星廻りの夢27「興味」
一日一章投稿しています。
ラストは戦場ばかりのシーンが続きますが、
ーーお付き合いよろしくお願いします。
※
戦場に赴くものが白い衣服を着ないのは、返り血を隠すためだろうかーー?
「殿下、お召し替えなさいますか?」
「いや、いい。外衣を脱いだら、血を浴びた重さはとれる」
二人で隊に戻った後、サナレスは時間を惜しんでいた。これで中腹から降りる隊を切り離し、先に進める。
「すまないがトーボウ。ゆっくりしている暇はない。私たちはこれから、日が沈むまでに海側を下山する」
再び馬に跨ったサナレスは、手綱を握り直した。
「わかりました」
トーボウがサナレスの指示を赤髪のギルに伝えた。
彼がいる隊は、いい隊だ。
「二度は聞かない。本当に、私と共に来るのだな?」
実質、陣頭指揮をとっている彼を隊から引き離していいものか、最終判断を彼に仰ぐ。
「心配ございません、殿下」
トーボウは軽く笑った。
「行きましょう。そして差し支えなければ、私が前を走らせていただいてよろしいでしょうか?」
「前を?」
「はい。サナレス殿下はどうやらあまり、人に前を行かれるのがお好きではないらしいので、こうしてお断りしておきます」
よく見ているな、と感心した。
自分の前を走ることを許すのは、自分よりも何十倍も努力を積み重ねている友人に対してだけだ。
「殿下。前を走ることの意味はいく通りかあるかと思います。一つは競争心。絶対に相手より前に出てやるという気持ちです」
言う通りだった。自分より前に出ていいのはルカだけ。それは相手を認めている証なのだ。
「ところが前に出るものは、自分の背中を追ってこいという意味とは逆にこうも考えるのです。後ろを行く者の盾になりたいと。ですから殿下、ここから先を駆けるなら自分を前にしてもらってもよろしいでしょうか?」
ルカはいつも言っていた。
『サナレス、追ってこい』
前を走る男の気持ちなど、考えたこともない。
ルカだから前を許したし、ルカだから前にいて欲しかった。成績でも乗馬でも彼は上位、呪術に至っては未知の領域で、自分は常にルカの背中を追っていた。
それが心地良くて、安心できて、一度も勝ちたいと思ったことすらなかった。
ーールカが自分を見守っていたというのか!?
自分は一度も、ルカと勝負すらしていないのに、いつも一段高いところにいて、彼は自分を見守っていた!?
彼が自分に目を背けたのは一度だけだ。
レイトリージェが彼を、ーーいやレイトリージェの家が彼を認めず、自分の地位、つまり王族の地位だけに価値を置いたときだけだ。
今、無性にルカに会いたい。
そんな資格はとうになくしているというのに、ただ会って、もう一度一緒に走りたかった。
ルカはいつも自分のそばに居た。
思惑があって妓楼通いをした時も、彼は言った。
『昨日も桟橋で、力尽きて眠りこけていただろ。ーーおまえのあの醜態だけは、他のやつに晒したくないんだ』
力強い言葉だった。
『サナレス、飛ばそう。ーーサナレス、ついて来い』
ルカの言葉が木霊して、胸が張り裂けそうだ。
そんなサナレスの肩にトーボウは手を置いた。
「サナレス殿下、今一緒にいる者のこと以外考えないでください!」
真摯な眼差しでトーボウは言った。
「私が残してきた三人は、私の親友です。私がサナレス、変わりのもの王族である貴方についていくと決めたから、この隊に入っている。私よりも慎重で、彼らは反対したけれど、私は貴方に賭けた」
今にも殴られそうなほどの熱量だった。
信じていいのかを問うてきた時よりも、トーボウの言葉に重みが増している。
「私は三人の共の命を背負った。いつでも、それを忘れないでほしい。そして500の兵の上にいる大将の貴方が、いつ死んでもいいなんて思うのは、論外だ。殿下!」
ムーブルージェがいない、そして共に走ったルカの背中が見えない。
こんな状態の自分でも、彼は今ついてくるというのだろうか?
「行きますよ、サナレス殿下。私は自分の直感を信じて君主を決める。だから亡霊を見て、私を見ないというのは、ーーちょっと許せませんね」
煽ってくる言葉だった。
中肉中背、目立つところといえば眼光の鋭さだけだ。
けれど彼が彼の親友に責任を持ち、自分の前に行こうとしていることは、エネルギーで感じていた。
「じゃあ退屈しのぎに聞かせろよ。お前の信頼する定義ってやつ」
熱血なのは苦手なんだ。
ぼそっと呟き、サナレスはくつくつと喉を鳴らし、彼の後方に下がった。
身勝手な自分、彼はそれを変えられるのだろうかと、興味を持った。
「お前が信じる三人の話、山頂までお前に引かれている間、聞いてやろう」
トーボウに先を任せて、サナレスは耳を傾けた。
ルカとレイトリージェ、そしてムーブルージェだけがサナレスの全ての世界だった。
頑なに、その聖域に人を近づけてこなかったのは自分自身だ。
いずれラーディア一族を去るつもりでいたから、人の絆という荷物は不要だった。
幼馴染四人の均衡が壊れてしまった今、リトウやワギとの出会いがあった。
そしてトーボウが目の前にいる。
人の夢と人生は幾重にも絡み合い、廻り続けるのだろう。そのことわりに、少しだけ興味を持つ。
「貴方みたいな変人が、そんな話、聞きたいですか?」
「ああ、是非聞かせてもらいたいね。ついでに変わり者だとか変人だとか、言いたいことを言ってくれるが、不本意だ!」
そう見せかけてきたのは自分だというのに、何だか反論したくなった。
「ああ、すみません」
んーーっと、トーボウは悩んでいたが、諦めたように満面の笑みを浮かべた。
「じゃあ、お詫びとして正直に伝えておきましょうか。ーー俺らは第三王位継承権のあるサナレス殿下の、単なる気まぐれに付き合わされるほど、貧しい貴族なんですよ。貧しすぎて、金品ひけらかされちゃ、のこのこと出てこないわけには行かない、ほんと底辺の、没落寸前の貴族です」
気落ちされますか?
トーボウの言葉に、サナレスは「いいや」と否定した。
「何とか金を得ようと、私は貴方について行く人生を選んだ」
ふんと、サナレスは鼻を鳴らす。
最初から高位の貴族が、自分に付き合うとも思っていなかった。子爵のトーボウが副隊長になった時点で、筋書きも見えていた。
それにとトーボウは付け加えた。
「私たち没落貴族の間じゃ貴方はわりと有名人でしたからね」
奇人変人扱いか、と吐息を漏らすと、トーボウはにっと笑った。
「王族らしからぬ皇太子。市民の前に簡単に姿を見せるし、酒を飲んで醜態を晒す。困っている人を見たら誰にでも気さくに話しかけて、市場で買い食い三昧。ーー挙げ句の果てには王族自らが体を張って子供を助けた」
トーボウは何か嬉しそうだった。
「私達の界隈では貴方、本当に有名人だったんです。サナレス殿下はきっと次代の王を継承される方だって。だからすみません、サナレス殿下。私たちのようなものしか、ご一緒できず」
サナレスは絶句した。
誰が王位継承者だって?
「馬鹿か!」
サナレスは一蹴した。
「トーボウ、お前は十分な実力があると認めざるを得ない。ーーだからお前の儀を交わす者の話をしろと言ったのだ。私の話をしろとは言っていない」
私にも、身分に関係なく、血肉を通わせる男がいる。
だからお前達の友情関係に責任を持つために聴きたかった。
「聞かせてくれと言っている」
「聞かせましたよ。まだわからないですか? 私は貧しいですけれど、貴方が出陣すると聞いたから馳せ参じた。そして私の友は、言ったでしょう? 私が次期王をお護りすると決めたからついてきた。それだけなんです」
「何を……」
「この隊、一般市民が多いでしょう? 私達と同じように貴方の隊だから志願してきた兵士が多いということ、貴方はもっと自覚を持つべきです」
「破れた夢の先は、三角関係から始めます。」
星廻りの夢27:2020年9月13日




