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星廻りの夢4「呪術と科学」

1日1章アップしています。

感想頂きまして、1章の分量を見直しました。

ありがとうございます!


評価、感想、ブクマなど、皆様からの反応を励みに続けています。


最後まで、お付き合いよろしくお願いします。



   ※


 次の日からサナレスの日常は少しだけ変化した。


 王族を継ぎたくないと言いながら、民からの献上品で贅沢をしてきた自分を恥じて、サナレスは日常を見直した。


 遅刻か欠席の常習犯だったサナレスは、ラーディアの国立学術機関であるシリウスに、朝一番でやってきた。

 それを見て、教員や生徒が目を見張った。


 サナレスは学院の制服、黒いスーツに白いワイシャツ、ネクタイをきっちりとしめて着込んでいた。窮屈だった。憮然とした顔で講義場に座っていると、なぜかちょっとした騒動になってくる。一人の女生徒など、サナレスを見た途端、持っていた教科書を床に落としたくらいだ。


 真っ赤になって俯いた女生徒の本を拾って、手渡してやる。

「大丈夫?」

「はっ……、はい! 殿下」


 ああ。

 殿下と言われて、サナレスはため息をついた。


 学院に入学して以来、初めて袖を通した制服を着ていること自体が気恥ずかしかった。

 それまでは白いTシャツにデニム生地のパンツ姿という、普段着でやってきて、聞きたい講義だけに耳を傾けるため、きまぐれに出席した。


 ドレスコードなど、自分らしくはなかった。


 それに一限目から顔を出すなど、やった事がない。

 けれど皇子として民から納税され、それで今の暮らしが成り立っているなら、望まれていることぐらいきっちりとこなしてやる。そう思った。


 そして力を付け、金を稼ぎ、好きなことをするのは、その後だ。


 癖のない白金の髪を、無造作に後ろで一つに束ね、胸を張る。

 いつもは机が足置き場、椅子は寝転ぶ道具にしか思っていなかった。意識を変えるため、戒めで制服を着てきたのだ。


「珍しい……」

 横にルカが近寄ってきた。


「一応今朝も桟橋に見に行ったんだが、ーーここに居たのか」

「あ、すまん。しばらくは妓楼に行かんから、心配するな」

「どういう風の吹き回しだか」

 ルカはサナレスの横に腰を下ろした。


 綺麗な文字で正確に板書されたノートを開き、ルカは言った。


「だがこの講義はおまえにとってはかなり面白いかもしれないぞ。おまえ確か科学は好きだろ? その分野では有名な教授だ」

「どんな内容だ?」

「今日の講義はたしか……、呪術は妄想だ。人は科学でこそ進化する、ってお題だよ」

「ーーなんというか、ラーディア一族よりの講義だな」


 露骨な内容に、サナレスはのけ反る。

 術者を敬遠するラーディアの思想を煽るような内容に思えた。


「そうそう。だからこの講義に出席している学生は、私に対してはあからさまに態度が悪い。呪術なんてのは、ラーディオヌ一族の呪われた思想に惑わされているのだと、洗脳されていてね……」

 ルカは首を竦めた。


 よくもまあ、天道士を目指す男がしれっとそんなことを言って、あえてそういった講義に出てくるもんだ。


 見れば確かに、自分たちの横は見事に空席だ。

 席は詰まってきていると言うのに、自分たちの周りに座るものはいない。


「おまえも苦労しているよな。ーー外、出るか?」

「馬鹿いうなよ。せっかく心を入れ替えた友を、私がそう、やすやすと退席させると思うか? まあ聞いていけ。教授の話自体は面白いんだから」


 話をしていると、ルカが支持する教授が講堂に現れた。


 100名程度を収容する講義場は、すべての学生から教授の講義が見れる配置で扇状に広がり、段差がついていた。上の段に行けば行くほど遠くなるので、サナレスは一番前を陣取っていた。


 寝ないのであれば、前でいい。

 ガン見の戦闘態勢で、前の席を陣取る。


 教壇に張り付く形で座っているサナレスを見て、教授は瞬きしていた。


 一族の貴族ではないのか、人と同じように老化して、30歳から40歳くらいの歳に見える。

 彼はにこりと微笑んだ。


「殿下には初めてお目にかかりますね。まさか私の講義を聞いていただけるとは、ーーとても光栄です。そしてお隣の優秀な方ともお友達でしたか?」

 気さくな男のようだった。


 講義のタイトルから、もっといかにも偉そうな、嫌なタイプを想像したが、眼鏡の奥に素朴に目を細めて笑う表情を見て拍子抜けだ。


「さて、今日のお題は、呪術は妄想。という理論からですね」

 教壇に立った教授は、リトウ・モリと名乗った。


 想像通り一族の神子ではなく、人の子の名前だ。

 教科書を教壇の上で、トンと一度弾くように揃えてから、彼は講義に入った。


「今日は皆さんに面白いものをご覧に入れましょう」

 そう言ってリトウは短い棒のようなものを手にとった。


 そして小さな箱からマッチ棒を取り出し、棒の先端に火をつけた。

 黄色い炎がススキの穂のように棒の先端から飛び出し、学生達が感嘆の声を上げた。黄色い火花は、時間の経過とともに緑になったり、青になったり、形状と色を次々と変えていく。


「先生それは呪術ですか?」

「呪術ですよね……」

「先生も呪術を使えるんですか?」

 学生達は圧倒されて、興奮した眼差しで口々に質問した。


 だがサナレスは彼の持つ棒の名前を知っていた。


 さほど驚くことでもないだろうに。

 何が呪術かと、期待外れで落胆する。


 ーー花火、ラーディア一族では珍しい。

 火薬を細い棒の中に仕込んで発火する遊び道具、こんなのは所詮子供騙しだ。


 リトウ・モリという名前だけあり、和の国出身なのか。

 花火という技術も、和の国から伝来したもので、ラーディアにはそれを作る職人はいない。


「さて、これは呪術などではありません。この仕掛けをご存知の方も中にはいらっしゃるでしょう」

 リトウはサナレスをちらと見て微笑んだ。


 退屈なのが顔に出ていたかと、サナレスは内心舌を出す。


「これは花火という遊び道具で、火薬に発火し、火の温度を変えることで、様々な色を演出するものです。ーーですが、初めて目にした方々にとって、これは魔法のような仕掛けですよね」


 学生達が感心する中、リトウは火が消えた棒のどこかに触れてしまい、アチチと手を払っている。彼は決して器用ではなさそうだ。


「このことからわかるように、実は私たちは初めて目にすることに、本当に無力にできているんです」

 ーーそれが盲点です、と彼は言った。

「目にした事がない、わからないこと、そう言った類いの経験をすると、この世界の方はすぐに呪術や呪いと関連付ける。嘆かわしいことです」


 まるで異世界から来たような口調で、リトウは語る。

「人はあり得ない事が起こったら、まずその事象が起こった理由について、考えることを止めてはいけない。科学の世界でも研究者は僅かで、大抵の人はただの使用者で、提供者は一部の人間だ。使用者は原理について全く無関心で、提供者が与えた名前だけで納得してしまっているんだ」


 サナレスは真理だな、と感心した。

「それはとても危険なことです。例えば君達がある日たった一人で、全く未開発の、文化のない世界に転生してしまったら、君達は生きていけるのかな?」


 ただの使用者にはできないだろう。

「原理の知恵がなければ、使用者は何も再現できない。ここは原理、知の理論を勉強する場所なのです」

 リトウは自信を持って発言する。


「原理を学び、それを活かすも殺すも、ここからはあなた方の発想力と行動力です」

 学生は拍手して賛意を表した。


 変わった男だな、とサナレスは思った。


 まるで別世界があることを信じている。視野の広さが一般的ではない。


「だから心頭を滅却すれば、呪術なんてものは肉体に作用を及ぼしたりはしない。錯覚やまやかしだと思う者の前には、どんな術も効きはしない。ーー現に呪術で、そこにあるリンゴひとつ誰も割ることなんて出来はしないんだ。リンゴの色や形を変えることは出来ても。これはつまり、形や色が変わったように、脳の作用で見せかけているだけで、実際じっくり見れば何も変化なんて起こっていない。呪術なんて所詮、どこまで行ってもまやかしに過ぎない」


 これだけ呪術が日常に浸透しているのに、この男は珍しいことを言う。

 サナレスは、講義に耳を傾ける。


 一人の学生が質問した。

「では先生、精霊などを使役して、攻撃的な術をしかけられた場合も、気の持ちようだけで防ぐことができるのですか?」


 講師は一笑する。


「君はそもそも思い違いをしている。攻撃的な呪術をかけられていると認識してしまうことから、すでに相手の術中なのだよ。精霊という眼に見えぬモノをあたかも存在しているかのように思って暮らしている、この、ーー私たちの世界そのものが歪んでいる。存在しないと信じるものばかりが住む世界であれば、在りもしないものはそこから出てくることができないんだからね」

 そう言って彼はその日、黒色火薬の作り方についての説明を始めた。


「破れた夢の先は、三角関係から始めます。」

星廻りの夢4:2020年8月31日

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