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星廻りの夢2「学院」

「破れた夢の先は、三角関係から始めます。」

シリーズ2作目を書き始めました。


話は100年前に遡ります。

順調にいけば、前回よりは短く、文庫本1冊くらいにまとめられそうです。

お付き合いよろしくお願いします。



       ※


 大陸歴1300年を超える頃から、アルス大陸では戦争が頻発していた。


 人の国は競って国土を増やすために、近隣諸国を攻め入る。

 武将は率いる兵の数で格付けされ、功績を残した者が富を得る。武将達が躍起になって自らの力を示す時代になった。戦乱の時代(歴史上、のちにエヴァと言われる時代)だ。


 神の氏族も、人の世の争いに無関係ではいられなかった。


 アルス大陸で広大な土地を所有する、神の子の氏族ラーディア一族も例外ではない。人の子の争いに巻き込まれつつある。


 近隣諸国で戦争が起こると、決まって物流が滞った。

 ラーディア一族は、畜産農業を一族内で手がけたが、海産物は人の国からの輸入に頼っている。国土が海に隣接していないのだ。ここ暫く(しばらく)、新鮮な魚介類の値段が高騰し、市場にも並ばなくなっていた。


 サナレスは肉好きなので、海産物が口に入らなくなってもさほど気にもしていないが、肉はもともとが高級品のため、庶民の食卓が貧しくなっていることを耳にしていた。サナレスとしては、肉の流通が滞れば自国を出ていけばいいとぐらい、気安く考えている、


 だが世間は深刻だ。

 このまま戦乱が続けば、貴族の生活にも影響は出始める。


 案じたラーディア一族の総帥であるジウスが打った手は、せめてラーディア一族と海岸線に隣接する、ドレイク共和国に援軍を送ることだった。神の子の氏族は、人の国の揉め事には関わらない。

 基本的な姿勢はそのはずだったが、戦乱が長引くことにより一族にも余波が及んだことから、措置が取られた。


 王位継承権第一位のアド皇子が、ラーディア一族の門下を出て、戦地へ出兵したのは、ごく最近のことである。


 他の王族兄弟が戦っている中、夜な夜な遊郭に通うサナレスの姿は、貧しくなる民から一層厳しい目で見られていた。


 サナレス殿下はうつけ者だ。

 一族が大変な時期に、目立って遊び呆けている。

 今日も朝帰りで、学院の講義すら欠席したらしい。それどころかまともに出席すらしていないらしい。

 人伝えに広がる悪口は、なんてまわりが早いのだろうか。


 サナレスは笑う。

 それでいい。


 ここ数日のサナレスの行動履歴は問題となり、今日の午後、ジウスから呼び出されることになった。

 何度目かの苦言だ。


 聞き慣れた説教を覚悟して出向く前に、少し寝ておくか。

 神殿の西棟の奥にサナレスは居を構えている。


 湯浴みしてさっぱりすると、サナレスはバスローブを羽織り、タオルで髪の毛を乾かした。

 遊郭に通わなくとも、遊びの女ならいくらでも相手はある。

 わざわざプロを相手にするのは、勿論サナレスなりの考えあってのことなのだ。


 これは策だった。

 夜毎遊郭へ女遊びに出かけている。どうしようもない第3皇子。

 この事実で自分の風評を落とすことこそが、彼の目的である。


 水商売を生業にする女を、特段抱きたいとも思っていない。

 もう少し若ければ、そんなことにも興味を持てただろうにーー。


「ムーブルージェ……」

 サナレスは自分の胸に刺さった一本の棘を想いながらも、自分はうまく立ち回っている。

 我知らず想う女の名を口にしたものの、吐息と共にかき消した。


 わずか17歳にして、盛りがつく時期は過ぎたと、サナレスは思っていた。わざわざ妓楼に通わずとも、それくらい好き放題遊びまわった。今は飽きてしまっている。


 サナレスがあえて一族のうつけ者、道化師を演じ上げているのは、他でもない王位継承権を放棄するためだった。


 ジウスが親子の縁を切り、一族から追放でも考えてくれれば好都合だ。世界中を旅してまわる夢を叶えられる、サナレスはそう判じていた。


 サナレスは本来の性分としては書物が大好きだった。数時間もかからぬうちにラーディアの豊富な書物を片っ端から読破した。特に人の子の歴史や、科学を研究した本が面白く、決して勉強嫌いというわけではない。


 本来王族には数名の家庭教師がつき、あらゆる科目を彼らから教わるのが普通だったが、サナレスは神官希望者や民間の中でも選りすぐりの成績上位者が通う学院に通っていた。学院は全寮制だった。だがサナレスは、学長であるティガス・アルス・ケイに頼み込んで、特例で通わせてもらっている。


 家庭教師縛りで、一対一で、くそ面白くもない講義を聞かされても、寝るに寝れない。それならば一対多数で講義を進めてもらった方が、自分のペースで適当に緩急つけて勉強できるのがいいと思った。

 頼み込んだ動機はのっけから不純である。


 うつけ者を装うにも、適度にサボり、適度に試験の成績を調整することができる、学院はいい隠蓑かくれみのだった。


 ところが半年前に行われた、前回の年度末試験で、サナレスは失敗した。

 脳ある鷹は爪を隠す。

 そんなことわざがあるくらいだが、卒業まで隠しきれなかった自分は、能無しだ。これについて叱咤する。


 本来負けず嫌いな性格のサナレスは、あの時、いっときの感情でムキになってやらかしてしまったことを思い出して、深いーー、深いため息をついた。


 寝台に顔面から突っ伏して、サナレスは頭から布団をかぶった。

 時を巻き戻すことができればと、苦渋を舐めたのだ。


        ※


 王族付きの神官が運営する学院シリウスは、貴族の子息を教育するだけではなく、庶民の中から試験で選出された学生が多く通っている。


 学院内では、身分や地位に関係なく、成績優秀者だけが優遇される。


 優秀な成績を残せば、神殿内の神官の地位まで約束されるとあって、庶民上がりの学生達は先の人生をかけて、1日の大半を勉強に費やし、学年末試験に臨むのだ。また部外者からの参加も可能で、成績上位者になればそのまま学院への入学が許されるために、貧しい民も挑戦する。受験者数は年々増えていた。


 優れた人材育成を生み出す公正な試験は、学生の年齢を問わずに行われるため、出題範囲は幅広い。


 カレスというピンク色の小さな花びらが舞う春の季節になると行われる試験発表期間中は、特に勉強に熱が入る時期で、学生達は常に書物と対話しているような状態だ。


 サナレスは彼らのそんな様子を見ながら、学院の中庭で居眠りしていた。


「結構なことだ」

 どの学生も充血した目で、過ごす中、サナレスはのんびり過ごしている。彼にとって試験での成績は、下層であればあるほど都合が良かった、真剣に取り組む気などまるでなかった。


 そう。その日、あの瞬間まではーー。


 居眠りしていたサナレスは茂みに隠れていたのだが、そこに数名の学生達がやってきた。


「お前は貴族の血筋だろ。少しは先輩方に遠慮したらどうだ!?」

 怒気を含んだ声に眠りを妨げられ、サナレスは片目を開けた。


 揉め事かーー?

 うるさいな他所でやってくれよ、と低い声で呟いて、関わり合いになりたくないと寝返りを打ち、声の方に背を向ける。


 追い詰められた学生はウサギのように、逃げようとしていた。

 そうだ。わざわざここでやるな。

 逃げるんだ。

 サナレスはひ弱なウサギを応援する。


 だがその度に多勢に無勢で逃亡は失敗し、サナレスが安眠しようとしている地のすぐそばで、ずっと揉め事が展開していく。


「毎年お前のせいで、上位10名の神官枠が一席消えちまう」

「下級生なんだから、卒業年度にだけ見せつければいいだろう?」


 口々に攻撃する言葉は、どうやらウサギ一匹に向けられている。試験前で気が立っているのか、上級生達の語気は荒々しい。


 ターゲットにされているらしい学生ウサギが何も言わないので、余計に熱が上がってくる。

「お願いを聞いてもらえないなら、受験できないようにするってのはどうだ?」

 不穏なことを口にしている。

「なるほど、その手もあるよな」


 正論で頼めないのならば、学力上位者を潰しに出るというわけか。


 恐い、恐い。


 サナレスはさらに欠伸をして、耳に蓋をする努力を続けた。

 だがやがて、ドスっという人を殴打する音が複数回に渡って耳に入り、サナレスは知らぬ振りを諦めた。


 隣でウサギが死んだら、サナレスとて寝覚めが悪い。

 仕方なくサナレスは、茂みから立ちあっがって顔を出した。


 そこには上級生に囲まれて殴られたウサギ、性別は男が地面に這いつくばっていた。


 ウサギと目が合う。


「ルカ!?」

 まさかそのウサギ男が友人だと知って、サナレスは驚愕して声をあげた。


「出てきてしまったか」

 ルカは言った。

 走り寄って助け起こすと、ルカはすまないな、と苦笑した。


「おい。これって…どういう展開_?」

 先ほどから大勢で寄ってたかって抗議されていた対象はサナレスの親友であるルカ。ルカは一言も言葉を発していない。ウサギが一対多数の状況に怖気付いているだけかと思っていたが、ルカだったのなら話は違ってくる。


「おまえ、やり返せよ」 

 ルカはウサギという弱さの代表になる男ではない。十二分にやり返す、底知れない呪力の持ち主だ。


 それなのにルカはウサギになっていた。


 理由は一つ。

 ルカはサナレスの昼寝場所を知っている。

 つまり、自分を巻き込まないために存在を知らせないようにしていたのだ。


「水臭いな。声かけろ」

 呆れ顔で、サナレスは言った。


「すっかり睡眠を邪魔された」

 ルカが起こさないように配慮したというのに、そのルカの遠慮自体が腹立たしく、サナレスは不機嫌を全身で表し、首を斜めにして学生たちを睨め付けていた。


「お前達、私の親友にーーいったい何を……してくれている!?」と、凄む。

「やめておけ」

 ルカはサナレスの激情を静止した。


 上級生達は、突然のサナレスの参入に勢いを削がれてはいたが、目の前に現れたのが王族だと知ってざわついた。

 見られたことを公言されては困るのだろう。


 困惑が薄ら笑いに変わっていく。


「これは……、サナレス皇子」

 ころっと態度を変え、白々しく手をこすり合わせる。

「私達はただ、彼にお願いを……」


「不正依頼か」

 サナレスは頭に血が上った。吐き捨てた言葉は冷たい。


 物心ついた頃から、ルカの試験の成績は、学院内で常に上位に入っていた。

 けれどそれは本人の努力の賜物で、やっかまれる筋合いはない。


「構うな、サナレス」

 ルカは止めたが、サナレスは許さなかった。


「おまえら恥ずかしくないのか? 実力で勝負しろよ。こいつほどの努力をやってから、堂々とものを言え」

 怒りを剥き付けの言葉にされ、上級生達は鼻白んだ。


「皇子だからって、……偉そうにしやがって。ここじゃ成績上位者が格上なんだよ」

 たじろぎながら、彼らは自らの正当性を見出そうと、集団心理で王族相手に呟き合う。


「阿呆のくせに」

 上級生の中の、小柄な男がぼそっと言った。

 それはサナレスに向けての言葉だった。


 プチッーー。

 サナレスの堪忍袋の尾がきれる音が、サナレスとルカには鮮明に聞こえた。


「ぁあ?? おまえなんて言った!? もう一度言ってみろ、こら!」

 血気盛んな年頃の自分を、サナレスは抑えることはできなかった。


 卑怯者に阿呆扱いされる謂れ(いわれ)はない。

 発作的に相手の胸ぐらを掴み上げ、殴り飛ばそうとしたとき、ルカが言った。


「ほんとこいつらは阿呆です」

 サナレスが未だ見たこともないほどルカは怒っているようだったが、ルカの所作は冷静だった。


「私の親友は王族です。あなた、私の親友に対して、まして次代の王になるかも知れない殿下に対して、失礼にも程がある。こいつは先輩方と違って、賢いんです。ねぇ、サナレス殿下」

 サナレスを殿下と言いながら、その口でこいつと呼称するルカは、サナレス以上に支離滅裂でキレているらしい。

 でもルカは、サナレスが振り上げた拳を自らの掌で抑え込み、わなわなと緩えながらも、伏せ目がちに「騒動はダメだと」首を振る。


 そして次の瞬間、ルカはあらん限りの気力で発言していた。

「証明してあげましょう。人は努力だということをーー」

 ねぇ殿下!、とサナレスに同意を求め、相手に権威を知らしめる。


「あなた方が望んだことです。ええ、勝負しましょう」


 は?

 勝負って何をーー?

 逆にサナレスが引くほどに、自信満々だ。


 ルカはにっこりと微笑んだ。笑顔の奥底に、見たこともないような憤りが隠れていることを察して、サナレスは嫌な予感を覚えた。

 根が真面目で曲がったことが嫌いなこの男を怒らすほど、命知らずなことはない。

 サナレスがそれを一番よく知っていた。


「証明してあげましょう。今度の試験の首席を占めるのは私達です。必ず! ーー貴方達の誰一人として、私達より上位に名前が掲示されることがないよう、やってやりますよ。ねぇサナレス殿下」


 ルカは断言してしまった。

「全ての教科の首席は、私かサナレスで占めてあげましょう」


 暴力沙汰を起こすより、公明正大なやり方であることは認める。

 でも。

 ーー立派すぎる。


 ずるずると巻き込まれる。


 かくして受験戦争に巻き込まれたサナレスは、ルカと共に首席争いに参戦し、成績上位の座を取りに行き、上級生達を総なめにしたのだ。


 確かに、そう。

 胸のすく思いがした。

 後悔なんて、したくはない。

 けれどそれが、後にサナレスにとっては致命的になろうとしていた。


 王位継承権第一位、第二位の義兄弟達も試験を受けていたことが知らされたからだ。ムキになって本領発揮し、総なめにしたのは、上級生達だけではなく義兄弟も含まれてしまったのだった。

 

「破れた夢の先は、三角関係から始めます。」

星廻りの夢2:2020年8月30日

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