新しい職場
今日から私は文官として王宮へ出仕する。せっかくなので、お兄様とお父様と一緒の馬車で王宮へ向かうことにした。
ここは東塔、王太子補佐であるヴィレット公爵の執務室前。その扉の前で、私は大きく深呼吸をする。
そして、ノックをしようとした矢先―――
「おはようございます。」
「!!!!!」
びっくりした。驚きのあまり心臓が口から飛び出るかと…
急に後ろから声をかけてきたのは、この部屋の主であり、今日から私の上司となる、ヴィレット公爵その人であった。
なんとか悲鳴を飲みこんだ私は、どうにか笑顔で挨拶を返す。
「おはようございます。ヴィレット公爵。」
「とりあえず中へ入りましょうか……どうぞ。」
廊下で長く立ち話をするのは良くないと思って簡素な挨拶に留めたのだが、公爵にもその意図は伝わったようだ。
扉を開けて中へと促されたので、お礼を言って先に入らせてもらうと、公爵もすぐに執務室へ入ってきた。
「今日から貴女の上司となる、レイモンド・ヴィレットです。急なお願いにも関わらず、異動の話を受けて下さり感謝いたします。」
よく言う。貴方の立場で発した“お願い”はもはや“命令”に近いのだが。
まあ、こうして感謝の意を伝えてくれるあたり、多少なりとも私の意思を尊重する気はあったのだろう。ダントン侯爵ともそういう話になっていたようだし。
「本日よりこちらへ配属されました、ジュリア・ロベールと申します。どうぞよろしくお願いいたします。まさか本当にこうなるとは思いませんでしたわ。」
「申し上げたでしょう?私は本気だ、と。私のことは“レイモンド”でも“ヴィレット”でも、お好きに呼んでください。貴女のことは…仕事中に“ロベール伯爵令嬢”では長いですので、“ジュリア様”とお呼びしても?」
「それで構いませんわ。では私は“ヴィレット様”とお呼びします。」
「…わかりました。ああ、ちなみに、貴女の役職は“王太子補佐付”とすることとなりました。」
ちょっと間があった気がするが、気のせいだろう。それに、いつまでも“王太子補佐の部下”では名乗りにくいので、きちんと名乗れる役職名があるのは助かる。
「承知いたしました。」
「執務机はそちらに運び込んであります。貴女専用の執務室がなくて申し訳ありませんが、この方が効率が良さそうでしたので。」
「構いませんわ。ご配慮いただき感謝いたします。」
「それでは、簡単に業務の説明をしましょうか。朝はこの棚にある書類を…」
まずは書類の処理や来客の対応など、“王太子補佐付”としてやるべき仕事をひと通り教わった。今までこれらを全て一人でこなしていたなんて、王太子補佐…恐るべし。
いや違う。
これまでヴィレット様一人にかかる負担が大きすぎたのだ。それを私と分担していくことで、少しでも負担を減らして頂かなくては。
ヴィレット様なくして、この国の国政は回らないだろう。
それから数日は、延々と書類整理をする日々が続いた。
休憩がてらお茶を淹れると、美味しいと褒めてもらえた。頭脳労働には甘いものが良いと伝えたところ、今後は戸棚にお茶請けのお菓子を用意しておくと言われた。楽しみである。
今日も二人で黙々と書類を処理していると、不意にドアをノックする音が聞こえた。来客の予定は無いと聞いていたので、誰かが書類でも持ってきたのだろう。
ヴィレット様に視線を向けると頷かれたので、応対をしに向かう。ドアを開けると、入ってきたのは―――
フランシス・アメスト王子――このアメスト王国の王太子殿下であった。
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