「Re:キンドル・ファイア」
2045.6.3
セレクトリア領 コーレル市近郊 旧遊牧中継点跡
藤堂 学人 (マナ)
※前作第42回「キンドル・ファイア」と対のお話です
併せて読んでみたら面白いかもです。
焚き火を囲んで、他愛ない話をして過ごす。
他愛ない話、と、思っているんだろう。彼は。
その実、私の心臓は早くも爆発しそうなほど、早鐘のように鳴り続けていた。
同年代の男の子と、二人きりで夜を過ごす。
相手にしてみれば、何もおかしなことなどない。
彼は、私を男性であると信じて疑わない。
そしてそれは、間違って等いない。
私、藤堂 学人の現実での肉体は、紛う事なき男性であるのだから。
そんな風に考えながら、意識は深く、過去に遡る。
私は。それこそ小学生の昔から、十五歳の今に至るまで、強い性別違和の中で過ごしてきた。
昔、そのことを少しでも表に出そうとしたら、囲まれて、異物を扱う様に指さされた。それは、"気持ち悪い"ことなのだと思い知らされた。
以来その気持ちは私の最大の秘め事として、最近まで燻り続けていた。
それを唯一肯定してくれる人――藤堂博士に出会うまで。
博士の助力を得て、私はようやく女性としての道を歩み始めた。
その一環として、最新型のヴァーチャルリアリティの世界で、女性としてふるまうことを指示された。
先んじて"女性の体に慣れる"ことで、実際の私の体にメスを入れる段になって、事がスムーズに運びやすくなるのだそうだ。
慣れるって言ったって、普通の"ネトゲ"で"ネカマ"をするのと何が違うのだ。憮然とした気持ちで、キャラクターを作成した。
ここまでの努力で、決定的な部分こそ男性のままながら、それなりにパス度も上がって――つまり女性らしい姿格好も出来上がっていて。
しかしながらビジュアルトレーサーなるスキャンシステムで、現実の自分をスキャニングしただけのキャラクターと対面した私は、改めてその出来に顔をしかめた。
女顔をした痩躯の男性。どうしたってそんな感覚は拭えない。
試しに"キャラクター性別変更ボタン"と言うのを押してみる。骨格や、多少なりの胸や、何に必要なのか股間のソレや、細々と体のラインが女性化されていく。
個々には些末な形状の違い。しかしながら、現実の私が決して越えられない決定的な差。
ほんの一瞬、決して手に入らないその姿が癇に障って、顔をしかめる。すぐに顔を振って、"いや、絶対に手に入れてやる"と思い直す。これはそのための布石なのだ、と。
結局、性別を女性にし、ファンタジー世界らしく髪色を銀、瞳を紅に変えただけの、ほぼ現実の自分と大差ない顔をしたキャラクターが出来上がった。
これの何が、数か月後の私を変えるのか素人の私にはわからないが、ゲームは嫌いではない。せっかくだから、精々最新式のMMORPGを楽しませてもらおう。
キャラクターの作成が終わり、ゲームの世界に降り立った私は。
驚愕した。
私に用意されたのは、世界初というほどの最新技術。最新式のログインデバイスは、脳信号疑似接続による全感覚投入型と呼ばれるもの。
先ほど作ったキャラクターに、まるで憑依でもしたように、その指先ひとつに至るまで、考えた通りに動かすことができる。
たとえるなら別人と魂が入れ替わったような感覚に一瞬戸惑うが、実のところそう言うのは些細な問題だった。
ない。
何がと言いづらいが、無い。
私を決定的に男性足らしめている、股間の邪魔者が、無い。
"感覚を伴って女性として異世界に存在できるようなものだ"
そんな事前の説明は受けていたが。
手を動かせば、白いフードパーカーの袖が腕を撫でる感触が。
足を動かせば、何だかやりすぎなくらい短い白いスカートのプリーツが、腿を擦る感触が。
そしてその下で素肌に密着する、先ほどキャラクターメイキングで選んだ女性用下着の肌触りが。
そしてそれが故に、"ソコ"に何もないのが、はっきりとわかってしまう。
"始まりの庭"とやらで、一人内股になって縮こまる私がいた。
ああもう。
慣れなければ。
これは、ともすれば数か月後の自分にとって、当たり前となるのだ。
勇んで"異世界"に繰り出してみれば、この姿をどう思われたのか、早々に"ナンパ"と言う奴を受ける。
正直、そうしてくる相手に嫌悪感を感じながらも、この姿を"女性"と認めるその態度に、安易な喜びを感じてしまっていたのも事実。
流されるように誘われ、木の棒で芋虫を叩けば、モヒカンのおにーさんが残りを始末してくれるというエスコートを受け、レベルが一つあがった。
だが、武器を選び、さぁこれからどうするという段になって、いよいよ性的な目で自分を見る相手が、怖くなった。
何とか自分が男性だと明かすことで、興味を失ってくれたようだが、逆上されていたらと思うと今でも震え上がる。
彼。
そう、彼と出会ったのはそんな折だった。
結局、女でないとわかれば、とたんに興味を失う正直さと言う奴に打ちひしがれて、夕暮れの大橋に佇んでいれば。
なんならあからさまに"純粋に心配してます、下心なんてありません"とばかりに、話しかけてくる男の子がいた。
その場の成り行きで、少しだけ話をしてみれば、何だか誠実で優しそうなひとだった。
しかしながら私にしてみれば、ついさっきのさっき。というやつだ。
恐怖とか嫌悪と言うより、もううんざりと言った感じだった。
私は思いつき、思わせぶりに彼に囁いた。
「考えてみれば簡単なことなのよね。貴男にも、さっきの男に言ったのと同じことを言ってあげる」
「は?」
「それで全部わかるし、きっと興味をなくしてくれるから」
そして彼の間近へ踏み込み。うわぁ、私、男の子とこんなに密着してる! だなんて内心ドキドキしながらも、その耳元で囁くのだ。
「どいつもこいつも、女アバター見たらサルみたいに付きまといやがって。オレ、ホモじゃないからさ、やめてくんないかな、そういうの」
ああ、びっくりした顔してる。
なんだかいい人そうだったから、少し申し訳ない気持ちもあったけど。
多分、これが一瞬後には怒り顔に変わって、さ。
それはできたら見たくなかったので、私は早々にその場を立ち去ろうとした。
「じゃあ、そういうことだから……ごめんね」
そう言って、踵を返す。
でも。
「だぁぁぁぁぁぁぁかぁぁぁぁぁぁらぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
だから、突然大声を上げて追いかけてきた彼を見たときは、ああ、やっぱり怒らせてしまったんだと思っていて。
でも一瞬後にはなんだか違う雰囲気を感じていて。
なんだかんだで同年代の男の子に手を握られるのに、やっぱりドキッとしてしまって。そうこうするうちにもつれて、転んで。
混乱しながら顔を上げてみれば。
「俺とコンビ組もうぜ!」
である。
もう私はぽかんとするしか無くて。
つい先ほど流されて、ひどい目にあいかけたばかりだというのに、彼の勢いに流され流されて、結局一緒に過ごすことになってしまったのだ。
やさしい、人だった。
彼は、すごく優しくて。
無自覚に嬉しいことばかりしてくれて。
私は彼に"女扱い"される度に、恥ずかしながら、舞い上がってしまっていた。
とても純粋な人で。
私が男だと言ったことを、どう受け取ったのか、言葉通りに受け取っていたのか。なんなら私のリアルは普通の男性で、このVRにおける私の姿、"マナ"は、完全に造られたビジュアルであると信じて疑わないようだった。
だから。
彼が。
多分、ほんの軽い気持ちで。
でも、だからこそ含む所のない本音として。
この、なんなら現実の私とほとんど変わらない"マナ"を褒める度に。
彼が、"可愛い"って言ってくれる度に。
私は嬉しくて。
恥ずかしくて。
なんだか泣きそうで。
なんだか色々な過程をすっ飛ばして、彼の事が好きになってしまって。
女の子として、好きになってしまっていて。
なんなら、この期に及んで未だ曖昧な部分を含んでいた、私の性自認を。
まるで叩き落す様に。まるで電撃で貫く様に。女にされてしまった。
そして意識は過去から舞い戻り、目の前で揺らめく焚き火へと。
そしてその向こうで佇む、彼の姿へと。
気が付けば、何か思うところの一つもありそうな顔で、彼が私を見つめている。
少しだけドキリとしながら、それでも平静を装って、首をかしげて見せる。
「なんか考え事してる……って顔してる」
そう言ってみれば、彼は途端に眉を寄せて、憮然とした表情。
「なんでェ、ひとを考え事もしないようなアホみたいに」
そんな風に言うものだから、いよいよ焦って。
何かしら気の利いた返しができるわけもなく、私は慌てて訂正した。
「え? え? そんなつもりじゃ……!」
今は、もう他に代えがたい彼。
失うのが怖い。
面と向かって本人にそう言った事も有った。
だから、今の私は、彼の機嫌ひとつ損ねるのがとても怖くて。
困って困って、つい縋る様な眼で彼を見返すと、一変、どういうわけか彼は吹き出すように笑った。
「ははは。"マナはほんとに可愛いよな"って考えてた」
そんなことを言い出すので、不安に駆られていた私はもう、恥ずかしいやら悔しいやら。なんなら……やっぱり嬉しいやら。
照れ隠しに少しだけ怒って見せ、目の前で愚図るよう拳を揺する。
「もうっ またそういうこと言う」
その言に、彼はふと真面目な表情を見せたかと思うと、私の顔を覗き込むようにして見つめながら。
「だって、ホントに感心してるんだ。苦労したろ? そのキャラメイクすんの」
「えっ? う、うん。 そう……だね」
自分でも歯切れ悪く返してしまうのがわかる。
先ほども言ったが、彼は私のリアルが、この"マナ"とかけ離れた男性然とした男性であると思っている様だ。そしてそこから相当な苦労を経て、このアバターを作ったと思っている。
だがちがう。私はこの"マナ"を造り上げるのに、何の苦労もしていない。
なんならボタン三つしか押していない。
性別変更ボタンと。
髪色指定ボタンと。
瞳色指定ボタン。
ビジュアルトレーサのスキャン直と、大差のない顔なのだ。
何しろこの話題を続けるのはなんだかまずい気がする。
私の事だ、どこでぼろを出すか分かったものではない。
「そ、そ、それを言ったら、ユージンだって、その、羨ましい……くらい、カッコいいじゃないかっ」
苦し紛れにそうやり返すものの。
彼は一瞬キョトンとした顔になって、それからなんだか自嘲気味に笑って。
「そりゃ、いくら何でもお世辞ってやつだ」
そんな謙遜したようなことを、言うんだ。
私はそれを聞いた瞬間、なんだか、こう。
カッ、と、なってしまって。
なんで。
君がかっこよくなかったら、何がかっこいいというんだ。
私は。
私はこんなにも、キミに――
それは口をついて、こぼれる様に吐き出されてしまう。
「そんなことない! かっこいいよ! ユージンは……すっごく……!」
彼が、眼を見開く。
「だってキミは、こんな僕に声をかけてくれて。何もできない僕の手を引いてくれて、嬉しいこと何度も言ってくれて。だから!……キミは、僕の中ではヒーローみたいで……」
私は、もう何だか止まらなくなって、身を乗り出しながら、まくしたてる様に、喚く様にそう吐き出してしまうが。
驚いたように、絶句していた彼が、零す様に、呟く。
「……マナ?」
その一言に。
我に返る。
はしたなく身を乗り出して、彼に詰め寄って。
ほら、彼だって驚いてる。
私は急に恥ずかしくなって、萎れる様に、再び腰を下ろす。
「だから、あの。 えっと。 な、何言ってるんだろうね? 僕は」
取り繕う様にそう言って見せるも、彼はと言えばやはり呆けた様に私の事を見つめるばかりで。
ああ、ばかばかばか。
失敗しちゃった。いきなりあんなこと言って、きっと変に思われたに決まってる。
私はもう、泣きそうになりながら下を向くしかなくなってしまった。
と、くすり、と、僅かな笑い声がして。
「なら、マナ。俺に成りたい?」
「え?」
優しげな声で、そう聞かれて。ハッとして顔を上げる。
「俺のこと羨ましかったら、俺そのものになりたいと思うか?」
その毅然とした態度は羨ましい。
だが私は彼になりたいわけじゃない。
なんなら、女の子になりたいと、思っているくらいだ。
「え。ううん。そういうんじゃ……ない」
呆けた様に、そう本音で返してしまう。
だが、その返事に何を思ったのか、彼はその顔をほころばせ、眩しいくらいの笑顔で。
「なら、そのままでいいじゃんか。……俺は! 少なくとも俺はそう思う……お前の良いトコ、もっと別にあるんだよ。多分」
最後にはちょっとだけはにかみながら。
なんで。
どうして。
彼は、こんな風にありのままの私を肯定してくれるんだろう。
今までそんな人は、親代わりの藤堂博士以外にいなかった。
いままで、どれだけ望んで手を伸ばしても、手に入ることのなかった、同年代の理解者。
いろいろなものを一気に飛び越えて、私の心に触れてくる。
私は、何だかあっという間に感極まって。
「な……んで――」
涙が、零れる。それが何だか恥ずかしくて、一度彼から目線を外そうとするのだが、不思議と、それが出来なくて、彼の目を見つめたまま。
「ど……して、そんなに嬉しい事ばっかり……言ってくれるの? ユージン、キミは――」
だめ。
もう、続けられない。
感極まって。涙があふれて。なんならしゃくりあげてしまって。
言葉を、続けられない。
こんな姿を見せられて、彼とて困惑するだろう。
恥ずかしい。はやく、はやく泣き止まなければ。
眼を硬く閉じて、歯を食いしばって、泣くのを我慢しようとする。
でも。
「マナ、俺はさ。自分がそうだと思ったことしか言わないよ。そんな嘘が付けるほど……器用じゃないよ」
まるで何でもない事の様に。
まるで自分に言い聞かせるみたいに。
恐らく――私に気負わせない為に。
彼、"ユージン"は星空を見上げてそう呟いた。
そんなことをされたら、私はもう。
今度こそ、手のひらで顔を覆って。
嗚咽すら漏らして。
涙を止められなくて。
◇◆◇◆◇
泣き止むのに、ずいぶんかかってしまった。
嗚呼、恥ずかしいな。
でも、私が泣いている間、彼はただ、焚き火を挟んだ正面から私の隣に移動して、何も言わずにただ寄り添っていてくれた。
多分、何をどう話しかけられても、私は収拾のつかないことになってしまっていただろう。そうならないギリギリを見透かされているようで、何だか恥ずかしくて仕方なかった。
すん。と、鼻を啜って、乱暴に服の袖で涙を拭う。
お願い。彼にもう迷惑かけたくないの。もう出て来ないで、涙。
そんな風に願をかけ、薄く、眼を開く。
「……ありがとう」
「礼を言われるような事、なんもしてねェ」
ぶっきらぼうに、そう返された言葉に少し驚いて、すぐ横の彼の顔を見る。
照れ隠しの様に、口を引き結んで、でも少し頬を赤らめていて。
今の今まで泣いていた私が言うのもなんだけど、少し、可愛く思えたりもして。
ようやく、私もそこで微笑むことが出来て。
「ぼくが……嬉しいと思ったから。だから、ありがとう」
「そうか」
そっけなくそう返す、彼の横顔を見つめる。
黙ってそうしていれば、それはみるみる赤くなっていって。
カッコよくて。頼りになって。ちょっと可愛いところもあって。
何よりそんな彼に嘘つきたくなくて、何度も"男だ"という私を、これでもかと言うほど女扱いしてくれて。
すこし、申し訳なくなって、彼から目線を外して、私は話題を変えた。
「ねぇ、ユージン」
「う、うん?」
戸惑ったような返事。
苦笑交じりに、揺らめく焚き火の炎を見つめながら、私は続けた。
「僕はね、"キャンプファイアー"ってはじめてなんだ……」
そう呟いてから。
ずいぶん経ってから、なんだか信じられない事でも聞いたみたいに。
「は……?」
短く、疑問の声。
私は今度こそ自嘲気味に笑って。でもあくまで平静を装って、なんならついでで話してるアピールみたいに、焚き木をつぎ足しながら。
「僕、ずっと一人だったから。学校行事でキャンプに行く機会があったけど、お休みしちゃった。だから、きっと、この先ずっと、こうしてお友達と一緒に灯りを囲むことなんて、絶対にないんだって思ってた」
ああ神様。 この声は震えていないでしょうか。 私は今、彼を安心させたくて。 余計に気負ってほしくなくて。
「――だから、ちょっとした"夢"だったのさ。……ユージンが、それを叶えてくれたんだよ? だから……だから、ありがとう」
そこで、意を決して、彼の方を見る。
私は今、笑えているでしょうか。
それはどうにも、自信が無くて。
彼も、こちらを向き直る。
私の顔を見た彼の表情が、くしゃりと歪むのを見て、私は心臓を鷲掴みにされたような気分だった。
ごめんなさい。
……ごめんなさい、ユージン。
心の中で謝罪しながら、その顔を見つめていれば。
それは心を痛めて歪められるにとどまらず、いつしかその目じりを涙が伝う。
なんで。
どうしてこの人は。
こんなことができるんだろう。
他人のために涙を流せる純粋さを持ったまま、此処まで生きてこられたんだろう。
その。多分。私の為に流された涙に驚いて。
「ユ、ユージン?」
「え?」
呟くように名前を読んでみれば、彼は涙を流したまま。
「え、ど、どうしたの。ユージン? なんで――」
「だから、なにが――」
涙を零したまま、いっそ不釣り合いなほどぽかんとした表情で。
「――なんで、ユージンが泣くの?」
な、んだ。それは。
じゃあ何? それは自覚無くやってるってこと?
何の他意なく、それでも私の為に涙を流してくれてるってこと?
私の為に――
「泣いて……くれるの……?」
「え……俺」
彼はそこでようやく、自分が涙を流していることに気が付いたように、なんだか呆けたような顔をしながら、自分の目に触れて、確かめて。
嗚呼。
もう、だめ。
すき。
この男がすき。
気が付けば、私は彼の頭を抱え込むようにして、この胸に抱いていた。
それはなにか、そうしようと思ってそうしてなくて。
感情に突き動かされて、勝手に体がそうしてしまうと言うか。
「ま……な。 ……俺はッ……」
今度こそ自覚したように涙声で呟きながら、身を引こうとする彼を。
私は自分でも驚くほど大胆に。
それを追いかけて、一層強く、強く、彼を抱きしめる。
「ユージン。僕はね」
胸に抱いた彼の、其の耳元で囁くように続ける。
声、震えてないかな。
「キミにとっても感謝してる。キミに出会えた"今"に感謝してる。僕が今までずっと一人だったのも、キミに出会う為だったっていうなら、それにも感謝してる」
大それたことしてるって自覚はある。
起伏に乏しいながらも、今の私は女の子の姿をしていて。
ちゃんと、女の子の姿をしていて。
其の上で男の子のことを抱きしめていて。
離れたくない。と。思っていて。
「ねぇ、ユージン。僕はキミに返せているかな。キミの役に立っているかな。今も、これからも、ずっと、キミの隣に居て良いのかな」
私の居場所は。もう、世界中で此処しかない。
"彼の隣"
其処にしかない。それを奪われたら、他になにもない。
嗚呼、どうか、神様――いや。
神に許されて其処に居ようだ等というのは卑怯だ。
どうか。
ユージン。
貴男の隣に居させてください。
身じろぎする彼を、そっと解き放つ。
何故か悔しそうな顔をして。
やはり先程からとめどなく涙を流したまま。彼は。
「居てくれ」
その一言に、なんというか。
仰々しい言い方かもしれないけど。
心底"救われる"のだ。
「此処しかないなら、此処に居ればいい。居てくれ。ずっと」
うん。
ユージン。ずっと、傍に居させて。
この篝火に照らしきれぬ。
満天の星空の下。
茫漠にして広大なこの世界の片隅で。
ふたり、ずっと泣いていた。