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Thebes:Re:Quest  作者: 海村
4/8

「闇猫さんの後日談」

2045.9.10

セレクトリア王国領ユリシャ市ターヴァ区画薔薇十字の兄弟陣営内

舞意 祐二 (ユージン)


「っかしーにゃー」



 彼女は、そんな風に最後まで首をひねっていた。


 2045年 9月中旬。

 マナも退院し、ヴァルハラ勢には挨拶回りを済ませた。

 だが世話になった人たちは、ヴァルハラにとどまらない。

 俺、ユージンとマナは、再びユリシャ連邦、ターヴァ市を訪れていた。


「お久しぶりです」

「あのときはお世話になりました」


 そう言って、頭を下げる相手は薔薇十字の兄弟、ギルドマスター、ジャンローゼ・ヴァルカ。短い金髪に青い瞳の歳の頃二十歳ほどの青年だ。いつものシャツにスラックスではなく、儀礼騎士服にギルドの紋章の描かれた深紅のマント。

 彼の正装は戦時でも珍しいが……。

 俺の隣で頭を下げる、マナを見て。

 一瞬だけ。そう、一瞬だけ、"あの"ジャンローゼが、驚いたように目を丸くして。それからにやりと、笑みを取り戻す。


「そっか。 よかったな、ユージン君」


 そう言って、それぞれ握手を交わした後、徐にポケットから何か取り出そうとする。


 俺は。

 俺にしては、珍しいくらいの察しの良さで。


 その手を止めた。

 そして無言で首を振った。


「いいのか?」

「いいんです。 これは、"戒め"みたいなものです。 俺は、もう油断しない」


「そうか」


 俺のアバター、ユージンの左腕筋力値は、あの偽セーラムによって、危険区域内で切断される寸前まで損壊させられたことで。その数値に大きくペナルティを受けた。

 恐らく、ジャンローゼが取り出そうとしたのは、靭帯断裂によって筋力値にペナルティを受けた俺の左手を、その機能を回復するとかいう希少アイテムだろう。

 取り出して、話題にされる前に、なんとか押しとどめる。


 だけど。


「でも、バレてるみたいだぞ?」

「は?」


 そう言われて振り返ってみれば。

 心底申し訳なさそうな顔で、俺の左手を見つめるマナの姿。


 ああ、こんな気を使わせたくなくて、出来るだけ悟られまいとしていたのに。


「黙ったままで居られると思ったのかい? だとしたら君は、ちょっと自分の"相棒"を甘く見てるんじゃないのか?」


「マナ……」


「わかるよ。 ユージン、ずっと左手を庇って動いてる。 千切れちゃわないまでも、多分、何かあったんだって……僕」


 俯いて、歯噛みするように顔を歪める、相棒。

 ああもう。ずっと、こいつにこんな顔させたくなくて、いままでやってきたのに。


「マナ。お前が気にすることはないんだ。 俺はお前が守れれば良かった。なんなら、そうしなきゃ守れないってんなら、千切れてしまってもよかった」

「ユージン……」


 少しでも気負ってほしくなくて、その小さな体を包み込む。

 見上げる彼女と目が合って。


「あーあー。ノロケ禁止ノロケ禁止ー。 ったく、どうせもう用意しちまったんだ。わだかまりを残すくらいならとっとと使ってしまえよ」


 割って入る様に投げられたポーション瓶に、あわてて手を伸ばす。


「わっとっと」

「ルナに感謝しときなよ」


「これ、彼女が……?」


 親指大の小さなポーション瓶に目を落としながら、ジャンローゼの言う"ルナ"と言う人物を思い返す。

 その姿かたちを記憶から引っ張り出そうとしていると、突然そのビジュアルが都合よく目の前に生える。にょきって。


「にゃ」


「ひゃ!」

「うぉ!」


 突然の出現に俺達が驚いていると、どこから現れたのか、件の人物、"闇猫ルナ"氏が首をかしげながら、ニコニコしているではないか。

 以前の通り猫耳の付いたフードローブに、猫手のグローブ、そしてしっぽのアクセサリ。目深にかぶったフードの下から覗くのは、切れ長の目をしたボブカットの女性。


 ほんと、この人いつも突然現れるよな……。


「あ、あの。この薬、ルナさんが?」

「そうにゃ。 めっちゃくちゃ苦労したのにゃ。 相変わらずジャンは人使いが荒いにゃ。 これはもう縛り上げて吊るして何か硬いものでしこたま打ってくれるだけじゃ割に合わないのにゃ」


 ぴし。

 

 あ、マナが受け入れきれずに固まった。

 なおもぶつぶつ言い続ける闇猫氏を一旦置いておいて、俺はマナをゆさゆさと揺さぶるのであった。


◇◆◇◆◇


「すいません。 なんか俺の左手のためにずいぶん苦労を掛けたみたいで……」


 結局マナが落ち着くのを待って、仕切り直す様に、天幕の中のテーブルを囲む。

 遠慮も含め、彼女の労をねぎらう様に、俺はそう言うが。


「別に誰の為とか、個人的な感情はないにゃ。 結局アタシはジャンに言われた仕事をこなしただけだからにゃ」

「まぁなんならそのポーションの市場価値は30"ゴールド"ほどもあるが」


 そう言って口を挿むジャンローゼに、俺達はそろって首を傾げた。


「30……シルバ―……ん? ゴールド?」

「あー二人はまだ"金貨"って扱ったことないのかにゃ?」


 聞きなれない単位。

 闇猫氏の言に二人して黙って頷いて見せると


「つまり30万シルバーだにゃ」


 何でもない事の様にさらりと吐き出されたその金額に、そろって目を剥く。


「う、うぇぇぇぇ!?」

「まぁまぁ。 こういうものは金額じゃないさ」


 苦笑して、ジャンローゼがそう言うが、さすがにこのキャラクター一人の、少しばかりの筋力値のペナルティを直すのに30万。

 なんなら俺たちはこの4カ月TWOをプレイしていて一人当たり2万シルバー以上の通貨を持ったことがないくらいだ。その価値たるや推して知るべし。である。


 そこでゆらゆらと体を揺らして笑っていた闇猫氏が、何か思いついたように、ポン、と手を打つ。


「そんなに悪びれちゃうにゃら、代わりと言っては何にゃけどひとつ聞かせてほしい事が有るのにゃ」


 そんなことを言い出す。

 一体どんな対価を要求されるやら。

 俺達はタダで高価な薬を提供されることに抵抗を感じながらも、相手が相手だけに何を要求されたものか、と、お互いの視線を絡めるのであった。


 俺達が何も言えないでいると、闇猫氏は例の可愛らしい猫手でぴっと。マナを指し示しながら。


「そっちの子。 まなちゃん。 だったかにゃ?」

「うゅ!? は、はいっ!」


 いきなりの指名にヘンテコな悲鳴を上げるマナ。竦めた肩に、長い横髪がフワリと広がる。

 俺は何となくマナを庇うような、でも何から?ってのがよくわからないまま、闇猫氏との間に割って入ろうとするが。



「――ほんとにほんとに男の子なのかにゃ?」



 闇猫氏は、なんかこう、もう少しで満点を逃したテストの答案でも眺める様な、ちょっと悔しそうな顔で、そんなことを聞いてくるのだ。


「あ、あー……」


 何故闇猫氏がそんな顔をするのかはわからなかったが、この二人にはそもそもマナがもともと男性であったことがばれているので、説明はスムーズだった。

 俺達は交互に語る様に、マナの性転換劇について、二人に説明してゆく。



「で、今ようやく、晴れて普通の女の子に。 っていうわけなんです」


 少し恥ずかしそうにそう締めくくるマナに対し、闇猫氏は心底納得したように、何度も何度も頷いている。

 一体この反応は何だろう。

 そう言えば、最初にユリシャを訪れたとき、マナが男だと言ったら、まるで"そんなはずはない"とでも言いたげに、"ホントに男なのかにゃ?"とか"っかしーにゃー"とか、しきりに呟いていた。


 俺達がそこはかとなく、はてな吹雪に包まれていると、助け舟を出す様にジャンローゼが付け加えた。


「ルナはさ、アバターの向こうの、プレイヤーを言い当てるのが得意なんだ」

「にゃ」


 ジャンが語り、ルナもこくりと頷く。


「で、今まで一度も外したことがなかったんだけど、ルナの予想で"女の子のはず"だったマナちゃんが、男の子だっていうからさ」

「なるほど、それで不服そうにしてたんですね」


「でもさっきの話ですっきりにゃ。 結局、あの頃から"心は女の子"だったわけだにゃ?」

「そ、そういう事です」


 数か月前のもやもやが解消されたと、お互いすっきり顔で談笑していると、天幕へ入ってくる人影。

 逆光ではっきりしないが、あの長身痩躯。多分、第三隊隊長だとかいう忍者男、ザキマルとか呼ばれていた彼だろう。


「歓談のところ申し訳ないが、ジャンさん。報告したい事が有るでゴザル」


 御多分に漏れず、いつものゴザル口調でジャンローゼに話しかけているのは、異様な雰囲気を醸し出す長身の忍び装束。裂丸氏。

 話に加わった彼を見て、話の流れで。と言った風で、さらりと。本当に何でもない事の様にジャンローゼが。


「そうそう、ザックの中身が"女子大生"だってわかったときは、びっくりしたよなぁ」


 その、あまりのギャップに。

 俺とマナは今度こそ、ぽかんと口を開けて、固まってしまった。


 すぐ横では

 "ちょww何勝手にバラしてるでゴザルかwww"

 "え? 今更隠すような事かい? ザック"

 とかすったもんだしてるが。


 ええと、もう。



 なんかいろいろ、どうでもいい。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 本編の謎が一つ解けたにゃ! そうか、そんな特技が。 ユージンの手のその後とか、マナちゃんが他の人にカミングアウトできるのかとか、知りたいことが盛り沢山で楽しかったです。 [一言] 『性別…
[一言] え……マジで?
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