「懲りない男の話」 上
2045.9.23
セレクトリア王国領王都ヴァルハラ市商業区画
舞意 祐二 (ユージン)
土曜日。
マナのリアルである藤堂学人こと"学"は、術後も定期検査が続いているし、例の"アルバイトみたいなもの"……つまり全感型によるTWOゲームプレイのデータフィードバックが有る為、今も土曜の午前中は不在である。
俺とマナは昼過ぎに申し合わせて、このマーケットで会う約束をしていた。
マナの術後経過は良好で、このまま10月を迎えれば、リアルでの外出もできるようになると言う。
かつてふとした拍子に願った事が有る。
マナと二人で買い物に出かけるとか、できたらなって。
もうそれも夢物語ではない。
「我が世の春見てェな間抜け面しやがって。滅☆びろ」
そこはかとなく辛辣さも増して礼儀を浴びせてくるのは、すぐ横で金属武器防具類を売るケンちゃん氏。
短い金髪に頭グラサン。スリムのジーパン、上は白地のTシャツに達筆な"愛が足りない"の文字。
地は整った、いわゆるいけめんの部類なのだが、いかんせんどうにもやる気のなさそうな寝不足気味の眼に、う〇こ座り。
露店街にテントの様な仮設店舗とくれば仕方のないスタイルではあるが、これでは来る客も寄り付かないというもの。
「ケンちゃんさんは、誰か良い人いないんですか? ほら、ヴィアーネさんとか」
我が世の春。
そう言われて自覚が無いわけではない。
何しろ、マナが帰ってきてからというもの、毎日が楽しくて仕方がない。
"まるで毎日バーチャル彼女と異世界デート"
とは、4カ月ほど前の自分自身の感想だったろうか。
今はもうお互いに気持ちを打ち明け。マナの覚悟もあって、納まり良い形で名実ともに交際中の仲。全感投入型であっても変わりなく搭載されているオートエモーショナルコントロールってやつは、きっと抜け目なく俺の緩み切った表情を表現してくれている事だろう。
俺が特に考えずといった体で、そんな言葉を返してみれば。
ケンちゃん氏はいよいよ口をへの字に曲げて、無言で俺に抗議の目を向ける。
だが今、この俺、ユージンはなんというか"無敵"だ。
多分、一昔前のオンラインゲームであれば、頭上に『幸せ者』の称号を掲げ、世間に向けて惜しみない間抜け面を晒していただろう。
ニコニコと揺るがぬ笑顔で返していれば、ケンちゃん氏は何かを諦めた様に盛大な溜息。
「お前、姐さんがリアル男だって忘れてねェか……」
「愛が有ればそんなものは些細なことですよ」
「くそ、実践した奴に言われっと、ぐぅの音も出ねーな」
俺の交際相手、マナのリアルはつい二月半ほど前まで、男性であった。
この出来過ぎたバーチャルリアリティの中で、彼女と二月の間を過ごした俺は、それでも……彼女が男のままでも構わないと、本気で思ってしまうほど惚れこんでしまった。
しかしながら彼女は、もともと性別違和を強く持っていたこともあって、"より相応しい姿でユージンの隣に立ちたい"と願い、最先端技術による性適合手術の末、女性となった。
彼女の養父であり、主治医でもある藤堂博士によれば、それは"誘導再生法"なる実験的な技術で、従来の其れよりもより完全に近い性転換であると言う。
具体的には転換後の肉体の維持ルーチンを必要としない女性の体である。
と、博士はいうが、維持ルーチンとは? ……なんか素人の俺にはよくわからないが普通の性転換者……MtFの人とかよりは手間いらずな体なのだとか。
物思いにふけっていれば、ふとケンちゃんがステータス画面をいじっているのに気が付く。
「どうしたんです?」
「いや、もう一時になるんだが、お前、確か昼過ぎに待ち合わせとか言って無かったか?」
「ええケンちゃん武器防具店で。……って、そういえば遅いですね。なんかあったのかな」
「やっぱ心配か?」
「そりゃもう。……ちょっと俺、迎えに行ってきますね」
「ヘェヘェ。お熱いことで」
ウンザリ顔のケンちゃん氏に一声かけ、俺はマーケットの雑踏を行政区画側に向かって歩く。
マナが別の場所からこちらへ向かってくるのだとしたら、そちらから現れる可能性が高い。まぁもしも行違ったら、ケンちゃんがメールで知らせてくれるだろう。
◇◆◇◆◇
晩夏の土曜。午後の日差しの中、雑踏をそこはかとなくよけながら、我が最愛の恋人にして相棒の姿を探す。
「おィ、ちょっとアンタ」
「うん?」
ふいに呼び止められ、振り向くと、何やら既視感を感じる顔。
いや、名前も知らない他人のはずだ。どこで見たろうか。
戸惑っていれば、行商風の格好をしたそのプレイヤーは
「あんた半年前くらいに白い女の子とつるんでこの辺に居た奴だろ?」
──そんなことを言う。
どういうお察しの良さか。俺にしては珍しく、その一言で全てを思い出す。
この人、春ごろの事件でマナが悪漢ジョーンズ氏に裏路地へ連れ込まれたのを目撃し、それを俺に伝えてくれた人だ。
ああ、いやちょっと待て。ええと。なんだ。
現時点でもう悪い予感って奴しかしないんだが──
「そう、だけど……ええと」
「彼女サン、またガラの悪そうな連中に裏通り連れてかれてたけどだいjy」
「ありがとう!!!!」
全てを聞き終わらないうちに、俺は裏路地へと駆け出していた。
◇◆◇◆◇
路地裏へと駆け込んでみれば。
やはりと言えばやはり。
世紀末雑魚キャラ伝説を体現したようなトゲトゲショルダーアーマーにありがちなモヒカンがデンジャーパープルなならず者風の男。
忘れようもない。悪漢ジョーンズ氏。と、その取り巻きA、B。
囲まれるようにして困った顔をしているのは我が相棒、マナ。
半年前の事件ではもう少しの処でマナの貞操が危ぶまれ、しかしながら乱入してきたマリーシアによって間一髪救助というか、結果的に阿鼻叫喚の地獄絵図というか。
半年前と違うのは。
そう、半年前と違うのは、悪漢に詰め寄られ、恐怖に青ざめていたマナが。
なにやら両手で紙袋を抱えて、ひたすら困った顔をしている事か。
困った顔、だ。
俺はと言えば、相棒のその顔を見て、凡そ事の緊急度をお察ししてしまったのである。
やれやれ、相棒、これでもちょっとは心配したんだぞ、と。
俺はポリポリと頭を掻きながら、そろそろマナとの距離が許せないモノになりつつある悪漢どもの中へと、歩を進めるのだった。
「え~と、なんだっけ? "面白いことしてんな、俺も混ぜてくれョ"……だったっけ?」
なんとなく半年前を思い出し、友人のセリフを真似てみる。
流石に思うところの一つもあっただろうか、慌てて振り返るモヒカン男、ジョーンズ氏。
「ふ、はっ!? ……なんでぇ、だれかと思ったら、ナァイトさまの御登場だぜ!」
一瞬キョドって、辺りに視線を巡らし、そこにマリーシアが居ないことに心底安堵した様に、再びオラ付き始めるのだ。
全く懲りない男というか、こいつ。
「ユージン!」
困った顔をしていた我が相棒、マナが、俺に気が付くと花が咲いたように満面の笑顔。
彼女の事だから、トラウマとかあって委縮しちゃうんじゃないかなーなんて不安もあった。半年前はほんとに肝を冷やしたんだ。目の前で親しい女性を性的に滅茶苦茶にされ、自分は地に伏して何もできない……だなんて、実際にそうなっていたらと思うと、何かよくわからない感情に身が震える。
だが今は──
「マナ。遅いから心配したぞ。ケンちゃんも待ってる」
「あ、うん。え……えっと」
俺は、ジョーンズの事などまるで気にも留めぬ様に、苦笑しながらマナを手招きする。マナは其れに返事をしつつも、何やら自分を囲う悪漢の取り巻きたちに遠慮した様に、その場を動けないでいる。
遠慮した様に。
仕方がないな。
ホントにナイト気取り、しておこうか。
やれやれ、ちょっと柄じゃないっていうかさ。
ため息を吐きつつ俺が徐にマナの方へ歩み寄れば、悪漢たちは殺気立ってそれを迎える。
「てめぇ! 調子こいてんじゃねぇぞ!? マリーシアさえ居なきゃテメェなんざ……居ねぇよな!? ……テ、テメェなんざタコ殴りにして今度こそマァナちゃんとよろしくヤらせてもらうぜぇ!」
セリフの途中、マリーシアがまたもやご都合的に登場する心配でもしたか、キョドったり怒ったり、調子に乗ったりと、忙しい奴だ。
「そういやアンタ、俺の相棒に馴れ馴れしく触ってたね。──許せないなァ」
半年前の事件で、成す術失く羽交い絞めにされ、この悪漢、ジョーンズに詰め寄られて恐怖していたマナ。思い出せば沸々と今になって怒りが込み上げてきて、ちょっとくらいやり返してもいいかな、何てさ。
ベルトに重ねた剣帯に佩いた、黒塗りの鞘から刀を抜き放つ。マナが居なくなっていた時、ケンちゃんがくれたやつだ。
銀光が、午後の日差しに輝いた。
「くそ! テメェらやっちまえっ!!」
ジョーンズ氏が──吼えた。