謙遜ではないのですが
「ジュリア・オベール様、よろしければ私のパートナーになって頂けませんか?」
「え?」
えええ!?ぱ、ぱ、パートナーとは、一体どういう意味で?
まさか今の流れで結婚相手という意味ではないと思うのだが……。とにかく深呼吸して落ち着こう。伯爵令嬢たるもの、どんな時も落ち着いて対処しなくては。
「失礼ですが、パートナーとはどういった意味なのでしょうか?通訳として会食か何かに同席するだとか、そういったことでしょうか?」
「ああ、言葉足らずでしたね、失礼いたしました。貴女には、私の業務をサポートする補助的な仕事をお願いしたいのです。あくまでも裏方ですので、外交の場に同席して頂くことはないと思いますよ。」
なるほど。仕事上のパートナーというわけか。しかし、私の天職は現在の図書館司書以外にない。
いくら相手が公爵様かつ王太子補佐様だろうと、譲るつもりはないのだ。この場はとにかく失礼のないように断らなくては。
「身に余る光栄ですわ、ヴィレット公爵。…お言葉を返すようで恐縮ですが、私には王立図書館司書という職がございます。それに、司書あがりの小娘に王太子補佐の補助など、とても務まらないと思いますの。」
「謙遜なさらないでください。トルマ語を読めるというだけでも十分に貴重な人材です。それに、貴女の豊富な知識や鋭い洞察力に関しては、兄上のクラウス殿から伺っていますよ。間違いなく即戦力になれるでしょう。」
何を勝手に吹聴なさっているのですか、お兄様…
それにしても、ヴィレット公爵…随分とグイグイ来るものである。同僚のジェラルド様からも、先輩のオリヴィエ様からも、寡黙で気難しい方と伺っていたのだが。
それだけ、王宮の文官は人手不足ということなのだろうか。
しかし、誰に何と言われようとも、今の「王立図書館司書」という天職を手放す気はない。第一、こんな急な申し出を私の一存で受けられるわけはないのだ。
……よし、その線でいこう。
「謙遜などではないのですが、それは一旦置いておきましょう。先ほども申し上げました通り、私は現在、王立図書館の司書を勤めております。ですので、上司である筆頭司書のダントン侯爵を差し置いて、このようなお話を頂くわけには参りませんわ。」
「筆頭司書のアロイス・ダントン侯爵ですか……では、侯爵にお伺いを立てましょう。ぜひ貴女を私付きの部下にと、正式に異動を打診します。それで彼が納得したなら、万事解決ですね。」
意外に正攻法で来ることに少々驚いたが、この場で食い下がられなくてほっとした。もし上司であるダントン侯爵が納得したとしても、私自身が納得しなければ万事解決とは言い難いのだが、今は触れないでおこう。
上司命令となると私に拒否権はほぼないが、ダントン侯爵なら私の意見を尊重してくれるはず。それに、こんな無茶な人事をあの生真面目な筆頭司書殿が、許可するはずがない。
「そうですわね。公爵が本気でおっしゃっているのでしたら、まずはダントン侯爵を通していただくのが、正式な手続きですわ。」
「もちろん私は本気です。色よい返事を期待していますよ。ダントン侯爵にも、貴女にも。…では、お互い業務に戻りましょうか。よろしければ図書館のある北塔までお送りいたしますよ。」
そう言ってくるヴィレット公爵の背後には、先ほども見た書類の山。これ以上、私のために公爵の時間を無駄にさせるわけにはいかない。どうにか丁重にお断りをして、公爵の執務室を辞した。
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