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番外小話置き場  作者: わやこな
万屋荘
15/40

それからの、万屋荘3


『万屋荘は、にぎやか』の本編後日談。田ノ嶋と飛鳥が付き合ったらしい小話。後半はアリヤと皓子がじゃれてるだけ。


【202号室、102号室、五年後】



 田ノ嶋麻穂、二十九歳。独身。

 恋人なし。まったく自慢ではないが、そもそもお付き合いしてきた人はゼロの清らかな乙女である。

 それが祟って、変な奴に目を付けられたのが運の尽き。あれよあれよと魔法少女らしきものにさせられた。らしき、というところがポイントである。

 田ノ嶋が魔法少女のスカウトに遭ったのは、高校生の時だ。自活くらい出来ると両親に啖呵をきって簡単なアルバイトを探していたときのことだった。

 現在では佐藤原と名乗る男に割の良いバイトであると紹介されて、田ノ嶋はいつの間にか変身するヒーローへと成っていた。

 最初は戸惑いもあったが、「貴女は我々の技術の成果を最高のポテンシャルで発揮できる逸材なのです」という言葉に特別感も抱いていた。普通とは違うことにときめく青さが、その頃の田ノ嶋にはまだあった。まあ、少女というには遅すぎる気もしたが、浮かれた気持ちが無視をさせた。


 しかし、それも二十を迎えるまでである。

 いくらなんでも成人済みの女が魔法少女としてやっていける気がしない。体力面はともかくとして、精神的に耐えられそうもない。いい年をした成人女が「きゅんきゅん♡」というマスコットとともにポーズを取って決めるのは、キツい。心がごりごりと削られる。

 就職活動もとことん空振り続きで、佐藤原ゆかりの紹介された企業に就職したもののまだまだついて回る魔法少女業。いい加減田ノ嶋の代役を見つけるなり、広大な宇宙から探すなりしろとも思ったが、この宇宙人に付き合わせる犠牲者を増やすのも可哀想でもある。

 田ノ嶋はいたって普通の一般女性のつもりであった。もっと細かくいうのなら、陰キャの自覚がある陰キャだ。取り繕って明るく振る舞えるが、元から明るい性格ではない。ふとした瞬間にネガティブになるし、大勢で和気藹々は苦手なほうだった。子どもの頃にされた些細な諍いのせいで、誰かと親しくすることに身構えるようになってからだ。

 だから、どんな相手にも親しくなりすぎないように名字で呼ぶ。自分が深く傷つかないための、幼い田ノ嶋が学んだ処世術だった。


 けれども例外は現われる。

 佐藤原がそうだった。こいつに遠慮は無用、地球人ではないし、と数年来の付き合いとわかったためである。そもそも名前がないのだ。

 そして、今ではもう一人いる。


「麻穂さん、洗濯物はいつもの場所に干してます。取り込みは夕方くらいに。それと、一週間分のご飯は冷蔵庫に入れました」


 がっしりした体型の好青年。

 太めの眉に大きな口、善良そうな優しい目つき。ぼうっとしている田ノ嶋を見て、明るく笑いかける姿は陽光を思わせる。


(……今日も私の救いの神様……)


 心の中で拝んでおく。

 訳ありが集う万屋荘に同じくして住んでいる、おそらく年下の男性。

 月一くらいの頻度であちこちへと転移させられる体質の、飛鳥翔。

 佐藤原の宇宙技術や、万屋荘管理人の吉祥による魔術などで飛鳥の活躍を田ノ嶋も見ているが、正直なところ魔法少女よりも何倍も凄いことをこなしている。勇者様もびっくりな活躍で、ファンタジーもかくやな世界で様々な武器を振り回し、異形の生物を倒したり未踏の地を制覇するのだ。

 しかも本人はそれを無闇に自慢をせず謙虚なのだ。それでいて面倒見がよく義理堅い。

 かつて転移後に負った怪我を田ノ嶋が治して以来、飛鳥は恩に着てこうして世話をしてくれる。田ノ嶋の苦手な調理から家事をテキパキとこなして、にこやかに笑ってくれる。神の所業であった。


 万屋荘に来て、早九年。

 第二の実家といって差し支えないくらい馴染んだ暮らしは、田ノ嶋にとっても楽しい生活だった。住民たちも人見知りでもある田ノ嶋にとって、得難い人たちだ。管理人を初めとした人々は皆、気の良い人々である。

 九年も経過すれば人間関係も多少は変化する。

 たとえば。お隣の世流一家の娘、よちよち赤子だったスーリが小学生になったり、佐藤原が次の体を物色しはじめていたり、管理人の孫の皓子とアリヤが大学進学と同時に婚約指輪を嵌めていたりと、色々だ。蛇足であるが、万屋荘女子会では結婚までのあれそれに対する授業がノルハーンによって行われた。


「麻穂さん?」

「あ、いや、大丈夫大丈夫。いつもありがとう、翔くん」

「いえ、麻穂さんのためになるなら、これくらい全然。時期的にそろそろ喚ばれそうだし、多めに作るくらいわけないし」


 そう言って飛鳥はへにゃりと眉を下げた。

 アリヤのように目を見張るほどの美貌でもないが、田ノ嶋にとっては同じくらい眩しい微笑みである。


(いや、だってさあ……何年もマメに私のためにってあれこれする好青年、気にならないほうがおかしくない?)


 胸元に手を当ててときめく鼓動を抑える。

 この九年。田ノ嶋は絆された。

 私生活の世話を焼かれまくり、懸命に健気に尽くしてくれる異性をなんとも思わないはずがなかった。

 きっかけは些細なことからだった。

 両親から「良い人はいないのか。結婚しないのか」の催促でうんざりして、口論になったとき。親しい人もいないのではという詮索に、つい「仲良くしている人がいるわよ」と売り言葉に買い言葉の要領で返したのだ。そして、それなら紹介してみろと言われた結果、何でも屋をしている上に仲良く交流してもらっている飛鳥を頼ったのである。

 両親に会わないかと言ったとき、大変に顔を赤くして緊張していたが、飛鳥は実に立派にこなしてくれた。

 ついでに名前呼びを解禁し、さらには帰り際告白された。普段の様子とは違う男性の面に、いつになく戸惑ったのを手に取るように思い出せる。飛鳥曰く「御束アリヤ先生のご指導のたまもの」らしい。

 そのアリヤ先生のご指導による飛鳥の姿は、告白効果もあってより輝いて見え、田ノ嶋のときめきを加速させる。


(というか、みんな知ってたっていうね……翔くんが相談しまくっていたという……)


 このなんでも器用に熟す男性が田ノ嶋に夢中なのだ。口元がもにょりと緩みそうになる。

 そして、何より、飛鳥は田ノ嶋にとって嬉しいことを続けざまにしてくれた。告白ももちろんなのだが、魔法少女業が休止になったことである。

 飛鳥が佐藤原に掛け合って、相談の結果、そうなった。

 詳細については、本日、佐藤原から条件を報告されるという。田ノ嶋からすると、佐藤原は何かやらかす信頼と実績のある宇宙人ではあるが、今更あれこれやらかす愚は犯さないだろう。佐藤原自身も万屋荘に滞在して新たなゲームという楽しみを見つけたようであるし、地球にどうこうはしないはずだ。そうであってほしい。


「喚ばれるより前に、佐藤原の話がスムーズに終わるといいわね」

「あっ、はい! そうですね、これから……俺、がんばるので」

「えっ? そんながんばる必要ある話? なら、気合い入れとくわ」

「あ、はは、ええと、まあ、その、ハイ」


 なにやら知っているような微妙な反応である。さらには飛鳥はわかりやすく視線をうろつかせて赤面した。


「翔くぅーん? なにか知ってるな?」

「お、おおっ、俺の口からは! 今は話せない、です! ごめんなさい麻穂さん!」


 手で顔を庇って飛鳥が言う。ぼそぼそと「アリヤ先生のようにいかない」と聞こえる。アリヤ先生はこういった場合の指南もしているらしい。場違いな感心を覚えてしまった。皓子に今度聞いてみるのもありかもしれない。

 しかしながら、田ノ嶋よりも大柄なのにこういう動作がいちいち可愛らしく見えるのは欲目だろうか。ついついいじめている気分になって、咳払いをして止める。


「まあ、いいわ。佐藤原のとこに行けばわかるんでしょ? 何かあったら、よろしくね」

「それはもちろん! 任せてください!」


 田ノ嶋の言葉に勢いよく返事をした飛鳥に、まあいいかと力を抜く。


(思えば、好かれてるなあと気づく機会は結構あったのよねえ)


 思い込みで気づかずにいた。だが、結果オーライである。


「しっかし、佐藤原の条件ってなにかしらねえ」


 ぼやいた言葉に、飛鳥は明後日を向いた。明らかに怪しいが、行ったらわかることだ。気にはなるが、まあよしと田ノ嶋は気合いを入れて頬を叩いた。




***




 田ノ嶋と飛鳥の姿が見えない。

 はて、と首を傾げた皓子は回覧板を片手に佐藤原に事情を尋ねていた。田ノ嶋関連ならば、少なからず佐藤原が関わっていることが多いためである。

 結果、飛鳥と部屋に行ったとのことだった。しかし、チャイムを押してもノックしても出てこない。

 一昨日はふつうに姿を見た。なんなら、有給休暇よとはしゃぐ田ノ嶋の買い物に喜んで付き従う飛鳥を見送ったのだ。その後、食事を作ったり掃除をしたりと過ごしたという情報もアリヤ経由から皓子は得ていた。飛鳥の片恋を応援している最中でアリヤを先生と見なしている飛鳥がよく情報提供してくるそうだ。

 大学生になって、万屋荘の事務関連を祖母から引き継ぎ始めた皓子は、こうして町内会や地域の情報など諸連絡も請け負っている。今回は近隣の工事と家賃の相談であった。いかに割となんでもありな万屋荘でも、世の中の情勢に対応をせざるを得ないのだ。


(うーん……料金に関することは、直接お話できたらよかったけど、仕方ないかあ)


 ひとまず田ノ嶋よりしっかりしていそうな飛鳥の部屋の玄関ポストへ回覧板を入れておく。

 そして階段へと向かったところで、ドアが開く音がした。皓子が振り向けば、飛鳥が部屋から出てきた。


「あ、翔く」


 そして言いかけて皓子の言葉は止まった。

 片腕に田ノ嶋を抱えていたからだ。目を白黒させて見ていれば、田ノ嶋はどうやら意識を失っているというか眠っているようである。しかし何故なのか。

 飛鳥は出てきたドアを閉めてから回覧を見て、それから皓子に気づいた。


「こっこちゃん、おはよう!」

「お、はよう」


 勢いに気圧されてどもってしまう。つやっつやとした飛鳥が溌剌と声をかけてくる。


「俺、ちょっとこれから麻穂さんと出かけてくるから。多分すぐ帰れると思うけど、また連絡するな。あっ、詳しくはアリヤくんに聞いてくれ! じゃ!」

「えっ、あっ、うん……? いってらっしゃい」

「いってきます!」


 そしてそのまま足に力を溜めて、二階から飛び出し駆けていった。体が頑丈な二人だからこそ無事な速度でみるみるうちに離れていく。余波の突風に吹かれながら皓子は呆然と見送るのであった。




 さらにその後。

 大学帰りのアリヤを訪ねて、部屋で聞いてみたところ、実ににこやかな顔で「へー。まじでやっちゃったんだ? うらやましいな」との御言葉をいただいた。アリヤがうらやましがるようなことをしていたらしい。

 いや、なんとはなしに皓子も気づいてはいたが、詳細を強請ってみたが最後、自分の身が危ういと察知したため懸命に口を閉じた。

 なお、アリヤはすこしばかり残念そうにして、抱きついてきた。高校在学中にすくすく伸び育ったアリヤは、今では皓子の頭一つ分ほど成長した。マロスと同じくらいの背丈で、アリヤに言えば嫌がられるだろうが、やはり血筋を感じてしまう。


「皓子ちゃんがつれない……そういうところも好き」

「ありがとうアリヤくん」


 あしらいかたも、軽く躱すのも付き合いだして五年とくれば慣れもする。とはいえ、ちょっかいをかけられることに慣れきったわけではないので照れてしまうのはしょうがない。

 照れをごまかすために相手の肩口に額を埋めて、頬の熱が治まるのを待ってから離れる。


「私も好き」

「……はー……」


 盛大な溜息をつかれた。それから、手を引かれて目尻に頬に、口元へと唇が降りてくる。軽いじゃれあいだったものが次第に大胆になり、しまいにはソファの座面までに追い詰められた。


「皓子ちゃん、同じ大学なんでいないの……ぜんぜん足りない」

「ええ……まだ言っちゃう?」

「ずっと言う。根に持つ。理由はわかるけど、気持ちは別だよ。昼も一緒に取りたいし、ちょっとした休憩時間も一緒にいれないじゃん」


 ことあるごとに言われる文句だった。

 大学進学前、受験に入る時期にどこを受けるのかとアリヤに聞かれてから言われている。仕方ないのだ。皓子がやりたいこととアリヤがやりたいことは同じではないのだ。そう説得して、どうにかこうにかやり過ごしたのだった。


「今日もいろいろ面倒だったし。まあ、俺には滅茶苦茶可愛くて、愛してやまない将来を約束してる彼女いるって自慢したけどさあ」


 そうは言っても、ここ近年のアリヤはそれを逆手にとって皓子をからかう話の種にしている節もある。現に今も、にこにことしながら睦言のように甘い声音で囁いてくる。

 高校生のときよりも格段に進化した色仕掛けに心臓を試されている。努めて流されないようにこらえて、覆い被さるアリヤの頭を撫でておく。途端、小さく笑ったアリヤに起こされた。皓子のいっぱいいっぱいも把握されているのだろう。


「また、続きは今度にしよっか」


 これでおしまいとばかりに軽く口づけられた。


「で、翔さんのことだっけ。田ノ嶋さんの実家に報告へ行くみたいだよ」

「報告」

「そう。結婚の」


 ぱちりと目を瞬かせた皓子をにこやかにアリヤが見ている。


「ご祝儀いくら払えば……?」

「むしろ発破かけたり相談請け負ったりした俺に報酬ほしいくらいだよね」


 驚きに呟いた皓子に対して、アリヤは笑いながら軽口を返す。なるほど、アリヤに聞けと飛鳥が言った理由は相談を密にしていたからだったのだ。縁の下の力持ちとなって支えたのだろう。


「皓子ちゃん、褒めて」


 感心を見計らったかのように言うアリヤへ、皓子は笑いながら甘やかすために腕を伸ばすのだった。




ちなみに佐藤原の条件は「二世代目を作れ」で、事前に飛鳥は知らされていた。


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