モノモ君はマイペースにコルキデの膝の上でまどろんでいる。
「おはよう、コルキデ。何かあったのかしら」
「向こうには僕の嫁が存在しないらしいから、作るところから始めたらって話をしていたところ」
「僕の嫁というものは興味深かった。実験回数を重ねて、試みる価値があると判断した」
「そ、そう」
ちょっと聞いただけでも人体創造らしき何かやばいことをしようとしているのだとわかる。いいのだろうか。思わず心配そうな顔をしてしまったのかもしれない。フォローをするようにコルキデが榛色を柔らかく細めて微笑んだ。
「あっちの生命倫理には抵触しないから大丈夫だよ」
あっちの生命倫理とは。
胡乱な眼差しをしても、にこ、と安心させるかのように微笑まれるばかり。コルキデも学んでいるのかこれで押し切るつもりらしい。
「それと、この僕はコルキデって名前じゃないよ。だから、僕の嫁のコルキデは僕だけだからね」
「あっ、そうだったの? じゃあ、お名前は?」
色違いのコルキデがコルキデの方を見た。どうする、とでも言いたそうだ。コルキデはとうとう寝付き始めたモノモくんを寝かしつけながら、うーん、と呟いた。かみ砕いて説明するにはどうしたら、というときにするコルキデの口癖だ。なにやら言いづらい事情があるようだ。
「あの、無理に言わなくてもいいわ。勝手に……ええと、色違いの……イロ君と呼ぶから」
「いろ、くん……?」
色違いのコルキデ、もといイロ君の目がぱちりと瞬く。私と同じ色合いのコルキデは不思議だが、その仕草はコルキデそっくりだ。さすが同じ存在。
コルキデはそれに吹き出した。よく分からないがコルキデの感性にヒットしたようで、楽しそうだ。
「うん、そう呼んであげて。簡単に言うと、前のまま変わらず生きようとしちゃった僕、みたいなものだから。イーズィや、母さんや父さんたち村の人が周りにいないみたいだよ」
「ええ!? それは、寂しいわね」
「そうだね。それで暇すぎて、あちらこちらの僕の様子を見に来たみたいだ」
「へえー。どこのコルキデもすごいのねえ」
そう言えば、また戸惑った様子でイロ君は私を見た。それを見ながらコルキデは、何故か誇らしげに言った。
「その名前は餞別だよ。どんなに見たって君にはあげない。イーズィは僕の嫁で、僕の場所だ」
「……羨望を感じる」
「よかったね、学べて」
スンッと表情をなくしたイロ君はやがて静かに呟いた。
「情報に感謝を」
そしてゆらりと揺らいでその場から消えていった。ひらひらと手を振ったコルキデに、帰るのかと知って私も手を振った。
「イロ君、元気でね」
一瞬だけ目が合った。口が小さく動いている。声は届かなかったが、「いいなあ」と聞こえた気がした。
違う世界のコルキデも甘えたがりなところがあるのかもしれない。ほんの少しだけしんみりしてしまった。
だが、それも長くは続かない。タイミングを見計らったみたいに、モノモ君がぐずりだした。コルキデの腕の中で元気よく手足を動かして泣いている。
「あらっ、どうしたのかしら」
目線を合わせれば、お母さんであるテアさんを呼んで泣き叫んでいるようだ。そしてモノモ君の好物である果物の名前を叫んでいる。
「テアさん呼ぶ?」
「グドーさんと仕事してるよ。イーズィ、モノモの抱っこ代わって。聞いてくる」
「ありがとう、コルキデ」
モノモ君を受け取って、よしよしとあやす。うむ、とっても元気に泣いている。顔が真っ赤だ。
私もコルキデも大人しい乳幼児だったらしく、モノモ君のぐずりをみんな珍しそうに見ていたのは記憶に新しい。いや、これが普通なはずなんだよね。私たちがイレギュラーなのだ。
勢いはすごいが、微笑ましくもある。イヤーッと叫んでいるのに、ぎゅっとしがみつくところとか可愛いではないか。ぐりぐりと頭を胸に擦り付けてぐずっているモノモ君を抱え直したところで、すぐにコルキデが戻ってきた。じ、とモノモ君を何か言いたげに見たかと思えば、取り上げて抱えるとまたぱっと消えた。そして瞬きの間に戻ってきた。
「うらやましくなったから、預けてきた」
「あら。しょうがないお兄ちゃんだわ」
なんだそれはと思いつつも、笑ってしまう。
どこか拗ねた風なコルキデの手を取って握る。色あせた組紐飾りが揺れる。いつかのプレゼントでもらった揃いの組紐は、約束をし続けているわけではないけれど、互いにずっとつけたままだ。手を繋ぐ度に見えるのが嬉しくて、また口元が緩む。
「でも私、モノモ君ともっとお話したいわ。それにコルキデが預かってたってことは、テアさんはお仕事があったんでしょう? お手伝いしなきゃ」
「僕のイーズィなのに」
「ええ、コルキデのイーズィはモノモ君のお相手をしに行くのよ。私のコルキデはどうするのかしら?」
繋いだ手を軽く揺すって促す。
「行くよ。僕の嫁が行くなら」
「それは良かったわ! じゃあ、一緒に行きましょう」
にこりと笑いかければ、同じように柔らかな笑みが返されたことがくすぐったい。
それからどちらともなく、ゆっくりと歩き出した。




