受け売りです【ヴィレット公爵視点】
伯爵とクラウス殿の調査資料とを騎士団へと引き渡した後、殿下の執務室にて三人でお茶を飲んでいると――
「レイモンドってば、今回は随分と饒舌だったね。ジュリア嬢と話すときもそれくらい喋ればいいのに。」
リアの実兄であるクラウス殿が居る前で、何を言い出すのかこの御方は。
「余計なお世話です。饒舌だと言うならばクラウス殿でしょう。貴殿が貴族としての在り方を説くとは…失礼ながら、意外でした。」
「ああ、それは僕も思ったよ。あれは君の本心なのかい?」
「全てが、というわけではありませんよ。ほとんどは、母と妹の受け売りです。」
言われてみれば、彼の述べた内容はリアの考え方によく似ていた。貴族としての矜持、自覚…己に厳しく、他者に寄り添う姿勢。
「亡き伯爵夫人と、ジュリア嬢の?」
「ええ。伯爵家に生まれたから貴族なのではない。伯爵になる者として相応しき振舞いをするからこそ、貴族を名乗る資格があるのだ――と、母からは口酸っぱく言われて育ちましたからね。」
紅茶を口へと運び、遠くを眺めるような表情を見せるクラウス殿。母君のことを思い出しているのだろうか。
「それで、貴族としての責務をはき違えた彼に物申したくなった、ということかい?」
「まあ、そうですね。調べていて思ったのですが、ジラルダ伯爵はかなりの手腕の持ち主でした。その能力をあんな下らないことに使ったことに対して、憤りを感じていたのかも知れません。」
クラウス殿にしては珍しく、神妙な顔で俯いている。
狸だ狐だと言われる彼にも、正義感や貴族としての矜持…信念のようなものがあったことには、私も驚いた。やはり、今回の件に関しては思う所があったのだろう。
両手で包み込むように持っていたカップの紅茶をグイと飲み干し、顔を上げた彼は――
「だって、演技の産物とはいえあれだけの人望と手腕を兼ね備える伯爵ですよ?彼が王宮に出仕して文官として腕を振るってくれたら、どれだけ政務が捗ったことか!たとえ罪を償ったとしても、重要なポストはそうそう任せられなくなってしまうじゃないですか。」
前言撤回。やはりクラウス殿は狐だった。
あの状況で、ジラルダ伯爵を労働力として考えていたとは…
「クラウスの言うこともわかるけれどね。まあ、彼ほどの男なら、今後の身の振り方は自分で考えるだろう。」
「殿下の仰る通りです。確かに彼は優秀な文官になったかもしれませんが、仮定の話をしても仕方がありません。」
「それもそうですね。」
肩を竦めたクラウス殿は、さほど残念でもなさそうに納得した様子を見せた。彼とて、わかってはいたのだろう。
「ところでクラウス、君は丞相の地位に興味はないのかい?将来的に君とレイモンドが一緒に国を支えてくれると、僕としてはとても頼もしいのだけれど。」
殿下の言葉に、恭しく礼をして言葉を返すクラウス殿。
「身に余るお言葉ですが、残念ながら丞相の地位に興味はありません。私はそれほど周囲からの評価は高くありませんし、何より殿下と親しすぎます。あらぬ疑いを掛けられないためにも、私のことはあまり重用すべきではないかと。」
よく言う。周囲からの評価が高くないのは、文官としての仕事で適度に手を抜いているからだろう。今回の調査にしても、今までのことにしても、彼は財務の文官としての仕事を片付けつつ調べ上げたのだ。
しかし、財務での彼の評価は“何事もソツなくこなすが、能力は至って平凡”といったところだ。周囲がその評価の矛盾に気付かないことにも驚きだが、それだけ自分の能力を隠しきる彼の器用さに舌を巻く。
「相変わらずだな。わかったわかった、君の意見を尊重するよ。じゃあせめて、陰ながらでも支えて貰えると助かるな。」
「もちろんですよ、殿下。」
◇
後日、ジラルダ伯爵の詐欺行為が明らかにされ、騙されていたことに気づいた者、弱みを握られていた者たちが次々と名乗り出てきた。
社交界は騒然となったが、被害者となった新興貴族たちに対して同情的な空気ができた。奇しくもこの件は、現貴族が新興貴族たちに歩み寄るきっかけになった。
ことの発端となったドルーナ男爵令嬢や男爵夫妻も無事社交界に受け入れられた。
ついでに“事情を知らなかったにも関わらず彼女を許した、懐の深い公爵夫人”つまりリアの名声も上がったのは、本人に伝えるべきか否か。
読んで下さってありがとうございます。
長くなりましたが、この章はここまでとなります。
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