星廻りの夢「親友」
やっと昨日、偽りの神々シリーズ第一弾。
「自己肯定感を得るために、呪術を勉強し始めました」を書き終えました。
一日一章、継続中です。
長編で、シリーズものですが、お付き合いいただきありがとうございます。
昨日一作目を書き終えると、かなり反響いただきました。
感想もありがとうございます。
皆様の足跡、感想、ブクマ、誤字脱字申告、反応が励みになります。
よろしくお願いします。
アルス大陸歴1345年。
地続きだったソフィア・レニスで大規模な災害が起き、星は5つの大陸に分かれた。
中でも最も広大なアルス大陸には、ふたつの神の氏族が共存していた。
ひとつは、豊かな水の都ダイナグラムを統治するラーディアが氏族、そして呪術や薬で財を成す、漆黒の民ラーディオヌが氏族。
ふたつの氏族は兄弟氏族と言われながら、ーー相反する方向性に価値観を保っていた。
※
百年に一度、アルス大陸には星の降る夜が来る。
荒れ果てた星光の神殿も、かつてならそんな夜には多くの天文学者が集い、星の観測のために賑わったものだ。
100年毎に繰り返される行事は、ラーディア一族やラーディオヌ一族、ふたつの氏族の間で、長らく文化的な楽しみとして継承されたが、ここ数十年で、神殿は一夜にして取り壊され、人々の足は遠のいた。
人の文化から取り残された遺跡の中で目を閉じれば、今にも過去に賑わった人々の声が聞こえてきそうだったが、ーーこのごろは誰も寄り付かない。ひっそりとした場所になっている。
瓦礫の中に足を踏み入れると危険だから、そんな物理的な理由ではない。この神殿は曰くがついてしまったのだ。
死者が出るとーー。
一夜にして廃虚と化した神殿を見て、人々は明確な理由もないというのにこの地が呪われているのだとささやきあって、いつしか噂から思い込みは根強くなり、訪れるものも居なくなった。
さて。
人の足が途絶えてから、どれだけの年月が経ったことだろう。
今宵、珍しくこの場所で星降る夜を見物しようと、訪れた客があった。
美しい、二十歳前後に見える青年である。
スラリと伸びた姿態は、180センチ近い長身で、均整の取れた肉付きや格好から、武人のように見える。
また見るものによっては、どこかの王族貴族のようで、無骨さを感じさせず優美である。
彼は満点の星の輝きと等しい、淡い金色の髪を無造作に束ね、ひび割れた白大理石の、神殿の入り口へ続く階段に、腰を下ろしていた。
彼の横顔には、何者にも屈することない高貴な強さが宿っていた。
エメラルドグリーンの瞳はベリル系の宝石さながらに輝き、僅かに憂いを含んでいる。
物音ひとつしない空間で、じっと動かない。
束の間の休息を求める感傷は、この場に相応しかった。
彼の瞳は過去を見つめる。
「ルカ……」
何気なく呟いた名前は、古い親友の名だった。
※
時を遡ること百年と少しーー。
青年は十七の誕生日を迎えたばかりだった。
サナレス・アルス・ラーディア。それが彼の名前だった。
その名の真ん中にアルスを名乗るのは、アルス大陸の神人の一族であるアルス家を表し、後に続くラーディアは一族の神の子、王族であることを示している。
ラーディア一族は、ジウス・アルス・ラーディアが統治し、巨大な都市ダイナグラムを統べる、ひとつの国家だった。
ただの国ではない。
神の子の一族と名がつくラーディアには、人の暮らしの中にはない、呪術という人外の力が伝承し、ジウスは本来ならば陛下と呼称されるところだが、総帥と呼ばれ、神の地位についている。
サナレスはジウスの実子、第三皇妃セドリーズの嫡男で、王位継承順位第三位に当たる身分だった。
しかし当の本人は、全くその立場に関心がなかった。
神殿内では次代の総帥の座を争い、同母の子供同士でも汚れた計略が横行していたが、サナレスには無縁だった。彼にしてみれば、義兄達の気が知れない。
後継者争い、そういった類のくさびに足を踏み入れるのだけは御免被りたい。
サナレスは持ち前の奔放さで、各地を飛び回ることが好きだった。
サナレスの母セドリーズが、イドゥス大陸から嫁いできたこともあり、大陸を渡って世界を見てみることを夢見ていた。
殿下という立場上、勝手な遠出は許されなかったが、できることなら彼は未知の世界を旅してまわっていただろう。
一族内は彼にとっては狭い世界だ。
ジウスや他の王族のように、神殿の中に閉じこもって生活するなど、窮屈すぎて受け入れられなかった。
見たこともない氷の大地、南国の蛮族達、地平線が見える海。
書物でしか読んだことがないそれらの世界は、サナレスの冒険心をそそり、いつかはその全てに行ってみたいと憧れていた。
それゆえ彼の眼は、いつも遠くを夢見ていた。一点の汚れさえない、真っ直ぐな眼差しは、彼の心そのものだった。
ーーしかし、十六、十七の歳に人は変わる。
大人への第一歩を踏み出す頃だ。
少しづつ現実を受け入れ、自分が置かれている立場や自らの力量について、真剣に考えるようになる。
それは苦しい。
認めたくない思いは痛みさえ伴って、容赦なく若者を悩ませる。
曇りなき眼で、色々なことを夢見て歩いてきた若者達は、ふとしたことで立ち竦む。
『お待ちなさい。
周りを見てごらん。
そっちへ行っては傷つくわ』
大きな夢を追えば追うほど、絶望の崖は高い。
ーーとてつもなく高いところに用意されている。あなたのその夢を、この現実的で小さな夢にすり替え、日々を無事に過ごしていけばいい。
ーーそうしたって、誰も気付きはしない。
うしろ指刺されることはない。
思春期に囁かれる言葉は、とても甘美で優しげだ。
手を変え品を変え、それとなく若者達の夢は叶わないものだと諭してくる。
『サナレス、……お待ちなさい』
例外ではなく、サナレスにもそんな声が届いていた。
ゆっくりと、サナレスは振り返った。
※
「親友」
豊かに流れる水が、網の目のように水路に流れる、ラーディア一族の中枢地として繁栄する王都ダイナグラム。
領地と言われる街の中心地である貴族街以外にも多くの民が恩恵を受けて暮らし、朝市などが開かれ、活気付いている。
15歳の生誕祭で成人として認められる若者達の人気の場所は、領地の外れにある遊郭だった。
近隣諸国の美女を座敷にあげている妓楼が数十軒、軒を並べて商いをしている王都の下町には、多くの若者が通っていた。御座敷での遊び方は様々あり、ひとつは酒を飲む社交場、芸を楽しむ劇場、また寝屋をとる妓楼だ。
このところのサナレスは夜毎遊郭に通っては、酔い潰れ、朝帰りを繰り返している。
年の頃17歳、青年の社交場といえば遊郭だった。
サナレスは特に、遊郭の中に眼をつけている女がいるわけではなかった。
王族以外の若者がたくさん集うそこは、純粋に賑やかで楽しかった。
問題は、王位継承権があるサナレスが、夜毎ふらふらと遊郭に現れるので、王族の継承者だというのに彼の評判は底辺を這っている。
ぼうっとする頭を抱え、遊郭への出入口である桟橋を渡り、朝帰りするサナレスは千鳥足だ。
桟橋の向こうに、仏頂面で腕を組んだ青年が、サナレスを待っていた。
シルエットでわかる。
サナレスは口の端を上げた。
それなのにわざと驚いたふうを装って、軽い口調で対応した。
「おー、ルカじゃないか」
「おまえな……」
ヒラヒラと気安く手を振って近寄ると、彼はあからさまに嫌そうにした。シルヴァ伯爵家の次男で、サナレスの幼馴染だ。
「ーー酒臭いっ! いったい何時まで飲んでたんだか」
「ついさっきまで飲んでたんだよ」
朝市が出始める通りを歩きながら、サナレスはルカの肩に腕を回し、体重を預けるように寄りかかる。
「あーまだ、景色がぼやけて見えるぞ」
明らかに飲み過ぎだった。
サナレスはそれを承知していた。
「ここのところおまえの行動は度を越している。ラーディアの皇子が色恋に溺れていると、もっぱらの評判だぞ」
朝市を出している民達が、二人を見てひそひそと何かを言っていた。
二人とも見目麗しく、均整のとれた体格で、明らかに目立っている。
ーーが、囁かれる内容は賞賛ではない。ーーどちらかというと蔑みだ。
サナレスに対しては、酒と女にだらし無い低俗皇子。ルカに対しては、銀髪で呪術を生業にする関わってはいけない不吉な貴族、そんなところだろう。
「ふん。評判など捨ておけ」
サナレスは気にも留めずに笑っている。
サナレスは市場で新鮮なリノの実が出ているのを見かけ、投げるように金銭を支払い、袋ごと買い求めた。そして袋の中からひとつ取り出し、丸かじりした。
果汁の多いリノの実は、柑橘系の味がして、荒れた胃に染み渡った。
「ーーおまえさ、その飲み方はいつか体を壊すぞ」
苦言を聞き流し、サナレスはリノの実をルカにも差し出した。
「美味いから食え」と推める。
「それで……、私の親友は、私が心配で迎えにきてくれたのか?」
サナレスが尋ねると、ルカは与えられた実を少しだけかじりながらそっぽを向いた。
「昨日も、一昨日もだ。おまえは桟橋で、力尽きて眠りこけていただろ。ーーおまえのあの醜態だけは、他のやつに晒したくないんだよ」
「優しいねぇ」
サナレスはルカの首に腕を絡めて、親しみを込めてぐいぐい締めつける。
わざと晒す(さらす)ことが目的なんだが、という言葉は飲み込んだ。
ルカは幼なじみだった。サナレスにとってルカは、17年間側にいるのが当然の存在になっている。
生真面目で勉強熱心。同い年だというのに常識的で、諭す口調は年上のようだ。
「サナレス、おまえなんだってこんなふうに毎日飲みつぶれてーー」
サナレスはルカの話を意図的に遮る。今、言及されることは避けたかった。
サナレスの脳裏に、一瞬一人の金髪の女性が思い浮かんだが、ルカにそれを悟られることは避けたい。妓楼通いの理由など、100個を述べろと言われれば用意できるサナレスだったので、話題を反らせた。
「それはそうとルカ、聞いたぞ。おまえメニス級地道士に昇格したんだってな。しっかし大したやつだな。十代でメニス級を与えられるやつなんて、そういるもんじゃないだろう?」
半年に一度、ラーディオヌ一族で行われる呪術試験は、天道士3級、地道士7級と階級別にランク分けされ、メニス級は地道士の最上級の称号になる。
「いよいよ天道士が身近になってきたな」
心底感心して称賛すると、ルカは鼻の下を擦った。
「まあね、私が本気になればこれぐらいのこと……」
天道士になれば、呪術に否定的なラーディア一族の中でも、それ相応の地位として扱われる。銀髪に生まれ、伯爵家から出家させられたルカが、身分を回復するには必要なことだった。
「ほう、私との約束を全て蹴っただけのことは、あったようだ」
皮肉げな眼で、サナレスはルカの顔を覗き込む。サナレスはわざとそうしているのだが、ルカは真面目だった。
ルカが気まずそうに視線を逸らしたのを見て、サナレスは更にいたずらを思いついたように口元にうっすらと笑みを浮かべた。
「だが不思議だ。ーー合格した知らせを、私はおまえ本人から聞かなかった。なぜかな? 何も黙っている必要はなかったんじゃないか? ーー私だっておまえが受験者だと知っていれば、忙しいお前を何度も、無意味に遊びに誘いはしなかったんだが……」
涼しい顔をしている相手を困らせる機会は、いちびる絶好のチャンス、つまり貴重である。
サナレスは芝居がかった口調で続けた。
ルカは想像どおり、サナレスを満足させるくらいには嫌な顔をする。
「なぜだ? どうして一言、言わなかった? 受験するんだって」
調子にのって追求すると、ルカは頬を赤くしていた。
答えは実に簡単だ。口ではメニス級に合格するぐらい容易いと言いながら、大方自信がなかったに違いない。落ちた時のことを考えて、ルカはサナレスに黙って受験したのだろう。ルカのプライド、この案件はかなりつつきがいがあった。
「ーーまったく……! そうだよ、おまえが察するとおりだ!」
「ふうん、珍しく素直じゃないか」
ほれ、落ちたら恥ずかしかったからと言ってみろ、とサナレスは自尊心を煽ってみる。
「悪かったな、この性悪男!」
ルカはサナレスがガシッと彼の肩にまわした腕を、引き剥がしにかかる。
「心外だな。優等生のルカらしくていいじゃないか。秘密主義なところも、実におまえらしい」
嫌がると余計にいじりたくなる、サナレスはルカに腕を回し、彼の首を離さない。
「ーー何も私相手に虚勢を貼ったんじゃぁ、ないよな?」
楽しくなって、更に追い詰める。
「なぁルカ、何を気にしたんだ?」
「おまえ本当に、いい加減にしろ」
耳まで真っ赤になるルカは、サナレスを見ない。横を向いたまま罰が悪そうに本音を暴露する。
「……そうだよ。それもわかってるんだろ、彼女だよ」
最近ルカが、同じ幼なじみのレイトリージェに告白し、二人が付き合い始めたことも知っていた。
子供の頃から三人一緒にいることが多かったというのに、いつの間にか自分だけ蚊帳の外だ。
要するにルカは、試験に落ちた場合のかっこ悪い姿を、彼女にだけは見せたくなくて虚勢を貼ったのだ。
「ああ、もうっ! 拗ねるのはいい加減にしてくれ。悪かったよ、黙ってて」
「そうだよなぁ、親友だと思っていたのに、傷つけてくれるよなぁ。いくら愛しい彼女に対して隠したかったからと言って、水臭い。それはあんまりなんじゃないか?」
口調が早くなり、そろそろ険悪になるのかと思いきや、唐突に二人は顔を見合わせて吹き出した。
「こいつ……、相変わらず口達者だな」
「おまえもな」
屈託なく二人は笑い続けた。二人の間での毒舌は日常で、ジャレ合っているのが楽しかった。
「それにしてもメニス級とは凄い。もしかすると史上最年少での合格じゃないか? せいぜい後百年ぐらい生きないと難しい試験だろうが」
「まあ、呪術は素養によるからな」
「親友として鼻が高い。いいよな、おまえは素養があって。私などどうあがいても、術士にはなれんからな」
「いっそその金髪、染めてみたらどうだ?」
「おまえなぁーー」
呆れたため息を吐きながら、サナレスはルカの髪色を見た。
術士になるためには、幾つかの条件を満たさなければならなかった。
前提条件は神の子の一族の、貴族の血を引いていること。そして最低限五百年以上は寿命があること。これらの条件はサナレスもクリアしている。なんといっても彼は王族で、不老長寿に生まれている。
しかし残りひとつの条件を、サナレスは満たしていなかった。
髪の色である。
呪術者になるための素養は、銀髪、もしくは漆黒の髪色だ。それゆえ夜の民と呼ばれるラーディオヌ一族には、優れた術師が多い。
ラーディア一族はその点については恵まれていない。ーーいや、恵まれていないというより、呪術を敬遠することをあえて自ら選択した一族だった。元は一つの氏族だった漆黒の髪とその瞳のラーディオヌ一族の民里を、一族から迫害したのだ。
唯一この一族を統治する総帥ジウスが銀髪だったことから、銀髪の容姿だけは例外的に一族に留まることを許されていた。
ラーディアで術士を目指すならば、銀髪に生まれる以外方法がない。サナレスのように金髪に生まれれば、素地はないと諦めるより他はなかった。
「銀髪に生まれるかどうかの確率は、今じゃ百人に一人いるかどうか」
ジウスが健在なラーディアの地では、銀髪の者の認識は、表面上は神秘の民、ーーけれど同時に恐れる対象として敬遠された。
人はいつしか自分たちが持たない力を畏怖する。銀髪の民には呪わしい力が宿りやすい、自分たちとは別格だと、一線を引く者も多いのだ。
ラバース。
人の交わりによってではなく、術者が強い感情を持って願った時、自らの分身を実体化させてしまう能力だと言われている。
かつて存在した伝説の魔女の言い伝えから、銀髪の民は、その能力を所有すると言われていた。
所有者の感情が負に偏れば、間違いなく身近な人を不幸にする。
ルカは銀髪だったが、その能力を使ったことはない。それでもシルヴァ伯爵家から出家することを言い渡され、神殿内への出入りを禁じられた。
そんな不条理なことはない。
自分のことのように激怒するサナレスに、ルカは「仕方がないさ」と運命を受け入れて笑う。決まって寂しげに、彼は笑うのだ。
許されないことだと、サナレスは今でも思っていた。
容姿など、選んで生まれてくることができないものを理由に、まるで罪人のように扱われ、出家を決められてしまうなど、あってはならない。
けれどルカは、不当な扱いを受けても努力していた。
天道士になり、剥奪された伯爵家の身分を回復しようと、地道な努力を続けているのだ。
立派な男だ。
「だが……同じ術者を目指すなら、ラーディオヌの民に生まれた方が楽だったな」
珍しくはいた弱音は、彼の本心だ。
どんな不遇でさえ凛として立ち向かう彼の気弱な発言を、サナレスは心配した。
「ーー何か……あったのか?」
「いや、何も」
ルカは苦笑した。
「破れた夢の先は、三角関係から始めます」
星廻りの夢①:2020年8月29日