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星廻りの夢40「別れ」

一日一章以上投稿しています。

本当にラストとなりました。

おそらく明日完結します。


最後までお付き合いありがとうございます。

感想などいただけますと励みになりますので、よろしくお願いします。

          ※


「腹を立てたかだって? ーーふざけるなよ、サナレス。むちゃくちゃ腹が立ったよ。一緒に行こうと誘ったのはお前の方なのに、なんでお前が一族にがんじがらめになって動けなくなってるんだか」

 無造作にルカはサナレスの頭に手を置いた。


「お前どうしちまったの? 人のことなんて、お構いなしだろ? 立場などに迎合せず、やりたいことだけやりたいっていうのが、お前のスタンスだったよな? あの勢いはなんだった?」

 正直がっかりしたよ、とルカが言った。


 身勝手な生き様を親友と言えるルカに指摘されたことを、サナレスは重く受け止めていた。


 サナレスは後悔すると言う言葉が嫌いだった。

 後で悔やむくらいなら、今最善の決断をする。そう思って生きてきた。

 それなのに過去の自分は未熟で、過去に自分が出した結論は容認できるものではない。


 すまない。

 サナレスが謝ろうとすると同時に、ルカが言った。


「でも勝手なのは私だった。私が悪い」

 耳を疑うサナレスに、ルカは発言を続けた。


「私も、おそらくムーブルージェも、お前がおまえらしくない姿を見たくなかった。それでーーおまえに変な期待をしてしまってた。お前だけは何物にも染まらない、なんて勝手に」

 身勝手な期待を抱いていたことを、ルカは謝った。


「悪かった、お前に、ひどいことを言った」

「え?」


 土下座してでも謝らなければと思っていた謝罪相手のルカから反対に謝られ、サナレスは混乱した。

 だから「おまえは何も悪くない」とルカは笑って誤魔化してしまう。

「待て、私はーー」


「なぁ、レイトリージェは幸せにしているのか?」

 弁明しようとするサナレスの言葉を躱して、唐突にルカは質問してきた。


 相変わらず、頭の回転が速い。そして会話のテンポも心地よい。

 サナレスは今はルカに合わせることにした。


「ーーああ。レオ・パレスで会わなかったのか? おかしいよな、お前が重症だなんて誤報が入って、彼女慌ててお前の元にすっ飛んでいったぞ。全く、お前も人騒がせだ」


 顔を見て、体温を感じるまで、生きた心地がしなかった。

「そうか、すまなかったな。だからお前もあんなに馬を飛ばしていたのか。大丈夫、レイトリージェにはちゃんと会えたから。彼女も同じだったよ。血相変えて飛び込んできて、私が生きているのを見て泣くんだ。死んだとでも思われていたのかな? 変わってないね彼女はーー」


 変わってないーー!?

 身重の体で駆けつけた彼女に会ったはずなのに、どうしてそんなことを言うのだろう?


 理解できなかった。

 子供のこと、彼女から何も聞いていないのだろうか。


「私に何かあったら、サナレス、お前が彼女を守れよ。お前以外には任せられない。安心できない。彼女があんなに……」

 泣いているからーー。


 ルカがそう言ったように聞こえたが、消え入りそうな小さい声だったのではっきりと伝わらず、ただサナレスは違和感に首を傾げた。


「サナレス……、私はレイトリージェとお前がこの先結ばれるかもしれない……なんて。そうなればいいと思っているんだが……」

「何を言っている……?」


 レイトリージェはお前の子供を宿し、とっくにお前を選んでいるのに。

「だって私たち幼馴染の中で、レイトリージェだけだろ? お前のことをさ、根無草にせず、しっかりとラーディア一族に繋ぎ止めたの」

 彼女は逞しいとルカがいうので、それにはサナレスも同意した。

 

「ーーでもそうか、お前の心にはムーブルージェがいるものな。まったく……」

 サナレスのことも、レイトリージェのことも心配だ、と言って、ルカは寂しそうに微笑んだ。


「久しぶりだからかな? ルカお前ちょっとおかしいな」

 本当にルカは何処か変だ。サナレスは訳もなく不安になった。


 引っかかっている原因は、先刻くしゃくしゃに握り締めて懐に入れっぱなしにしている手紙のせいだ。


「ルカ、変だよな。お前さ、見た感じ全然元気そうで、こうしてぬくもりも伝わってきて、私を安心させてくれているのに、なんでお前が重症だなんてふざけた誤報が入ってきたんだろうな……?」

 悪質な誤報だ。

 ないわなぁ、とサナレスはルカの腕の袖を掴んだ。


 ただ一抹の棘を早くに抜き去っておこうと、サナレスは疑問を口にした。


 ルカはただ微笑むばかりだった。

 目の前にいるのは確かにルカ。一緒に成長してきた幼馴染のルカ以外、いったい誰であるという?


 自分やフェリシア公爵家の姉妹のことを過剰なまでに案じているルカは、他の誰でもあり得ない。


 ではこの違和感はなんだろう? 胸に突き刺さってくる不安の正体が不明なままだ。


 サナレスは彼の腕を硬く握った。

「ルカ、もう何処へも行くなよ。また姿を消すなんてこと、するつもりじゃないだろうな?」

 耐えられずに、サナレスはルカの腕に縋る。


 実態がある。生身の体温がある。

 けれど、どこかーー。

 どこかが違う。それが不安の種なのだ。


「ルカ、お前……もう二度と私を置いていくな」

「サナレス……」

 ルカはどことなく頼りなげに微笑んでいた。


「サナレス、私は今、こんなにも疎まれてきた銀髪に生まれてきて、よかったって。心からそう思っている」

 ずっと銀髪の容姿なんて、ひどく不幸だって嘆きしかなかったけれど、今は違うと言った。


「なんの話だ? 髪の色の話なんて今どうでも……」

 元々線が細く、誰よりも貴族らしい男だった。でも今の彼はどこか、降っている小雨のように頼りなげだ。


「感謝しているんだ、サナレス。銀髪のものだけが所持している、ラバースって能力にね。ーー術師に備わる強大な魔力、その力のおかげかな」


「ルカ?」

 不吉な予感しかしなくて、サナレスは問いただそうとしたが、ルカが指先でサナレスの口を封じた。


「あれほど憎んだ能力だけれど、本当に今は感謝している。ラバースって能力を持って生まれたことは、間違いなく幸運だ」


 何を言っている?

 まさか、そんなはずはない。


 まさか!

 縁起でもない想像が頭にもたげては否定し、更にもたげては打ち消すことを繰り返した。


 ラバースーー天道士級の術士が高位の精霊と契約し、術者の強い想いを実体化させる分身を生み出す能力。


 知識だけは耳にしたことがあった。

 けれど確かラバースによって生み出された分身は、オリジナルーーつまり生み出した術士の強い願いを叶えたときに、その役目を終えるのだと伝えられていた。


「サナレス、ーーずっと謝りたいことがあった」

 辛そうにルカが言った。

「サナレスが貴族に染まりたいはずないのになぁ」

 なぁサナレス、とルカはサナレスの肩を抱く。


「ずっと気にかかっていた。誰よりもお前の夢を知っていたのに。側にいて、夢を語るお前の姿を見てきたのに、土壇場で理解してやれなくて、悪かった」

 ーー何を言っている?

「なにを……」


 ばかやろ……。

 ルカの心根の優しさは暖かくて、胸の中を熱くして、その熱はだんだんと目頭にまで伝わっていく。

「泣けてくるようなこと言うな、おまえ……」

 ルカの胸をドンと叩いた。


「私はお前の才が羨ましくて、嫉妬して、本当の純粋なお前を知っていたのに、あの時ひどいことを言ったんだ」

「自分からした約束を違えたのは私だ」

 涙が止められなかった。


 親友を前にして、押し殺していた気持ちが一気に吹き出す。

「ルカ、私だって。ーー私は、ーー私はお前と一緒に行きたかった!」


 本当に一緒に旅に出たかった。どこまでも一緒に。

 溢れ出した本心は、立場ゆえに封じてきた自分の夢だ。破れた夢の先でも、まだ憂いが残っていて、ルカの首にしがみつく。


「サナレス、その言葉を聞けて私は満足だ。ーーお前なら、行ける。いつか必ずな。一番近くにいて、お前の理解者だったはずなのに、変な別れ方をしたこと、ずっと後悔していた。謝りたかった。ーーいや本音のところ、お前の本心を聞きたかった」

 死ぬ前にーー。


 瞬間、ルカの体は空気中に霧になって飛び散り、崩れ落ちた。


 砂で作った城のように、波がルカを飲み込んでしまう。

 ルカの体は一瞬で、サナレスの前から消え失せた。


『サナレス・アルス・ラーディア様。火急の用なので形式ばったことは省略させていただきます。兼ねてより探しておりました、我が子の父、貴方の親友ルカのことです。彼らしき人が、レオ・パレスの民家にいるという情報が入りました。けれど、それによると、ルカの体はひどく衰弱していて意識すら朦朧としているらしいのです。世話をして下さっている方が言うには、ここ半年ばかり寝たきりで、生死の境を彷徨っていて、危ない状態なのだといいます。私はすぐにレオ・パレスに向かいます。人違いであることを祈りますが、ーーサナレス、貴方もこの手紙を読んだら、すぐにこちらに来て下さい。

                                 レイトリージェ』


 熱くなる目頭にも、冷たい雨が降り注ぐ。


 サナレスはレイトリージェからの手紙を手にしたまま、雨に打たれるのも構わずに立ち尽くしていた。


 戻れるはずはない。覚悟した別れの時に、それは痛いほどわかっていたのに、どこかで信じていたかった。

 また二人で酒を酌み交わしながら、戯れることができる日が来ると。


 人には永遠の別れがあることを知りつつも、自分とルカは特別だと、いつどこかで自惚れていた。

 例外など、あり得はしないのにーー。


 サナレスは片手で顔を覆った。

 息が、焼けつくような胸の痛みに震えてどうしようもない。


 雨を吸って濡れた地に膝を折って、サナレスは声をあげて泣いた。


 決して自分に泣くことなど許さない立場になった彼が、狂わんばかりの感情に、苦しい叫びを上げた。

 今だけはーー、と。

「破れた夢の先は、三角関係から始めます。」

記憶の舞姫40:2020年9月19日

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