「キミとぼくの後日談」
2045.9.2
"現実世界"県庁所在都市総合病院併設実験棟
舞意 祐二 (ユージン)
「体は、本当に大丈夫なのか?」
彼女。マナの体は、無事手術を終えたとはいえ、未だ包帯の取れない部分が有る様子で、俺はベッドの上の彼女を気遣う様に覗き込む。
藤堂氏は気を使って先ほど退室した。
"積もる話もあるだろう、しばらく二人きりで話したらいい"
そんな風に言っていた。
ベッドの上のマナは、やはりどう見ても"マナ"で。
厳密にいうと細かいとこが少しずつだけ違うんだけど、目の前の少女は一言で言ってしまうと"黒髪黒目のマナ"だった。
その彼女が、僅かにはにかむ様に笑って
「うん。まだちょっと不安定なとことか、傷っぽいとことか有るんだけど、もう命に関わるようなトコはないんだって」
その声もやはりTWOの彼女とは少しだけ違いつつも、その高さからやはり女性のそれとしか思えない。
「え、と。その、色々聞きたいこととか有るんだけど、ええと。な、何から聞いたらいいんだか」
俺はなんだかしどろもどろにそう呟くしか無くて。
マナは少しだけ喉を庇う様に手をそえながら、肩を揺らして可愛く笑う。
「何でも聞いてみて。 ぼくも、もう隠し事しないでいいから。もっと知ってほしい。……お互いの事、もっと"言葉"にしていこうよ」
「まず……ええと、なんて呼べばいいかな。ゲームのキャラネームのままってのも……」
俺が戸惑ってそう言うと、マナは一瞬キョトンとした後、顎に手を当てて唸るような声を上げる。
「名前? うーん。今は博士の養子ってことになってるから、苗字は藤堂で、名前は……学人、って、言うんだけど」
「いや、流石に女の子相手に、がくと君とか呼ぶわけには……ええと。"まなぶ"に"ひと"で学人?」
「う、うん」
「じゃあ"学"の一字だけ取って、"まなぶ"じゃなくて、"学"……とかさ」
少し間が有って。
内心俺が、気を悪くしたかと心配になってきたところで。
マナが、くすって。小さく笑う。
「結局、ゲームと同じになっちゃった」
「嫌か……?」
「ううん、嬉しい」
その答えに、なんだか嬉しくなってしまって。
一時、俺達は肩を揺らして笑い合った。
で。
いまのは軽いジャブだ。
触り程度ってやつだ。
本題は――
「それで……ええと、聞いていいかどうか、わかんないんだけど。その」
「? 何でも聞いてみて?」
俺はこの期に及んでしり込みするが、マナは毅然とした態度、というか全く動じていない様に、けろりと。
「そ、その顔。その姿。ゲームのまんまだよな。 ……もしかして、俺に気を使って、せ、せ、整形とか――」
色々いじったって。"男の部分"を全部切除したって。そう言っていた。
ならこの顔は。
「――ぷ。 ふ。 ふふふっ」
俺が内心冷や汗をかきながら、マナの反応を見守っていたが、どういうわけか彼女は吹き出す様に、こらえきれない様に、笑いだす。
俺は反応に困って、ただただ戸惑って、言葉を待つしかない。
やがてベッドの上でころころと。可愛く笑っていたマナが
「ふふふ。 そんなこと気にしてたんだ。 ごめん。 ありがと。 でも、そうじゃないんだョ」
「え、ええ……?」
「声はねー。 ボイストレーニングとかもしたんだけど、結局声帯とか喉仏とかもさ造り替えちゃって。 ほら、ゲームとは違うけど、声、高いでしょ?」
「え? あ、ああ」
「さて問題。 のどにね、いま包帯捲いてて、もし顔をいじってるんなら、今頃どうなってると思う?」
「へ? いや……え」
じゃあ。顔はいじってない。そのまま。
そういや藤堂氏も、保護施設で見たとき"女の子みたいだった"って。
と、いうことは。
「これでも藤堂博士に会う前だって、色々がんばってたんだから。ぼくがマナと一緒の顔してるんじゃないんだ。マナが、ぼくの顔してたんだよ?」
「ああ。 いやちょ、まってくれ。 それじゃ」
戸惑い戸惑ってうまくしゃべれない俺を他所に、マナは饒舌に話を続ける。
「だからね。ぼくはTWOでキャラメイキングするとき、大したことはしてないんだよ。ビジュアルトレーサで自分をアップロードした後、性別変更ボタン押して、髪の色と、瞳の色だけいじったかなぁ? あ、この4カ月で、リアルのぼくの方が、少し髪が伸びたかな」
そう言って長い横髪をひと房、指でつまんで弄ぶ。
俺は。ある一つの結末に行きつこうとする思考を、無意識に押しとどめていて、詰まるとこそれは。
「だから……君が"可愛い"って言ってくれる度に、ぼくはもう嬉しいやら恥ずかしいやらでさ。ね。覚えてる? ヴァルハラで初めて会った時とか、コーレルへ向かう途中とか」
だから。
"ユージン。僕等って、端からどう見えてんだろう"
"堂々としてろよ。スゲェ可愛いぞ、そのアバター"
つまり。
"あーちくしょうかわいいなぁもう!"
"もう! ユージンってそういう事すっごくはっきり言うよね!"
それは。
"ホントに感心してるんだ。苦労したろ? そのキャラメイク"
"えっ? う、うん。そう……だね"
う。
うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……
「! っ! っ!」
つまり、なんだ。
俺はアバターを褒めるつもりで気楽に言ってたつもりが、本人をベタ褒めしてしまっていたらしい。
今更ながらにそれに気が付いて、なんかこう、やり場のない羞恥に顔を覆って悶え散らかした。
くすくすと。こらえる様に笑っていたマナが、ようやく落ち着いたように、眼を細めて微笑む。
「ほら……これで、おあいこ」
嗚呼ちくしょう。
「――かわいいなぁ、もう」
◇◆◇◆◇
まだ、あまり長く起きていると体に障るというので、名残惜しいが今日はこれで面会終了。
まるでゲームの中みたいに、俺のシャツを引くマナに苦笑して。
"また、会いに来るよ"
そう言って病室を後にする。
隣を歩く藤堂氏――彼のIDカードがないと建物から出る事も出来ない――に尋ねる。
「完治は……せめてVRで会えるようになるのは、いつ頃になりそうですか」
「そうだな……順調にいけば一週間もかからないと思うよ」
俺は、意を決して、足を止めて、彼に問う。
「それまで、毎日来ます――って、言ったら迷惑ですか?」
「毎日――って、無茶を言う。大変だろう。 何、そんなに焦らなくても直ぐだよ」
「俺は何も……いえ、迷惑でさえなければ」
そう食い下がれば、藤堂氏は一瞬面食らったように目を丸くし、続いて苦笑して。
「迷惑ではないよ。ただ、無理はしないでくれ。君まで体を壊したら本末転倒だ。――それじゃあ、そうだな、面会は一般面会時間内に限ること。それから、ここは普段関係者以外立ち入り禁止だから、受付で事情を話せば、IDカードを渡してもらえるように言っておくよ」
「あ、ありがとうございます!」
それから、技術実験棟のエントランスで少し待たされる。
"どこから来てるって、言ってたっけ?"
"え、○○市ですけど"
そんな会話を最後に、しばらく待ちぼうけている。
あとは帰るだけではないのか。
まだ何か用事が有るんだろうか。
エントランスの端の椅子に腰を下ろして、ぼんやりと考えていれば、やがて藤堂氏が戻ってきた。
「やぁ、待たせてすまないね。ハイ、これ」
そういって、藤堂氏が差し出した紙袋を、なし崩しと言った体で受け取ってしまうが。
「……これは?」
目の前で覗き込むのも失礼か。そんな風に思って、聞き返す。
藤堂氏は、今までの態度を考えれば、気持ち悪いくらい満面の笑顔で。
「○○市までの定期券と、最新式の全感覚型ログインデバイス。……ぜひ使用感を聞かせてほしい」
「へ? え、いや、ちょ、い、いただけませんよ! こんな高価なもの!」
紙袋の内容に、当然遠慮が先に立ち、そう返すものの。
藤堂氏はふと真面目な顔になり、紙袋を俺に押し付ける。
「いや、既にそれに代えがたいものを頂いている。どうか受け取ってほしい。それでこれからも――あの子を。娘をよろしく頼みます」
そう言って頭を下げる。VR技術国内トップの研究者が、だ。
俺は申し訳ないやら、なんやら、何だか言葉にならない罪悪感でしばらくあたふたしていたのだが。
苦い顔で、覚悟、して。
「任されました。……将来的に頂いていきますんで、覚悟しておいてください」
顔を上げた藤堂氏と、お互い苦笑しあった。
ところでふと、ここで意識がスライドする。
何に。
って。
全感覚ログインデバイス。
先ほど、マナとの会話もあって、その連想は極自然に起こった。
そういえば、さ。
マナって最初っから全感覚型だったんだよな。
つまり。
なんだ。
あのときも。あのときもあのときもあのときも。
何度でも抱きしめた。
なんならキ、キ、キ、キス。した。
つまり感覚がないつもりで、俺がしたことは、彼女には、全部――
「ぶひゅぅ」
俺はヘンテコな声をあげて、まるでオーバヒートするように、顔を真っ赤にして固まってしまうのだった。
1話目と比べて全く違う語り手、全く違う時間、場所であると
ご理解いただけているかと思います。
一応↑のようにヘッダ部分に何時で、誰の語りか書いておくつもりですが
話の飛び様に混乱があったらすみません。
あくまで同VRMMOタイトルを題材にした短編集でございます。