「懲りない男の話」 下
2045.9.23
セレクトリア王国領王都ヴァルハラ市商業区画路地裏
舞意 祐二 (ユージン)
「くそ、テメェらやっちまえっ!!」
俺があまりに平然と近づくのが、ジョーンズ氏としては癇に障ったのか、激高して叫ぶ。
何にしろ、取り巻きABが俺に襲い掛かってくるのだが。
うわ、すごい単調だな。
自分でもびっくりなんだけど、慣れってのは恐ろしいもので。俺はユリシャ連邦のPvPエリアでもっと狡猾な攻撃ってやつを間一髪でかいくぐり続けた。
対して、この悪漢たちは半年前のあの時から、まるで時間が止まっていたかのように何一つ変わっていない。
結果、あれほど恐ろしかった悪漢の攻撃は今やどうにも拙いものに見えてしまうのだった。
なんにしろひょいひょいと体を揺らすように斬撃を避け、それでも薄皮を裂かれるように両肩に軽くダメージを負う。
「てめぇ、ちょこまかと!」
「へへ。だが、当たりさえすりゃあ──」
取り巻きたちの余裕の根拠。
其れはこのナイフに仕込まれた麻痺毒だろう。
ふむ、抵抗アクセサリで何とかなるかと思ったけど──先ほど両肩を浅く切り裂かれてから、そこはかとなく動きが緩慢だ。
まぁやろうと思えば、この少しでも動くうちに、"通報"することもできるんだけどさ。
視界端には"セーフティエリア内でダメージを受けました。この段階で任意に相手を告発することができます"というお馴染みの警告文。
それを押さず。
そう、押さず。
いい加減完全に効いてきた麻痺毒によって俺はその場に膝をつく。
「ヒャーッハッハッハ!! バァカがっ!! 神経毒くらい仕込んでねぇはずがねぇって言ってんだろ学習しろよナァイトさまヨォー!!」
目論見通り俺が麻痺したのを見て、俄然調子づいたように。
悪漢ジョーンズは既視感のあるポーズでモヒカンの毛のない部分をぺしぺしと叩いて煽ってくるが。
ふむ。
俺は刀を握っていない方の手を軽く握ったり開いたりして確かめながら、その効果に驚いていた。
うん。倒れるとこまで行かなかったな。
既に完全に抵抗完了しているようだし、すごいなー対毒ポーションって。
「ああ、とても──」
顔を上げ様、ジョーンズ氏に向かってニヤリとほくそ笑み。
次いで、俺が再び動き出したことに呆然としている取り巻きの片方の首を横払いに掻っ捌く。
運悪く一人目であった事には同情するが、初撃は印象深くいかねばこの後がうまく運ばない。
"なぜ動けるのか"
そんな唖然の表情で、視界を横に飛んで行く、取り巻きの首から上。
そう、こんな事も有ろうかと、通りでマナの事を聞いた時点で、毒類を急速に無効化する類のアイテムを使用しておいたからだ。
「──勉強になったさ。お宅等こそ全く同じ手でいけるって、何で思ったの」
血飛沫を上げながら倒れ伏す取り巻きの向こうで、この期に及んでまだ放心したままのもう片割れに向かって無造作に距離を詰め、刀を振りかぶる。
「ひっ──」
だが、ふと気が付いて、その手を止める。
身構えることすらできていなかった取り巻きの片割れは、攻撃が中止されたことにほんの一時安堵し、そして──
「え? は? あ……」
直後、背後から喉元に差し入れられたナイフに、再び絶望の音を吐いた。
いつの間にそこへ移動したのか、何ならジョーンズ氏本人に半ば拘束されていた状態ではなかったか、突然取り巻きの片割れの背後に現れたマナによって。
もうさっきまでの"困った顔"じゃない。
かといって半年前の"怯えた顔"でもない。
この俺さえも未だにうすら寒さを覚えるような"無表情"で
「……ユージンを傷つけるなら、許せない」
そう言ってナイフを握る手に力を込めるが。
俺は慌ててそれを止めた。
「マナッ! だめだ!」
そう叫べば、氷のような表情だったマナが途端に困ったような、拗ねたような可愛らしい顔を作る。
「でも、ユージン」
「だーめ」
俺が到着した時のマナの"困り顔"の理由。
其れはつまり、マナにとっても、この半年前からまるで成長していなさそうなすかぽんたん共を、独力で屠るくらい容易い事だったのだ。しかしながらただひとつ、ゲームの中でとはいえ"人を傷つけられない"という彼女の葛藤ゆえ、マナは眉を寄せて困り果てていたのだ。
そして彼女は今でも、"これ"が直らない。俺への強烈な依存がそうさせるのか、普段は"殺すの絶対ダメ"って風なのに、俺が関わるだけでこれだ。
この時ばかりは彼女はほんとに殺してしまうだろう。
俺は。
傲慢なのかもしれないけど、俺はそうして欲しく無くて。
マナに、そんなの知ってほしく無くて。
俺が重ねて首を振って見せると、マナはしぶしぶと言った体で、ナイフを下ろす。
悪漢側が動揺から立ち直れないうちに、俺は再び刀を構えて。
「ヤレヤレ……ほんじゃちょっと失礼して。──鉄砕撃ッ!!」
剣技を発動させ、取り巻きの持っていたナイフを狙って峰で打撃を浴びせる。
パキンと小気味いい音を立てて取り巻きのナイフは真っ二つに折れ、修理不可能レベルでの破壊判定になってしまったのか、そのまま薄青く輝いて霧散してしまった。
マナの手を汚さない為なら、俺はこの世界において殺すことを躊躇うつもりはない。
しかしながらしなくていい殺生をするつもりもまた、ない。
そのどちらもしてみせる為に、俺はもっと、もっと強く在らねばならない、と、思う。
何にしろ、体よく無防備となった取り巻きに顔を寄せ、囁く。
「悪いね。アンタももう、こんなどうしようもないのと連るむの、やめたら?」
名も知らぬ取り巻きは仰け反りながら顔をヒクつかせ
「あ、ああ、そうする。やってらんねぇ。悪いなジョーンズさん! もう付き合い切れねぇよ!」
そう言って俺の脇を駆け抜けて、大通りの方へと走り去ってしまう。
「お、おい待てよ!」
情けなくも助けを乞う様に、逃げ去る取り巻きに向かって手を伸ばす、ジョーンズ氏。しかしながらそれを俺とマナによって封じられる。
形勢逆転。
立ち位置的に悪漢ジョーンズは、俺とマナによって袋小路へ追い込まれた形だ。
俺は刀の切っ先を突き付けて
「正直、アンタにゃ恨みもある。闘るってんなら、とことんまで付き合うけど?」
見下していた相手にやり返されて、恥と悔しさと怒りの入り混じったような顔をして、ジョーンズ。
わなわなと両手を震わせて、俺をにらみ返す。
そして。
「チクショウ! チクショウ! ルーキーが調子に乗りやがって! 下っ端を片付けたからっていい気になるなよ!? テメェ見てェな優男なんざオレサマ一人で楽勝なんだよ!」
目を剥いて。
次の瞬間両腿のホルダーからそれぞれダガーナイフを引き抜くと、間髪入れずにこちらへ飛び掛かってくる。
──やるしかないのか。
と、俺が刀を構えて迎え撃つ姿勢をとれば。
「ヒャッハー! だからテメェはバカだってんだ!」
「──!?」
散々俺を煽って、今度こそ正面から向かってくると思いきや、ジョーンズは迫りくる最中突然向きを変え、マナへと迫る。
正直、これにはしてやられた。
俺は其れに全く以て反応できず、マナへと迫るジョーンズを止めることはできなかった。場合が場合であったら、彼女を守れなかったところだ。そこは反省しなきゃいけないが。
しかしながら、だ。
ぴぅ! ぱかん!
いつの間に持ち替えていたかマナの手にはいつもの魔杖。
軽快な音を立てて、マナの持つ、先が笛状の杖によって顔面を打ち据えられ、たたらを踏むジョーンズ。
「ぉ……う、お、んなろっ!」
仰け反りながらも即座に体勢を立て直し、再度マナに襲い掛かるが、彼女の持つ両手魔杖によって軽くいなされ、そのたびにこっぴどく打ち据えられてゆく。
「ちょ……なん……!? がっ! ぐぇっ!?」
ぱかん。 ぽこん。 ぺこ。 かこ。 めきょ。
笛状になった先端は冗談のような軽い打突音を立てるが、ジョーンズ氏は、個々は死なない程度のダメージながらあれよという間に滅多打ちにされてゆく。
ついには路地裏の土を舐めるに至り、そのまま動けなくなる。
「な、んで……」
──悪いな、その子、近接戦闘でも俺より強いんだ。
言ってて情けなくなるセリフは心のうちにとどめ置いた。
「すまん、マナ、お前にやらせちまった」
「ううん。大丈夫だよ」
結果的には出し抜かれ、彼女自身の手を煩わせたことを詫びるが、僅かに首を振って見せるとニッコリ笑顔。
やれやれ、こうやって自分たちで何とか出来てしまうと、少し安心してしまう物だな。
かつてあれほど恐怖した悪漢は、今やかわいそうな悪戯小僧だ。
「懲りてくれればいいけど」
そんなことを呟いて、すっかり沈黙したジョーンズ氏を覗き込む。
と、マナが隣に来て同じようにジョーンズを覗き込み
「ぼく、さ。……この人たちにちょっとだけ借りがあるんだよね」
「うん? そりゃ返したい"借り"なら前回の"事件"だけでウンザリするほどだけど……」
借り、なんて言葉にそれしか思いつかないが、俺の答えにマナはクスクスと可愛く笑って見せる。
「違うの。ホントに借りなんだってば。だから、ちょっと後ろめたい気持ちもあったんですよ? ジョーンズさん」
地に伏して動けないジョーンズの前でしゃがみこんで、マナ。
「な……にが…………ふご!?」
わけがわからないといった体で顔を上げ、疑問の言葉を吐くジョーンズ。
マナはその口めがけて、紙袋の中から取り出した菓子パンらしきものを一つ突っ込んだ。
「それじゃこれで、"貸し借りなし"ってことで」
そう言って天使のスマイル。
この状況でやられる其れは、ジョーンズ氏のプライドを粉々に砕いたろう。なんか菓子パンで口をふさがれたまま呆けた顔でマナを見つめ返す。
「行こっ。ユージン。お気にのカフェの新作があるの。ケンちゃんさんと三人で食べよう?」
立ち上がったマナは、長いスカートをわずかになびかせて振り返る。
手を引かれて、路地裏を後にする。
彼等は俺達にとって、このVRにおいて恐怖の象徴だった。
それを自分たちの力だけで撃退したことで、なんだか気が楽になったというか、安心したと言うか。もう狩られるだけの側ではないっていうか。
「結局──」
「うん?」
呟くような俺の声に、可愛く首をかしげて、先を促す我が相棒。
あーちくしょうかわいいなもう!
「借り……って、なんだったの?」
「……れべる2まで、手伝ってもらった」
「…………」
お前それ、ただのナンパの手口で、下心ありきの行為だからな?
なんて言おうものなら、彼女の事だ。
"してもらった事は、してもらった事だよ"
だなんて返してくるだろうか。
相変わらず律儀というかド素直っていうか。
でも、そんなマナが。
俺は好きになったんだ。