7・お茶漬け小説
お茶漬け銀河では、お茶漬け文化が栄えている。『一日一杯のお茶漬けが借金地獄を遠ざける』をスローガンに、お茶漬けキャベツ炒めやお茶漬け大根おろし、お茶漬けコロッケ、お茶漬けケーキなどが定番の家庭料理となっている。
食べ物だけではない。服装にもお茶漬けを取り入れている。茶葉と白飯を飾ったセーターや、梅干しをあしらったブーツは今や流行の最先端だ。
そして最近になって、お茶漬け小説が流行り始めた。
山野シンタは十年前に新人賞を取ってから、このジャンルでずっと書き続けてきた。シンタのお茶漬け小説は細部にこだわっており、表紙や中のページが全てお茶漬けでできている。しおりもお茶漬けなので、使った後は食べられる。さらには読むだけでお茶漬けの味がしてくるという、完璧な小説たちだ。
それなのに、シンタの作品はあまり売れなかった。
「おかしいな。こんなに丹精込めて書いているのに。二日酔いにも効くのに」
お茶漬け小説が流行るようになっても、シンタの作家としての認知度はまったく上がらなかった。
「ねえ、あれ読んだ? 如月洋の『お茶漬け心中』。私何度も泣いちゃった」
「今度映画化されるんだよね。お茶漬けといえば、エリー・チャバスキーの『愛はお茶漬けの雨に溶けて』も良かったよ。ちょっと官能的だけどそこがいいんだ」
一番人気はお茶漬けをめぐる男女の恋愛劇だ。それを書けば大抵は売れて、メディアミックスもされる。一流作家はもちろん、素人がインターネットに書き連ねた日記のようなものでも、子供がノートのすみに二、三行書いたものでも十万部は売れる。
お茶漬けを奪った犯人を空腹の刑事が追い詰める話や、異世界へ行ったらお茶漬けがなくて死んでしまう話も巷にあふれているが、世の読書家たちは飽きずに読み続けている。
「俺もああいうのを書けば売れるのかな。まあ、依頼も来ないし別にいいけどね」
シンタはコーヒーとクロックムッシュを傍らに、今日もお茶漬け小説を書き続ける。書くだけでお茶漬けが味わえるので、三度の飯は別のものを食べている。それもひそかな喜びだった。
「ああ、いい味、いい香り。やっぱりお茶漬け小説はこうでなきゃ」
シンタの小さな部屋に、塩味がかった湯気が立ち上る。こんな小説は世界に一つしかない。タイトルはもう決めている。『わたしはお茶漬け』だ。