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星廻りの夢6「初恋」

1日1章以上投稿しています。

今回のテーマは三角関係。

私の作品にずっと付き纏うドロドロ部分かもしれない。


誤字脱字、後の加筆修正、ご容赦ください。


「破れた夢に先は、三角関係から始めます。」

6章に到達しました。


以前よりは1章の分量を減らして、調整して出しています。

最後までお付き合いよろしくお願いします。


       ※


 落着した。

 全身ボロボロ。ぐったりして濡れていたけれど、サナレスは安堵していた。

 ただ筋肉の限りを使って泳ぎ切った疲労感は半端なく、呼吸を整えるだけで必死だった。


 そのサナレスの前に、一人の女が土下座している。人だかりの中心で、子供を抱きしめた母親らしい女だった。サナレスに向かって額を地面に擦り付ける勢いだ。


 貯水ダムに飛び込んだのが一族の皇子だと気づいた民里が、口々にアルス王家の名前を口にしたので、恐縮してしまった母親が血相を変えて狼狽えた結果こうなり、更に注目を集めてしまった。


 サナレスは全身びしょ濡れで、頭をかいた。

 思わぬ人集りに動揺する。


 疲れた。

 最近酒浸りだったので、さほど鍛えてはいなかった。

 全力疾走した後に泳ぐなんて、平和な日常生活からは想定しておらず、息が上がっている。


 酸欠で頭が回らない。 

 でも王族として、この場をどう捌けばいい?


 人集りは増える一方だし、命を助けた子供の母親は青ざめている。

「殿下にこのようなこと! 恐れ多い! 私の命を持って謝罪いたします」

 最初は単に会釈して述べていた感謝の言葉は、サナレスが王族だと知った途端、顔色が青ざめて陳謝になった。


 サナレスは彼女の深刻さに困る。

 ーー馬鹿なのか?

 子供を助けて、その母親が死んでしまったら、いったい誰がこの先子供を養育していくんだろう?

 せっかく助けても死ぬし。


 予想外の母親の態度に対し、サナレスは後退った。


 そして戸惑っているうちに遠巻きの中に見知った顔の少女を目にした。


「はい、ちょっと退いてちょうだい」

 人と人が重なった中から、顔を出した少女は、サナレスと目を合わすなり渋面になり、「まったく……」と腰に手を当てたポーズで情けなそうに呟いた。


「なんの騒動かと思えば、ーーあなた達なの!?」

 嫌そうに眉間にシワを寄せた少女は、瞬く間にこの場を掌握する存在感だった。


 サナレスは母親に顔を上げてもらうことで必死だし、ルカは人の混雑が苦手で中に入ってきもしない。

 放っておけば更に人が人を呼んでしまう状態だった。


「はい、はい、はい。退いて!」

 幼馴染の少女レイトリージェは、サナレスの側に向かってきた。


「悪いことしたわけじゃないんだから、貴方も顔を上げなさいよ」

 腰に手を置いたまま前のめりになり上半身を乗り出して、彼女は視線を鋭く絡み付けながら母親に助言する。


 突然割って入ったレイトリージェ自身も貴族の様相だったので、母親は更に萎縮しているようだ。


「サナレスもほら。いつまでもこんなこと続けていたら、この子も貴方も風邪ひいちゃうじゃないの」

 ばかね、と言って彼女はサナレスの手を引いた。

 ぐいっとサナレスを引っ張る力は頼もしい。


「彼は王族、人助けなんかを気軽にしていい身分じゃない」

 レイトリージェは母親にそう言った。


「でもね、彼そういう人柄なの。軽々しくダイナグラムを散策するし、妓楼を飲み歩くし、困ってる人を見たら人助けもしちゃう。王族だけど、そういう人なの!」


 妓楼を飲み歩くというあたりで、チラリとサナレスを見たレイトリージェに嫌みを感じたが、彼女はこの場の唯一の救世主だった。


「わかってるわよ私は。本来皇子がダイナグラムに姿を見せること自体、異例なのだ。でも元々異例だらけの皇子で、目立つ事にも自覚がないの、この皇子は。でも王族としてそんな姿を見せてくれるサナレスは、あなた達は嫌いかしら?」

 レイトリージェがそう言うと、周りの民は一瞬しんと静まり返って、ざわめいた。


「ーー滅相もございません、殿下!」

「貴族の御息女におかれましても、我々は反論する余地もございません」

 民のざわつきに、レイトリージェはふんぞり返っていた。

 サナレスもルカも肝心の時には王族貴族さながらの頼りなさで、ぽかんとした顔をして突っ立っていた。


 レイトリージェは舌打ちして、内心毒ずいていた。

 水も滴るいい男ーー。

 それでなくとも目立つ存在であるのに、サナレスあなたね、目立つっていう自覚がなさすぎるのだわ。レイトリージェは舌打ちした。


 サナレスとルカ、そしてレイトリージェは、幼い頃はよく一緒に遊んだ仲だ。

 レイトリージェは、現場でフェリシア公爵家の家督を継ぐ者だった。

 男子に恵まれなかったフェリシア家は、姉に婿を取らせて安泰を謀ったが、この姉が病弱で成人して丸7年以上、病いの床に伏せっている。


 姉の婿取りを諦めた父は、その役目をこのところレイトリージェに望むようになった。

 3人で野山を駆け回っていたのは昨日のことのようなのに、今は関係が崩れている。

 だから彼らと関わることを避けてきた。


 けれどこうして困っている現場に居合わすと、レイトリージェは黙ってはいられない性格だ。


 レイトリージェの勢いの強さに、ダイナグラムの民達が拍手をし始めていた。

「さあルカ、あなたも行くわよ!」

 潮時だと感じた時、人混みからサナレスを引っ張り出し、レイトリージェはつかつかと先を歩いた。


 人の目が無くなった頃、レイトリージェは幼馴染の気安さで説教する口調になった。

「見せ物じゃないんだから、あなた達はもうーーばかね。どうして早々に切り上げなかったのよ!」


「ーーそうは言うが、土下座している者を放っておけるか。子供のことも気になったし」

 彼らのお人好しぶりに、責める口調で言ってしまう。


 久しぶりに会ったサナレスに、レイトリージェ自身、こんな風に上からものを言いたいわけではない。

「ルカもルカよ。一緒にいるなら止めてあげなさいよ。ぼうっと見てるだけなんて、ほんとにもうあなた達はーー!」


 上から目線は、子供の時からの抜けない癖だ。

 レイトリージェは二人より数ヶ月前に生まれた。たったそれだけのことだが、子供達の間で自然と上下関係ができていて今に続いている。


「レイトリージェ、どこへ連れていく気だ?」

 サナレスもルカも、人の注目という難を逃れたが困惑した様子だ。


「濡れたまま、サナレスあなた神殿に帰れないでしょ!? 私の館で着替えればいいわ」

 つっけんどんに彼女は言った。


「じゃあ、私はこれで……」

「ルカ! あなたも一緒よ」

 去っていこうとするルカの腕を、レイトリージェは引っ張った。二人の腕を自身の二の腕に抱えて、彼女は強引に突き進む。


 ルカがレイトリージェの父親を苦手だと思っていることを、知っている。レイトリージェは思考を巡らしていた、

 フェリシア家の当主も、例には漏れず、ルカのような銀髪を忌み嫌っている。顔を合わしたくないのだろう。


 でもーー。サナレスと二人きりにするのは勘弁してほしい。

 そう思うとレイトリージェの顔面がカァッと火照った。


「大丈夫、父は外出中だから。家には姉と使用人しかいないし」

 サナレスとルカはレイトリージェの勢いに押され、貴族の館が軒を並べる路地を、心なしか小さくなってついてきた。


       ※


 フェリシアは家に着くと、使用人に湯を沸かすように指示して、サナレスの着替えを用意した。

「お父様のだけど」

 そう言って手渡したが、サナレスは軽く笑って首を振った。


「多分、入らない」

 そう言われて、久しぶりに会ったサナレスを見ると、自分よりも頭ひとつ分以上、背が伸びている。

 ルカも大きくなったと感じていたが、サナレスはそれ以上だ。


 小さい頃のサナレスは、金髪の天使みたいに可愛かったのに。

 ここまで大きくなると、もはや別人だ。

 別の生命体だ。


 そんな違和感を感じ始めたから、自分はサナレスやルカと距離を取っていたのだと、レイトリージェはさりげなく視線を逸らせた。


「服、ーー乾かすわ」

 天候もいいし、風もある。

「とにかく風呂に入ってきて」

 そう言って、館の客間でぼうっと立ち竦むサナレスを、使用人に浴場へ案内させた。


 ふう、とため息が出る。

 自分はいったい何をやっているのだ。


 サナレスが困っている姿を見て、しゃしゃり出て行き、強引に世話をやいている。

 それって子供の時とやっていることは全く変わらない。


 その様子を傍で眺めていたルカが、くすくすと笑った。

「何よ」

 振り返って彼を睨むと、ルカは少し寂しそうにしていた。


「座っていいかな?」

「どうぞ」

 見つめられて、レイトリージェは気まずさにそっぽを向く。


 目の前にいるのは幼なじみ、けれど数日前に自分に告白してきた男だった。

 サナレスとは別の意味で意識して然るべき相手だった

 二人きりになると急に言葉が見つからなくて、レイトリージェは意識した。


 どいつもこいつも、変わり過ぎよ!


 叫び出したい思いを抑えていると言うのに、無神経なルカは悪気なく言ってきた。

「なんだか変わらないな、君は」


 ルカは懐かしそうに屋敷内を眺めていた。


「子供の時から、気がついたら君はサナレスの面倒ばっかり見ている」

「そんなこと……」

 ない!、と否定しようとしたが、顔が赤らんだ。

 図星をつかれて、動揺するレイトリージェに、ルカは諦めたように吐息をついた。

「それを見て、私は妬いてばかりだ」


「何言ってるの?」

 数日前の出来事だった。だから気まずくて仕方ない。

 ルカは自分を呼び出して、告白してきた。


『あと半年後、天道士の位を得て伯爵家の身分が回復したら、結婚してくれないか?』


 ルカが自分に好意を持ってくれているのは知っていた。

 だから告白された時、ああそうか、自分達もそう言う年齢になったのだと理解した。


 父から婿を取れと、縁談相手を押し付けられるたびに、レイトリージェは誰が婿などいるものかと、しかめっ面で逃げ出した。ーーけれど身近に、こんなふうに望んでくれる相手がいる。


 いつまでも子供じゃないのだ。

 逃げてばかりもいられない。


 そう思った時、なぜかレイトリージェはルカに即答した。

「いいよ」と。


 父親が持ってくる、知らない相手との縁談などごめんだった。

 ルカならばいいかもしれない、そう思えたし、自然だった。側にいて、素のままの自分で居られる相手は貴重だと思えたのだ。


 ーーけれど返事したその日から、気が重い。

 なぜ、気が重いのか?


 優しい笑顔を向けて側にいてくれるルカ。彼は真剣に自分に向かい合っていると言うのに、自分の頭の中を占めているのは、別の人だ。


 悶々となって黙りこくると、ルカは苦笑した。

「知ってるよ、レイトリージェ。見ていればわかるもの。ーー昔からずっと、君はサナレスのことしか見ていないから」


 口に出されて初めて、気づかされることもある。

「ーーでも、私は」

 ルカのことも好きだ。


 そんな虫のいい話はできない。

 子供の頃のままの関係がいつまでも続いてくれたらいいのに。

 詮無いことを考えて俯いた。


「君は気にしなくてもいいよ。私がサナレスよりもいい男になって、君に振り向いてもらえるように努力するだけだから」

 見透かされている。それでも受け入れてくれているのだ。

 レイトリージェはルカを見つめた。


       ※


 サナレスが風呂を出ると、厚手の面素材の白いバスローブが用意されていた。

 手にとって確認する。

 丈が短いのだが濡れた制服がなくなり、何も着ないよりはマシかと思い、軽くふいた体にそれを羽織った。


 幼い頃、ルカと二人でよく遊びに来たので、勝手知ったる館だ。

 フェリシア公爵家は王家にもっとも近い地位で、貴族の中で最高位の名家だ。


 左右対称を意識してデザインされた空間に、立派なクリスタルのシャンデリアと、大理石の暖炉が印象的な客間、館内全てに上質な毛と絹を使用した技術で織られた絨毯を敷き詰め、全体的に高級な調度品をそろえている。華美ではなく、なかなかのセンスだ。

 あくまで神の在る場所として建築された、無機質な石造りの神殿の中とは違い、住み心地がよさそうである。


 ムーヴルージェ。

 ーー彼女は、元気にしているのかな。


 どうして幼い頃の遊び場がここだったかというと、レイトリージェの姉である彼女が病気がちだったからだ。


 非結核性抗酸菌症をはじめとする抗酸菌の多くは、川や池、土、空気中のほこり、身近な風呂の残り水などに存在していると言われている。


 もともと虚弱だった彼女は非結核性抗酸菌症を併発した。過労や過度なストレスなどで体の抵抗力が弱った時に身体内に抗酸菌が生息してしまう病気だ。現在の医学では完全に治療することが難しい。


 ーー会いたいな。

 そんなことを思ってしまい、思いつくとすぐ行動したくなるサナレスは、館の中の彼女の部屋の位置を頭に浮かべた。


 2階の奥の、日当たりのいい部屋が、彼女が療養しているところだ。

 5歳年上の彼女は、サナレスにとって憧れの存在だった。


 ムーブルージェの淡い白金の髪は柔らかそうで、いつも光にキラキラと輝く。陶磁器のように透き通った肌には血管すら透けて見えそうな色の白い女性だった。

 痩せているためか、とりわけ大きな青い双眸は、見つめられると吸い込まれそうだったのを覚えている。

 やんちゃ盛りのサナレスに、彼女はいつも優しかった。


 幼いサナレスは人のぬくもりを求めていた。

 宮殿では常に一人だった。

 養育係に王族としての基本的なことを学ぶ以外は、ほとんど一人きりで過ごしていた。


 剣の素振り、乗馬、勉強、食事、ーー幼いサナレスは孤独だった。

 だから人の温もりに飢えていた。


 彼女はいつもこの館に居て、サナレスを待っていてくれている存在だった。

 今から考えれば、病気のために館から出ることができなかっただけで、決して自分を待っていたわけではなかったのかもしれない。


 けれど彼女があんまり優しく笑うから、錯覚し、憧れた。


 幼い恋心を懐かしんで、サナレスは彼女がいる2階への階段を登りかけ、足を止める。

 そして自分のバスローブだけの格好を思い出して、恥ずかしくなり、しばらくその場に頭を抱えてしゃがみ込んだ。


 もう子供ではない。


 こんな格好で女性である彼女の部屋を訪ねたら、無礼だ。下手すれば変態扱いされるのがオチではないか。

 顔が赤らむ。

 しばらく会いにきてもいないと言うのに、突然行っても迷惑がられるだけだと思った。


 生誕祭で十五歳の成人の日を祝われた後、フェリシア公爵家はサナレスに縁談話を持ちかけた。

 姉妹の父は、どちらでもいいから嫁がせてやってくれないか、と言ってきた。

 次代の総帥を継がなくてもいい。どちらかの婿になってくれとまで、申し出てきたのだ。


 もちろん自分は一蹴した。

 二人きりの姉妹をモノのように差し出す貴族社会に辟易していたし、サナレスにはいずれこの地を離れるという夢があった。


 縁談を断ってから、この館に来ることが躊躇われ、結果ムーブルージェに会えていない。

 病気を見舞えていない薄情な自分は、こんなふうに突然会いに行ってはいけない。


 また正式に面会したい日を伝えてーー。

 それがいい、と気持ちを抑えた。


 階段の下で、サナレスは吐息をついた。

「破れた夢に先は、三角関係から始めます。」

星廻りの夢6:2020年9月1日

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