渡したいもの
「そろそろ帰りましょうか。」
「もうそんな時間でしたのね。ええ、帰りましょう。」
あっという間に時間が過ぎてしまっていた。待ち合わせていた公爵家の馬車に乗り込み、帰途につく。
「リア、今日は楽しめましたか?」
「もちろんですわ。ケーキも美味しかったですし、お買い物も街歩きもとても楽しかったですわ。ありがとうございました。」
私がそう言うと、正面に座るレイモンド様はふっと表情を緩めて私の手を取った。
「それを聞いて安心しました。私はご存じの通り朴念仁ですので、リアに退屈な思いをさせていたのではないかと思いましてね。」
正直に言うと、今日のお出かけ、はじめのうちは緊張していた。それに、ゆるんだ表情を見せないように気をつけていたから、顔が強張っていたかもしれない。しかし、退屈など全くしていない。
王都の街歩きは初めてではないはずなのに、街並みや景色がまるで違って見えた。レイモンド様とご一緒だったからだろうか?まぁ、周囲からの突き刺さるような視線はレイモンド様が居たからこそだろうが…
こんなにも景色が違って見えるとは、オリヴィエ様の仰っていた通り、恋の力は凄まじい。
というか、レイモンド様はご自分のことを“朴念仁”だと思っていらっしゃるのか。以前、妹君のロザリー様からそう言われたのを気にしているのだろうか。
「そのようなことはございませんわ。レイモンド様が婚約者である私のためにそのように心を砕いてくださること、とても嬉しく思います。」
一瞬迷ったが、レイモンド様にゆるく握られたままの手をギュッと握り返し、するりと手を抜き取った。
訝しげな表情を浮かべるレイモンド様に、慌てて弁明?をする。
「あの、その…お渡ししたいものがあるのですが。」
「渡したいもの?」
「ええ、こちらですわ。」
そう言って、例の宝飾店で購入したプレゼントの包みを差し出す。
「以前、とても素敵なドレスをいただきましたでしょう?今更ですけれど、そのお礼ですわ。」
「お礼をいただくほどのことではないのですが…お気持ちは嬉しいです。開けても構いませんか?」
「ど、どうぞ。」
やっぱりそういう流れになるか。うぅ…こんなことなら予定通り別れ際に渡せばよかった。でも、雰囲気的に今かなと思ってしまったのだから仕方がない。
ドキドキしながら、リボンを解いて包みを開けるレイモンド様の様子を見守る。
「これは…」
どんな反応をされるのか見るのが怖くて、思わず視線を下げる。膝の上で重ねた自分の手が微かに震えるが、馬車の揺れで気づかれはしないだろう。本当はドレスのスカートをぎゅっと握りたいくらい緊張しているが、さすがにそんなはしたない真似はできない。
「エメラルドのカフス、ですか。」
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