それはない
「リア、よろしいですか?」
「はい、お願いします。」
レイモンド様の手を取り、そして―――
◇
「今日はこのくらいにしましょうか。」
「そうですね、ありがとうございました。」
「ええ、ではまた明日。」
うん、今日も疲れた。レイモンド様とダンスの練習を始めて1週間…最近はお仕事の方も残業などなく、帰宅後のダンスの練習は日課になりつつある。
やはりレイモンド様のリードはとても踊りやすい。今まで、ダンスがこんなに楽しいものだと感じたことはなかった。そう感じるのは踊りやすいからか、それともお相手がレイモンド様だからなのかは…まあ、考えないでおこう。
「最近の奥様は、とても生き生きとしておいでですね。」
湯浴みの後、私の髪を梳りながら鏡越しに尋ねてくるライラ。
「そう…かしら?」
「ええ!何だかとても楽しそうです。」
そう言うモニカも何だか嬉しそうだ。
ここ最近は――レイモンド様に任されていた離れの模様替えをしていたっけ。使用人の皆さんの意見も聞きながらカーテンや絨毯、調度品などを替えていき、ようやく仕上がったのだ。
時間はかかったが、だからこそ達成感もあったし、任せてもらえてよかったと思える。生き生きとして見えていたというのは、きっとそういうことだろう。
「そうね。離れの模様替えをしたおかげで、使用人の皆さんともよく話せたし、とても充実した日々だったわ。」
「そうですね。奥様から相談を受けて、一緒に模様替えの作業をして…なんだか、奥様との距離がより近くなったように感じました。メイドや庭師…他の使用人たちも、皆そのように申していましたよ。」
心から嬉しそうなモニカの言葉に、私の胸も温かくなった。そうなれればいいなと思って、使用人の皆さんを積極的に巻き込んで、離れの模様替えをしたのだ。思惑通りというと言葉の印象は悪いけれど…本当によかった。
「奥様、最近の出来事はそれだけですか?」
ライラの言葉に首を傾げる。
それだけ?でも、それ以外というと新しいドレスを仕立てたり、ダンスの練習をしたり…夜会に向けての準備くらいなのだが。
「最近は毎晩、旦那様とダンスをなさっていますよね。」
それはそうだけれど…あれは私の練習にレイモンド様が付き合って下さっているだけで、夜会の備えという以外の意味は特にない。
「お二人のダンスはとても優雅で美しくて…つい見とれてしまいます。息もピッタリですし、ステップも完璧。それなのに毎晩一緒にダンスだなんて、本当に仲睦まじくていらっしゃいますね。」
続いたモニカの言葉に驚きすぎて、咳込んでしまった。
「まあまあ奥様、大丈夫ですか?」
ライラの差し出してくれた白湯を一口飲み、呼吸を整える。
「ありがとうライラ、もう大丈夫よ。」
仲睦まじい…まさかそんな風に見られていたなんて。あれはただの練習なのに。
しかしモニカの言葉通り、ダンスのステップで不安なところはもう特にない。レイモンド様のリードも完璧で、もう練習の必要もないだろう。
…ん?ではなぜ、レイモンド様は練習を終わりにしないのだろう。いや、それは私も同じか。
――言い出すタイミングを逃して。
――なんとなく言い出せなくて。
それとも――もう少し一緒に踊っていたくて?
いやいや、それはない。
ううん…わからない。
「奥様、そろそろドレスが仕上がる頃ですね。」
ライラの言葉に、考え事に沈んでいた思考がふっと浮上する。そういえば、そろそろマダムが言っていた納品の時期か。
「そうだったわね。届いたら試着してみるから、準備をお願いね。」
「もちろんです!せっかくですので、旦那様とのダンスの時間に着てみてはいかがでしょう?」
ダンスの時間に?
たしかに、仕上がりの美しさや着心地だけでなく、踊るときの動きやすさも確認しておいたほうがいいかもしれない。
「そうね、モニカの言うようにするわ。じゃあ二人とも、そのつもりでよろしくね。」
「「かしこまりました。」」
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