今日もどこかおかしい辺境の村の小話
平和な辺境村シリーズの小話です。
『片手間に旅路の提供をする話』や『今日も平和な辺境の村を記す話』の後の小話二つ。
アルフ視点の村に帰還した後の一コマと、無事幼馴染の二人が結婚して子が生まれた後の一コマ。
【帰還した推定主人公のアルフ兄さんと弟妹のある一コマ】
「おはよう、アルフ兄ちゃん!」
「おはよう、アルフ兄さん」
すっかり二人一組がお馴染みの姿となった可愛い妹分と弟分が朝の挨拶にきた。
つい先日、旅から帰郷してから、妹分のイーズィがうずうずしていたのは容易に見てわかっていたので、早々に話をしにくるだろうとは予想がついていた。もちろん、弟分のコルキデが引っ付いてくるのも想定内だ。
二人は実の家族のように仲がいい。
狭い村の中で同世代が二人きりだからとはいえ、相性がよほどいいのだろう。基本的に喧嘩をしないし、たとえ口喧嘩をしてもすぐに仲直りをしている。
何より、コルキデが幼少期から常に主張する「僕の嫁」発言に笑顔で受け入れているイーズィが証拠だ。
小さいころから二人を見てきたこともあって、成長した姿は感慨深いものがある。
「おはよう。イーズィ、コルキデ、今日も元気そうだな」
「ねえ、今日はお話する時間、あるでしょう? 勇者アルフ様の物語、聞きたいわ! よろしくって?」
より女性らしさに磨きがかかったイーズィは、しなやかな手足でくるりとターンをする。それからスカートの裾をつまんで、芝居のように軽くお辞儀をしてみせた。
ふわりと翻るスカートから覗く足は羞恥心もあったものではない。相変わらずお転婆で兄心ながら心配する。
そして、コルキデ。
コルキデ。気持ちはわかるが、足を凝視するのはやめるんだ。
口に出そうになったが、兄貴分としてイーズィの気をそらす方向に持って行こう。男として好きな子を見たい気持ちや面子を保ちたい気持ちは共感できる。
そういう年頃になったんだよなあと生暖かい気持ちがわいた。
「ああ、いいぞ。村のお姫様に頼まれたら断れない」
「ありがとう! アルフ兄ちゃん。私、メレンダちゃんにもお話を聞きたいわ。メレンダちゃんは?」
「あー……メレンダは」
俺が旅に出るきっかけとなった人。美しい白銀の髪の、幻のような儚い女性。
まあ、事実、精霊様の化身みたいなものだった。長い旅路を経て絆が芽生えた俺たちは、人と人ならざる者という壁を越えて結婚に至った。不思議なことに彼女が人ではないと知っても動揺は少なかった。
規格外が身近にいたからだろう。
「イーズィ。兄さんは新婚だから」
「えっ、あ、ああ、あああ、そう、そういうことね! やだ、私ったら!」
ぱっと頬を赤らめて、注意をしたコルキデの肩をたたいてうつむくイーズィはかわいらしい。ばんばんと鳴る大きな音はかわいらしくはないが。
イーズィの父、ガンキさんは腕のしれた冒険者だ。この村からさらに奥地へ向かえば凶暴な動植物や魔物が闊歩する未踏地がある。そんな危険な場所を調査したり、村の警備をしたりして暮らしている。娘可愛さに技術を教えていると以前言っていたが、そのようだ。素晴らしい手首のしなり具合だ。
そして照れるイーズィを見ているコルキデは何をしているのかと思えば、視線を一瞬虚空にさまよわせた。
直後、上空周囲に何かがあらわれた。
生き物のような無機質な物体のような、俺には理解できない何かが急に無音で現れた。コルキデの視線に合わせてイーズィの様子をうかがうそれらに、なんともいえない心地になる。
おそらくは、また、コルキデが何かをしたのだろう。どうやっているのかは不明だが、奇妙な能力を持っていることは、昔から知っている。奇妙な能力をもって、イーズィにばかりかまけているが。
そう、俺に「イーズィは僕の嫁」と言い出して以来、万事こんな様子になったコルキデは、帰郷するまでの間でさらに進化しているようだ。進化というか、悪化というか。
ただ、昔よりもずっと感情豊かになった。無感動で流されがちで何をしているかわからなかった幼児が、イーズィと一緒に笑ったり不機嫌になったりと忙しく振る舞う姿に安心する。
だからコルキデ。おい、コルキデ。
イーズィばかり見ているんじゃない。かつての落ち着いたお前を少しは思い出せ。
お前の気持ちは痛いほどわかる。わかるんだが、その欲求不満がにじむ目をやめろ。ダダ漏れだから。やめなさい。
「あー、コルキデ?」
「……何?」
パパパとハンドサインで落ち着くように指示を出す。
は、とコルキデの瞳が冷静さを取り戻した。途端、スン、と表情が落ちるが、これはこれでいつもの調子なのでいい。
村の数少ない若手の男同士で、そういった話題をしたこともある。あまりに感触がよくないから、そういった話題には反応できないやつだと思っていたが、離れている間に大分健全に成長したようだ。
「でも、嬉しいわ。兄ちゃんが結婚する姿が見られて。メレンダちゃんの花嫁姿も素敵だったし、お花のドレス、とってもきれいだったわ!」
「イーズィ、ドレスが着たいの?」
「あら、結婚式の素敵なドレスは乙女の憧れなのよ」
「そう……わかった」
小さな笑い声をあげながら仲睦まじく話しているが、コルキデの目が爛々としているのにイーズィは気づいているのだろうか。可愛い弟分が、たまに怖くなるときがある。
外の旅路でもあまり感じない空恐ろしさに、咳払いをして会話を止めさせた。直後謎の物体はかき消えるが気にしてはいけない。
「まあ、家の前で立ち話もなんだ。せっかく来てくれたんだから、中に入ってくれ。お前たちに土産も用意しておいたんだ」
「外のお土産! いろんな場所のもある!?」
「ああ、もちろん。コルキデも、ほら。ここらにはない本も手に入ったんだ」
「本? ふーん」
招き入れると、軽い足取りで入っていくイーズィを前に、こっそりとコルキデを呼び止める。なに、と柔和な顔立ちなのに、咎める視線が厳しい。
小さく声をかけて内緒話をする。
「いいかコルキデ。婚前の交渉は、普通、女性は戸惑うものだ。くれぐれも。くれぐれも扱いは慎重にするんだぞ」
「なぜ? 兄さんはメレンダに手を出してたのに?」
「おい……本当に、なんで知っているのかは聞かないが、彼女は精霊だから人の常識は問わないということに……あー、ともかく、イーズィとは違う」
「自分はしたけど、僕に注意するって、おかしい」
「おかしくても! だ。サショーマさんからイーズィには理想があるって聞いていただろ」
「僕の下半身が機能しなくなるかもしれないのに。暴発しないのを褒めてほしい」
「お前、下ネタ話せるようになったんだな……十分にお前はよくやっているさ。ただサショーマさんとフヨウさんに頼まれたんだよ。俺からも言えってな」
重たいため息で返された。
サショーマさんはイーズィの母。フヨウさんはコルキデの母だ。俺よりも大分年上だが、年寄りが多いこの村では十分若手の部類に入る女性たちだ。この二人を産み育てただけあり、強い女性である。
「エサがないと草木は育たないんだ」
「お前は草木なんて可愛いもんじゃないだろうが」
まだまだ成長途中の弟分の頭をわざと乱雑になでて、背中をたたく。
羨ましそうに俺を見るコルキデは、血の通った人の顔をしていた。
***
【生まれたこども】
風になびく髪は大地の色。瞳は芽吹いた草木の色。健康的な肌は少し日に焼けていて、私譲りの活発さを受け継いでいると見てわかる。
「かあさーん!」
大事そうに両手を握りしめて、こちらに走りよってくる。
夕涼みに村の適当な場所を散策していたところだ。虫でも見つけたのかもしれない。
「かあさん、見て! あのね、つかまえた!」
「まあ、何かしら」
我が息子のヨクトは、キラキラくりくりした翠の目を輝かせて私の前まで来ると、興奮冷めやらぬ様子で報告してきた。
4歳にしては発達が早いというのは親の欲目かもだけど、お利口さんな花丸良い子の男の子である。
「見て! せーれー!」
「せー……なにかしら」
えっ、何て?
精霊のことかしら。ヨクト、汗かいたべちゃべちゃのお手てで握りしめてるけど大丈夫なの?
こわごわしつつ覗こうとしたが、私の目には何も見えない。
「えーっと……ごめんね、ヨクト。母さんにはよく見えないわ」
「あれ? あれ? いたのに」
不思議だと手を開いてキョロキョロしたヨクトは、今度は別のものを見つけたのか、またかけだした。幼児、目が離せなさすぎる。
しかし、心配は杞憂だった。息子が走った先には、頼りになる旦那様がいたからだ。
「とうさん! おかえり!」
「ただいま。ヨクト、あまり母さんから離れたらいけないよ。僕がいない間のこと、約束したはずだ」
「大丈夫だもん、まもったよお!」
すっかり働き盛りの青年になったコルキデは、相変わらずのハニーフェイスをとろけさせて息子を抱きあげる。レスキュー運びだが息子はきゃっきゃしてるのでまあいいだろう。
「イーズィ。ただいま、僕の嫁」
「おかえりなさい、私の旦那さま」
相変わらずの甘やかな微笑みを浮かべて告げる声。成長しても一切変わらない愛情に感心してしまう。
現在、村長代理として村の取りまとめやなんでも屋をすることとなったコルキデはそこそこ忙しい日々を送っている。とはいえ、いつかの記憶のぎゅうぎゅうにつめられた乗り物で向かう出勤風景よりは穏やかだ。
「はあ、やっぱりヨクトはうらやましい。イーズィから生まれるなんて」
「もし生まれてたら、結婚はできないわね」
「それは困る」
ちゅ、ちゅ、と軽いキスをふらして自然な仕草で肩に腕を回される。
「イーズィ、体が冷えてきたろう? 家に戻るよ」
「ヨクトも! ヨクトもかあさんに、ちゅーする!」
「ヨクトはだめ」
「けちー! とうさんけち! せーれーもとったでしょ!」
「あれは風に飛ばされた塵だから、ないないしたの」
「やだー! せーれーほしい! ほしーいー!」
「花の精霊Ζ作ってあげたでしょ」
「やー!!」
優しくたしなめる姿を見ると、すっかり父親らしくなってとじんわりとした暖かな気持ちになってしまう。些細なことに喜びがある。ああ、幸せだなあと私は思うのだ。
ええ、素敵な旦那がなにやらやばい代物作っていようが、恋ならぬ愛は盲目なので。
「じゃあ兄弟ほしい! マドレーンとフロランタみたいな弟! 妹でもいいからあ!」
ぎゃんぎゃん元気よく言う息子の言葉に、ふむ、と芝居臭く考え込んでしばらく。コルキデはにこやかにヨクトに告げた。
「ヨクト。いい子にしてたら、きっとできるよ。弟妹の一人や二人や五人」
「いや、無茶言わないで」
思わず突っ込んでしまった。
ぐっと肩を抱く手に力が入っている。こいつ、逃がさないつもりか。
「可愛い息子のお願いごとだよ、僕の嫁」
「あのー、それは、巡り合わせもありますというか、ええと。まだ、ヨクトも小さいから」
す、とヨクトへ視線をむけると、寝ている。
この一瞬で寝るか!?
は、としてコルキデを見ると、瞳を爛々とさせている。榛色が高揚で色が変化しているのか明るい黄金に光っている。
「ねえ、イーズィ。今日は僕の誕生日なんだ」
だから。
言外に募る言葉を嫌でも察して、頭に血が上りそうだ。カッカする頬や額から湯気が出てしまいそう。
「お、お手柔らかにしてね」
「もちろん、僕の嫁」
その後の記憶は、あまりない。