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Thebes:Re:Quest  作者: 海村
2/8

「Re:キンドル・ファイア」

2045.6.3

セレクトリア領 コーレル市近郊 旧遊牧中継点跡

藤堂 学人 (マナ)


※前作第42回「キンドル・ファイア」と対のお話です

併せて読んでみたら面白いかもです。


 焚き火を囲んで、他愛ない話をして過ごす。



 他愛ない話、と、思っているんだろう。彼は。

 その実、私の心臓は早くも爆発しそうなほど、早鐘のように鳴り続けていた。


 同年代の男の子と、二人きりで夜を過ごす。

 相手にしてみれば、何もおかしなことなどない。

 彼は、私を男性であると信じて疑わない。

 そしてそれは、間違って等いない。


 私、藤堂 学人の現実での肉体は、紛う事なき男性であるのだから。


 そんな風に考えながら、意識は深く、過去に遡る。





 私は。それこそ小学生の昔から、十五歳の今に至るまで、強い性別違和の中で過ごしてきた。

 昔、そのことを少しでも表に出そうとしたら、囲まれて、異物を扱う様に指さされた。それは、"気持ち悪い"ことなのだと思い知らされた。

 以来その気持ちは私の最大の秘め事として、最近まで燻り続けていた。


 それを唯一肯定してくれる人――藤堂博士に出会うまで。


 博士の助力を得て、私はようやく女性としての道を歩み始めた。

 その一環として、最新型のヴァーチャルリアリティの世界で、女性としてふるまうことを指示された。

 先んじて"女性の体に慣れる"ことで、実際の私の体にメスを入れる段になって、事がスムーズに運びやすくなるのだそうだ。


 慣れるって言ったって、普通の"ネトゲ"で"ネカマ"をするのと何が違うのだ。憮然とした気持ちで、キャラクターを作成した。


 ここまでの努力で、決定的な部分こそ男性のままながら、それなりにパス度も上がって――つまり女性らしい姿格好も出来上がっていて。

 しかしながらビジュアルトレーサーなるスキャンシステムで、現実の自分をスキャニングしただけのキャラクターと対面した私は、改めてその出来に顔をしかめた。


 女顔をした痩躯の男性。どうしたってそんな感覚は拭えない。


 試しに"キャラクター性別変更ボタン"と言うのを押してみる。骨格や、多少なりの胸や、何に必要なのか股間のソレや、細々と体のラインが女性化されていく。


 個々には些末な形状の違い。しかしながら、現実の私が決して越えられない決定的な差。

 ほんの一瞬、決して手に入らないその姿が癇に障って、顔をしかめる。すぐに顔を振って、"いや、絶対に手に入れてやる"と思い直す。これはそのための布石なのだ、と。



 結局、性別を女性にし、ファンタジー世界らしく髪色を銀、瞳を紅に変えただけの、ほぼ現実の自分と大差ない顔をしたキャラクターが出来上がった。

 これの何が、数か月後の私を変えるのか素人の私にはわからないが、ゲームは嫌いではない。せっかくだから、精々最新式のMMORPGを楽しませてもらおう。



 キャラクターの作成が終わり、ゲームの世界に降り立った私は。


 驚愕した。



 私に用意されたのは、世界初というほどの最新技術。最新式のログインデバイスは、脳信号疑似接続による全感覚投入(フルダイビング)型と呼ばれるもの。


 先ほど作ったキャラクターに、まるで憑依でもしたように、その指先ひとつに至るまで、考えた通りに動かすことができる。

 たとえるなら別人と魂が入れ替わったような感覚に一瞬戸惑うが、実のところそう言うのは些細な問題だった。



 ない。


 何がと言いづらいが、無い。

 私を決定的に男性足らしめている、股間の邪魔者が、無い。



 "感覚を伴って女性として異世界に存在できるようなものだ"



 そんな事前の説明は受けていたが。


 手を動かせば、白いフードパーカーの袖が腕を撫でる感触が。

 足を動かせば、何だかやりすぎなくらい短い白いスカートのプリーツが、腿を擦る感触が。

 そしてその下で素肌に密着する、先ほどキャラクターメイキングで選んだ女性用下着の肌触りが。


 そしてそれが故に、"ソコ"に何もないのが、はっきりとわかってしまう。



 "始まりの庭"とやらで、一人内股になって縮こまる私がいた。



 ああもう。

 慣れなければ。

 これは、ともすれば数か月後の自分にとって、当たり前となるのだ。




 勇んで"異世界"に繰り出してみれば、この姿をどう思われたのか、早々に"ナンパ"と言う奴を受ける。

 正直、そうしてくる相手に嫌悪感を感じながらも、この姿を"女性"と認めるその態度に、安易な喜びを感じてしまっていたのも事実。


 流されるように誘われ、木の棒で芋虫を叩けば、モヒカンのおにーさんが残りを始末してくれるというエスコートを受け、レベルが一つあがった。

 だが、武器を選び、さぁこれからどうするという段になって、いよいよ性的な目で自分を見る相手が、怖くなった。


 何とか自分が男性だと明かすことで、興味を失ってくれたようだが、逆上されていたらと思うと今でも震え上がる。



 彼。



 そう、彼と出会ったのはそんな折だった。


 結局、女でないとわかれば、とたんに興味を失う正直さと言う奴に打ちひしがれて、夕暮れの大橋に佇んでいれば。

 なんならあからさまに"純粋に心配してます、下心なんてありません"とばかりに、話しかけてくる男の子がいた。


 その場の成り行きで、少しだけ話をしてみれば、何だか誠実で優しそうなひとだった。

 しかしながら私にしてみれば、ついさっきのさっき。というやつだ。

 恐怖とか嫌悪と言うより、もううんざりと言った感じだった。


 私は思いつき、思わせぶりに彼に囁いた。


「考えてみれば簡単なことなのよね。貴男にも、さっきの男に言ったのと同じことを言ってあげる」

「は?」


「それで全部わかるし、きっと興味をなくしてくれるから」


 そして彼の間近へ踏み込み。うわぁ、私、男の子とこんなに密着してる! だなんて内心ドキドキしながらも、その耳元で囁くのだ。


「どいつもこいつも、女アバター見たらサルみたいに付きまといやがって。()()、ホモじゃないからさ、やめてくんないかな、そういうの」


 ああ、びっくりした顔してる。

 なんだかいい人そうだったから、少し申し訳ない気持ちもあったけど。


 多分、これが一瞬後には怒り顔に変わって、さ。

 それはできたら見たくなかったので、私は早々にその場を立ち去ろうとした。


「じゃあ、そういうことだから……ごめんね」


 そう言って、踵を返す。


 でも。


「だぁぁぁぁぁぁぁかぁぁぁぁぁぁらぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 だから、突然大声を上げて追いかけてきた彼を見たときは、ああ、やっぱり怒らせてしまったんだと思っていて。

 でも一瞬後にはなんだか違う雰囲気を感じていて。

 なんだかんだで同年代の男の子に手を握られるのに、やっぱりドキッとしてしまって。そうこうするうちにもつれて、転んで。

 混乱しながら顔を上げてみれば。


「俺とコンビ組もうぜ!」


 である。


 もう私はぽかんとするしか無くて。

 つい先ほど流されて、ひどい目にあいかけたばかりだというのに、彼の勢いに流され流されて、結局一緒に過ごすことになってしまったのだ。




 やさしい、人だった。


 彼は、すごく優しくて。

 無自覚に嬉しいことばかりしてくれて。

 私は彼に"女扱い"される度に、恥ずかしながら、舞い上がってしまっていた。


 とても純粋な人で。

 私が男だと言ったことを、どう受け取ったのか、言葉通りに受け取っていたのか。なんなら私のリアルは普通の男性で、このVRにおける私の姿、"マナ"は、完全に造られたビジュアルであると信じて疑わないようだった。


 だから。

 彼が。

 多分、ほんの軽い気持ちで。

 でも、だからこそ含む所のない本音として。


 この、なんなら現実の私とほとんど変わらない"マナ"を褒める度に。


 彼が、"可愛い"って言ってくれる度に。


 私は嬉しくて。

 恥ずかしくて。

 なんだか泣きそうで。


 なんだか色々な過程をすっ飛ばして、彼の事が好きになってしまって。


 女の子として、好きになってしまっていて。


 なんなら、この期に及んで未だ曖昧な部分を含んでいた、私の性自認を。

 まるで叩き落す様に。まるで電撃で貫く様に。女にされてしまった。




 そして意識は過去から舞い戻り、目の前で揺らめく焚き火へと。

 

 そしてその向こうで佇む、彼の姿へと。


 気が付けば、何か思うところの一つもありそうな顔で、彼が私を見つめている。

 少しだけドキリとしながら、それでも平静を装って、首をかしげて見せる。


「なんか考え事してる……って顔してる」


 そう言ってみれば、彼は途端に眉を寄せて、憮然とした表情。


「なんでェ、ひとを考え事もしないようなアホみたいに」


 そんな風に言うものだから、いよいよ焦って。

 何かしら気の利いた返しができるわけもなく、私は慌てて訂正した。


「え? え? そんなつもりじゃ……!」


 今は、もう他に代えがたい彼。

 失うのが怖い。

 面と向かって本人にそう言った事も有った。

 だから、今の私は、彼の機嫌ひとつ損ねるのがとても怖くて。

 困って困って、つい縋る様な眼で彼を見返すと、一変、どういうわけか彼は吹き出すように笑った。


「ははは。"マナはほんとに可愛いよな"って考えてた」


 そんなことを言い出すので、不安に駆られていた私はもう、恥ずかしいやら悔しいやら。なんなら……やっぱり嬉しいやら。

 照れ隠しに少しだけ怒って見せ、目の前で愚図るよう拳を揺する。


「もうっ またそういうこと言う」


 その言に、彼はふと真面目な表情を見せたかと思うと、私の顔を覗き込むようにして見つめながら。


「だって、ホントに感心してるんだ。苦労したろ? そのキャラメイクすんの」

「えっ? う、うん。 そう……だね」


 自分でも歯切れ悪く返してしまうのがわかる。

 先ほども言ったが、彼は私のリアルが、この"マナ"とかけ離れた男性然とした男性であると思っている様だ。そしてそこから相当な苦労を経て、このアバターを作ったと思っている。

 だがちがう。私はこの"マナ"を造り上げるのに、何の苦労もしていない。

 なんならボタン三つしか押していない。


 性別変更ボタンと。

 髪色指定ボタンと。

 瞳色指定ボタン。


 ビジュアルトレーサのスキャン直と、大差のない顔なのだ。


 何しろこの話題を続けるのはなんだかまずい気がする。

 私の事だ、どこでぼろを出すか分かったものではない。


「そ、そ、それを言ったら、ユージンだって、その、羨ましい……くらい、カッコいいじゃないかっ」


 苦し紛れにそうやり返すものの。

 彼は一瞬キョトンとした顔になって、それからなんだか自嘲気味に笑って。


「そりゃ、いくら何でもお世辞ってやつだ」


 そんな謙遜したようなことを、言うんだ。

 私はそれを聞いた瞬間、なんだか、こう。

 カッ、と、なってしまって。


 なんで。

 君がかっこよくなかったら、何がかっこいいというんだ。

 私は。

 私はこんなにも、キミに――


 それは口をついて、こぼれる様に吐き出されてしまう。


「そんなことない! かっこいいよ! ユージンは……すっごく……!」


 彼が、眼を見開く。


「だってキミは、こんな僕に声をかけてくれて。何もできない僕の手を引いてくれて、嬉しいこと何度も言ってくれて。だから!……キミは、僕の中ではヒーローみたいで……」


 私は、もう何だか止まらなくなって、身を乗り出しながら、まくしたてる様に、喚く様にそう吐き出してしまうが。

 驚いたように、絶句していた彼が、零す様に、呟く。


「……マナ?」


 その一言に。

 我に返る。

 はしたなく身を乗り出して、彼に詰め寄って。

 ほら、彼だって驚いてる。

 私は急に恥ずかしくなって、萎れる様に、再び腰を下ろす。


「だから、あの。 えっと。 な、何言ってるんだろうね? 僕は」


 取り繕う様にそう言って見せるも、彼はと言えばやはり呆けた様に私の事を見つめるばかりで。


 ああ、ばかばかばか。

 失敗しちゃった。いきなりあんなこと言って、きっと変に思われたに決まってる。

 私はもう、泣きそうになりながら下を向くしかなくなってしまった。


 と、くすり、と、僅かな笑い声がして。


「なら、マナ。俺に成りたい?」

「え?」


 優しげな声で、そう聞かれて。ハッとして顔を上げる。

 

「俺のこと羨ましかったら、俺そのものになりたいと思うか?」


 その毅然とした態度は羨ましい。

 だが私は彼になりたいわけじゃない。

 なんなら、女の子になりたいと、思っているくらいだ。


「え。ううん。そういうんじゃ……ない」


 呆けた様に、そう本音で返してしまう。

 だが、その返事に何を思ったのか、彼はその顔をほころばせ、眩しいくらいの笑顔で。


「なら、()()()()()()()じゃんか。……俺は! 少なくとも俺はそう思う……お前の良いトコ、もっと別にあるんだよ。多分」


 最後にはちょっとだけはにかみながら。


 なんで。


 どうして。


 彼は、こんな風にありのままの私を肯定してくれるんだろう。

 今までそんな人は、親代わりの藤堂博士以外にいなかった。

 いままで、どれだけ望んで手を伸ばしても、手に入ることのなかった、同年代の理解者。

 いろいろなものを一気に飛び越えて、私の心に触れてくる。

 私は、何だかあっという間に感極まって。


「な……んで――」


 涙が、零れる。それが何だか恥ずかしくて、一度彼から目線を外そうとするのだが、不思議と、それが出来なくて、彼の目を見つめたまま。


「ど……して、そんなに嬉しい事ばっかり……言ってくれるの? ユージン、キミは――」


 だめ。

 もう、続けられない。

 感極まって。涙があふれて。なんならしゃくりあげてしまって。

 言葉を、続けられない。


 こんな姿を見せられて、彼とて困惑するだろう。

 恥ずかしい。はやく、はやく泣き止まなければ。


 眼を硬く閉じて、歯を食いしばって、泣くのを我慢しようとする。


 でも。


「マナ、俺はさ。自分がそうだと思ったことしか言わないよ。そんな嘘が付けるほど……器用じゃないよ」


 まるで何でもない事の様に。

 まるで自分に言い聞かせるみたいに。

 恐らく――私に気負わせない為に。


 彼、"ユージン"は星空を見上げてそう呟いた。


 そんなことをされたら、私はもう。


 今度こそ、手のひらで顔を覆って。

 嗚咽すら漏らして。

 涙を止められなくて。



◇◆◇◆◇



 泣き止むのに、ずいぶんかかってしまった。


 嗚呼、恥ずかしいな。


 でも、私が泣いている間、彼はただ、焚き火を挟んだ正面から私の隣に移動して、何も言わずにただ寄り添っていてくれた。

 多分、何をどう話しかけられても、私は収拾のつかないことになってしまっていただろう。そうならないギリギリを見透かされているようで、何だか恥ずかしくて仕方なかった。


 すん。と、鼻を啜って、乱暴に服の袖で涙を拭う。


 お願い。彼にもう迷惑かけたくないの。もう出て来ないで、涙。

 そんな風に願をかけ、薄く、眼を開く。


「……ありがとう」

「礼を言われるような事、なんもしてねェ」


 ぶっきらぼうに、そう返された言葉に少し驚いて、すぐ横の彼の顔を見る。

 照れ隠しの様に、口を引き結んで、でも少し頬を赤らめていて。


 今の今まで泣いていた私が言うのもなんだけど、少し、可愛く思えたりもして。

 ようやく、私もそこで微笑むことが出来て。


「ぼくが……嬉しいと思ったから。だから、ありがとう」

「そうか」


 そっけなくそう返す、彼の横顔を見つめる。

 黙ってそうしていれば、それはみるみる赤くなっていって。


 カッコよくて。頼りになって。ちょっと可愛いところもあって。

 何よりそんな彼に嘘つきたくなくて、何度も"男だ"という私を、これでもかと言うほど女扱いしてくれて。


 すこし、申し訳なくなって、彼から目線を外して、私は話題を変えた。


「ねぇ、ユージン」

「う、うん?」


 戸惑ったような返事。

 苦笑交じりに、揺らめく焚き火の炎を見つめながら、私は続けた。


「僕はね、"キャンプファイアー"ってはじめてなんだ……」


 そう呟いてから。

 ずいぶん経ってから、なんだか信じられない事でも聞いたみたいに。


「は……?」


 短く、疑問の声。

 私は今度こそ自嘲気味に笑って。でもあくまで平静を装って、なんならついでで話してるアピールみたいに、焚き木をつぎ足しながら。


「僕、ずっと一人だったから。学校行事でキャンプに行く機会があったけど、お休みしちゃった。だから、きっと、この先ずっと、こうしてお友達と一緒に灯りを囲むことなんて、絶対にないんだって思ってた」


 ああ神様。 この声は震えていないでしょうか。 私は今、彼を安心させたくて。 余計に気負ってほしくなくて。


「――だから、ちょっとした"夢"だったのさ。……ユージンが、それを叶えてくれたんだよ? だから……だから、ありがとう」


 そこで、意を決して、彼の方を見る。

 私は今、笑えているでしょうか。

 それはどうにも、自信が無くて。


 彼も、こちらを向き直る。


 私の顔を見た彼の表情が、くしゃりと歪むのを見て、私は心臓を鷲掴みにされたような気分だった。

 ごめんなさい。

 ……ごめんなさい、ユージン。


 心の中で謝罪しながら、その顔を見つめていれば。

 それは心を痛めて歪められるにとどまらず、いつしかその目じりを涙が伝う。


 なんで。


 どうしてこの人は。

 こんなことができるんだろう。

 他人のために涙を流せる純粋さを持ったまま、此処まで生きてこられたんだろう。

 その。多分。私の為に流された涙に驚いて。


「ユ、ユージン?」

「え?」


 呟くように名前を読んでみれば、彼は涙を流したまま。


「え、ど、どうしたの。ユージン? なんで――」

「だから、なにが――」


 涙を零したまま、いっそ不釣り合いなほどぽかんとした表情で。



「――なんで、ユージンが泣くの?」



 な、んだ。それは。

 じゃあ何? それは自覚無くやってるってこと?

 何の他意なく、それでも私の為に涙を流してくれてるってこと?

 私の為に――


「泣いて……くれるの……?」

「え……俺」


 彼はそこでようやく、自分が涙を流していることに気が付いたように、なんだか呆けたような顔をしながら、自分の目に触れて、確かめて。


 嗚呼。

 もう、だめ。


 すき。

 この(ひと)がすき。


 気が付けば、私は彼の頭を抱え込むようにして、この胸に抱いていた。

 それはなにか、そうしようと思ってそうしてなくて。

 感情に突き動かされて、勝手に体がそうしてしまうと言うか。


「ま……な。 ……俺はッ……」


 今度こそ自覚したように涙声で呟きながら、身を引こうとする彼を。

 私は自分でも驚くほど大胆に。

 それを追いかけて、一層強く、強く、彼を抱きしめる。


「ユージン。僕はね」


 胸に抱いた彼の、其の耳元で囁くように続ける。

 声、震えてないかな。


「キミにとっても感謝してる。キミに出会えた"今"に感謝してる。僕が今までずっと一人だったのも、キミに出会う為だったっていうなら、それにも感謝してる」


 大それたことしてるって自覚はある。

 起伏に乏しいながらも、今の私は女の子の姿をしていて。


 ちゃんと、女の子の姿をしていて。


 其の上で男の子のことを抱きしめていて。

 

 離れたくない。と。思っていて。


「ねぇ、ユージン。僕はキミに返せているかな。キミの役に立っているかな。今も、これからも、ずっと、キミの隣に居て良いのかな」


 私の居場所は。もう、世界中で此処しかない。

 "彼の隣"

 其処にしかない。それを奪われたら、他になにもない。


 嗚呼、どうか、神様――いや。

 神に許されて其処に居ようだ等というのは卑怯だ。


 どうか。

 ユージン。

 貴男の隣に居させてください。


 身じろぎする彼を、そっと解き放つ。

 何故か悔しそうな顔をして。

 やはり先程からとめどなく涙を流したまま。彼は。


「居てくれ」


 その一言に、なんというか。

 仰々しい言い方かもしれないけど。

 心底"救われる"のだ。


「此処しかないなら、此処に居ればいい。居てくれ。ずっと」



 うん。



 ユージン。ずっと、傍に居させて。




 この篝火に照らしきれぬ。

 満天の星空の下。

 茫漠にして広大なこの世界(VR)の片隅で。


 ふたり、ずっと泣いていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 恋に落ちる音が聞こえた……
[良い点]  リクエストを出した本人のくせに、参上が遅れるマン参上!!(重複表現) >「Re:キンドル・ファイア」  うぇぇぇぇぇえええええええ!!!  ユージン……おまえ……  マナちゃん視点…
[良い点] マナちゃんがこれまで、一杯苦しんできたんだ、ということが胸に迫ります。 もし、彼女とリアルで近くにいたら。友達になってあげたかったなあ、味方になってあげられたらよかったのに、なんてことまで…
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