らしくない
密着しているせいで、彼の表情を伺うことができない。見えたところで、変化の乏しい彼の表情から考えを読み取れる自信はないのだが。
「騙すような形になってしまい、申し訳ありませんでした。貴女をそこまで傷つけてしまうとは、思いもせず…」
傷つく?いいや、違う。私はただ、情けなくて、自分自身を許せなくて…
「モニカから聞いたでしょう。これでも、貴女のおかげで随分と仕事が楽になったのですよ。それ以前とは比較にならないほど、休憩も食事もとれていました。しかし、貴女にまで同じ状況を強いるつもりはなかった。」
「なぜ、ですか?」
レイモンド様の落ち着いた声を聞いているうちに、少しずつ感情が落ち着いてきた。抱きしめられている状況に、ある意味落ち着かなさは感じるのだが。
「貴女の身体が心配だったからです。初めての業務、膨大な仕事量、周囲の心ない言葉…ただでさえ疲労や心労の絶えない日々だったでしょう。これ以上、貴女の負担を増やしたくはなかったのです。」
そんなにも、私のことを気遣ってくれていたのか。だけれど、そんな気遣いよりも…
「私を気遣ってくださったことには、感謝を申し上げます。ですが、そこまで気遣っておいて…逆は、考えなかったのですか?」
「逆?」
「私だって、レイモンド様のお身体が心配です。食事を抜いたり、激務をこなしたり…もう少しご自分の身体を大切になさってください。」
私の言葉に、黙って耳を傾けるレイモンド様。
「今の今まで、その考えに至りもしなかった私の言うことではないのかもしれませんが……貴方を心配する者がいることも、忘れないでください。」
「リアは、私のことを心配してくださるのですか?」
え。
「っ当たり前です!」
レイモンド様のまさかの言葉に、弾かれるように顔を上げて言い返す。
貴方は私にとって、頼れる上司であり、尊敬すべき夫であり……大切な想い人なのだから。
「そう…ですか。」
ポツリと言葉を零しながら私を放した彼は、口元を掌で覆って顔を背けている。離れてしまった体温にほっとしたような、少し残念なような…って私ったら、なんてはしたない。
(彼女は私のことが心配だ、と……こんなことさえも嬉しく思ってしまうとは。彼女のことですから、部下として、あるいは妻として当然のこと、などと考えているのでしょうね。
いやそれよりも…無意識のうちに、リアを抱きしめてしまっていた。それも執務室で。今日は随分と、らしくない。)
少しの間、沈黙が落ちる。いつもの心地よいものとは違う、微妙な沈黙…
そこへ、扉をノックする音が響く。
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