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星廻りの夢20「死」

一日一章以上投稿しています。

一章が短いので、二章くらいづつ投稿する日もあります。


30話までには終ります。

そこからは、先を進めるつもりです。


皆様の反応が励みになります。

お付き合いよろしくお願いいたします。



        ※


 レイトリージェが姉のムーブルージェを自宅に連れて帰るなり、ムーブルージェは高熱を出して寝込んでしまった。


 レイトリージェは、姉は自業自得だと思いながらも、自分が姉の看病をしなければならないほど姉が体調を崩してしまっていることを自覚していた。

 ムーブルージェの顔など見たくもなかったが、二人きりの姉妹なのだ。熱に浮かされた彼女を、レイトリージェは放っておくことはできなかった。


「入るわよ」

 裏切られた反抗心から扉の前で二の足を踏んだが、諦めてひと息呼吸を整え、姉の部屋に入った。


 たぶん姉はもう、自分の声すら聞こえていない。


 この病気は確実な治療方法がなく、発熱、呼吸困難、食欲不振、やせなどが現れ、症状はゆっくりと、しかし確実に進行する。体力を失った者から病魔が体を蝕んでいき、菌を殺すマイシン系の薬がないこの時代では致死率は50%の大病である。


 いつも服用している症状を抑える薬の流入が途絶えて、一月経つ。

 そんな状態で姉はサナレスに会いに行った。


 自分がルカを助けて欲しいと願ったから、姉はこっそりと館を出た。レイトリージェの願いを受け止め、姉はそれをサナレスに伝えに行ったはずだった。


『私はこの部屋を出られないから、姉様お願い』

 無理は承知で姉に託した。ムーブルージェはにわかに承諾せず、なかなか首を縦に振ってくれなかった。


『ルカが出陣したのは、ルカの考えでしょう? そんなことにサナレスを巻き込むの?』

 私は賛成できない、とムーブルージェは言った。

 そんな姉に一生に一度の頼み事だと、レイトリージェが懇願したのだ。


『お願い姉様! 私ルカとーー!!』


 あの時のことを冷静に思い返せば、ムーブルージェがこうなってしまったのも、自分のせいかもしれなかった。


 けれどもいつまで待っても帰ってこない姉を迎えに行って目にしたものは、あまりにも衝撃的で、一瞬で怒り沸騰した。


 正気を保つことも難しいくらい、打ちのめされ、惨めだった。

 サナレスはムーブルージェが好きで、姉と両思いで、わかり切っていたことなのに胸が潰れそうだった。


 ルカを裏切った二人が憎らしい。

 ――けれども心の底では二人の関係に嫉妬した。

 燃えるような嫉妬心のまま、2人を罵声し、ルカを裏切ったと苛んだ。


 許せなかったのは、ルカへの裏切りだったのか?

 それともーーサナレスに憧れた234567890え d自分を惨めにする結びついた2人に対してだったのか?


 時が経てばたつほと、気持ちがささくれていく。


 そんな自分に比べてムーブルージェは、なんて純粋なのか。

 こんなにも衰弱するまで、ムーブルージェはサナレスと一緒にいることを望んだ。


 サナレスは、ムーブルージェは悪くないと言った。

 姉は自分の思いをちゃんと伝えだ上で、サナレスに選ばれた。


 いつだって天才は天才と惹かれあい、純粋な存在を知っている。


 二人を許さないーー。

 口ではそう言いながら、現実の受け止め方は、疾うの昔に練習済みだ。

 自分が選ばれないことを、レイトリージェはちゃんと知っているのだ。


 謝る素直さなど、今のレイトリージェは持ち合わせていない。

 自分の行動を、無理矢理にでも正当化する理由がある。ルカが大変な時に、二人でしていたことを考えると、許せなかった。


「サナレス……」

 ムーブルージェは譫言でサナレスを呼ぶ。

 彼から引き離したその時から、まるで生きる気力を失ったかのように、姉は弱っていった。


 薬が必要だった。

 父は呪術者嫌いで、ラーディオヌ一族から薬を調達することなど考えてもいないようだ。


 こんな時にルカがいてくれたら、きっと薬を用意してくれた。ムーブルージェのために漢方薬という、薬の調合を薦めてくれたのもルカだった。


 居なくなってから、ルカのことばかりを思い出した。

 いったい自分の気持ちはどこにあるのか? 

 レイトリージェは見失っている。


『君は気にしなくてもいいよ。私がサナレスよりもいい男になって、振り向いてもらえるように努力するだけだから』

 ルカの言葉を思い出した。


 彼と最後に会ったのは、彼が出陣してしまう数日前だった。

 裸で横たわるルカは、レイトリージェに腕枕しながら、髪を撫でてくれていた。

『私が君を得るためには、想像以上に乗り越えなければならないものが大きいらしい』

 ルカはそう言って、自分を抱き寄せた。


 今思えばこの時にはもう、ルカはケリオーの任に就くことを決めていたのだ。

『もし万が一、私があなたにした約束を果たせなくても、レイトリージェ貴方だけは変わらずに居てほしい』


 様子がおかしいと思ったのに、彼に抱かれている最中に、レイトリージェは彼の腕の中でサナレスのことばかり気にしていた。


 罪深いのは、サナレスやムーブルージェではない。

 一番ひどいのは自分なのだ。

 どうやっても償えないことをしてしまっている。

 このままルカを失いたくない。

 その気持ちを、サナレスと姉にぶつけた。

 自分はエゴの塊だ。


 ムーブルージェの脈が弱まっていた。

 姉を助けるために、薬が欲しい。


 でも、もし姉が回復したら、またサナレスは姉を選ぶ。

 この後に及んで、何を案じているのか、自分自身に腹が立つ。

 なんて自分は汚れているのか。


       ※


 ムーブルージェと引き離され、抜け殻になったサナレスの元を、リトウが訪ねた。


「ーー先生、すみません。行かなければ、ーーずっとそう思っていたんです。でもーー、行けなくて……」

 気怠い様子でうなだれるサナレスを、リトウは真っ直ぐに見つめてきた。


「少し、大人になったというところですかね」

 彼はサナレスの頭に軽く手を置いた。


「行けなくて……、すみません」

「いいんですよ。顔を見て安心しました。ーー前よりは随分覚悟ができた顔になった」

 そう言われた時に、サナレスはリトウの腕に抱きしめられていた。


「どうしていいかわからなかったんです……」

 サナレスは押し殺した声で、つぶやいた。


 ここ暫く、命の灯火が今にも消えそうなムーブルージェを、自分は押し除けることなどできなかった。一緒にいたからこそ、感じる時間があった。彼女が覚悟して、ここに来たこと。そして一緒にいられる限りある時間。


 限りある時間の短さに、その儚い美しさに、サナレスは身も心も引き寄せられた。


「何があったか知りませんが、貴方が悩んでそうしたのなら、別にいいではありませんか。後悔はしていないんでしょう?」

 無論後悔など、するはずがない。


 ムーブルージェが自分に言った言葉は、サナレスを捕らえて離さなかった。

『最後の時間を貴方と過ごしたい』

 彼女は自分の命の先を知っていて、命がけで目の前に現れた。


『薬がもうないの』

 貴方にはなんでも話すから、と彼女は言った。

『薬がきれて、今日で何日経ったかな。多分私、もう長くない』

 だから最後の我儘で会いに来たのだと、彼女は言った。


『どうして薬が手に入らない?』

『戦争のせいらしい。海を越えて調達していた薬の成分が、手に入らないのだと父様が言ってた』


 瞬間胸が詰まった。

 サナレスは、戦争などに行くものかと皇子として政治に背を向けてきた自分を恥じる。


 でもーー。

 夢を失った自分を、彼女に見せたくはなくて。

 そんな自分を、自分らしいと誇示してきたというのに。


 ムーブルージェは自分の夢に、彼女自身の夢を重ねていたから。


 考えもしなかった。

 彼女は終わらない戦時下の犠牲者だった。

 この時自分の行動をどれだけ恥じ、悔いていたことか。


 けれどサナレスは自分の気持ちをおくびにも表情に出さなかった。

『元気になったら、一緒に行こう』

 そう言って抱きしめることしかできなかった。

『絶対に、一緒に行こう』


 何度も何度も、唇を交わす。

 途方もない欲望を口にして、体を交える。


 彼女しかいない。

 生涯心を尽くすのは、彼女しかいない。


 この匂い、温もりを忘れない。


 やっとひとりではないと思ったのに、迫りくる期限を感じていた。


 彼女との甘い時間の中で、無力な自分が浮き彫りになった。

 戦争から目を背けたことで、彼女が飲む薬のことさえ気がつかなかった。夢を語っている裏で、親友が現実に向き合う姿勢すら、見過ごしてしまった。


「先生、私は今すぐにでも、自分と向かい合う」

 サナレスは決意した。


 その日の夜、ムーブルージェは静かに息を引き取った。

「破れた夢の先は、三角関係から始めます。」

記憶の舞姫20:2020年9月9日

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