6・和室の散歩道
こけしは和室に住んでいる。細い体に針金のような手足を生やし、どうにかこうにかバランスをとって暮らしている。
お客さんが来た時にふすまの開け閉めをするのがこけしの仕事だ。
若い夫婦や一人旅の老人、子供や相撲取りなど、たくさんの人がこの部屋に出入りする。よろけながらふすまを動かすこけしを、みんな珍しそうに見ていくのだった。
ある日、テレビのお天気お兄さんがやってきた。こけしがふすまを開けると、お天気お兄さんは軽く頭を下げた。画面で見るよりもずっと小さくて痩せている。
「ここは和室ですか」
こけしはうなずいた。
お天気お兄さんは胸の前で十字を切り、部屋に入った。
和室にはテレビと座布団とちゃぶ台、それにお茶のセットがある。ほとんどの人はここに着くとすぐにお茶を入れてくつろぐが、お天気お兄さんは入り口近くに正座をし、こけしに向かって手を合わせた。
「イクラが育ちますように。水晶の雨が降りますように。狂い咲きのスイカが僕を許してくれますように。アザラシとウサギが闇鍋の具になりますように」
こけしは困った。自分はお地蔵さまではないし、そうだったとしても叶えられなさそうな願いばかりだ。
無理です、と言おうとすると、お天気お兄さんは押し入れの中に飛び込み、跡形もなく消えてしまった。
入れ替わりに、どやどやと人が押し寄せてきた。警察官に新聞記者、それに野次馬が大勢。こけしがふすまを開けるのも待たず、大声で叫びながら駆け込んでくる。
「気象予報士の竹本マユキはいるか!」
こけしは黙ったまま手足を縮め、ただのこけしのふりをした。
「お兄さん、いるんでしょう!」
「いい加減認めろ! お前が間違えたせいで地球はめちゃくちゃだ。南極大陸は水没寸前、海底火山は昆布を噴き出し、台風は一号から百五十号まで同時に生まれてしまった!」
こけしは呆れた。自然災害を人のせいにするなんて、あまりにも幼稚だ。そして傲慢だ。命があるだけでありがたいと思うべきなのに、座布団や畳のへりを踏みつけてまで文句を言うとは。
「あいつはどこだ! さては匿っているな!」
国会議員らしき男がこけしの胴体をつかんだ。その途端、ずどんと大砲のような音がして、和室が光に包まれた。
畳が燃え、天井が割れてぼろぼろと落ち、人々は逃げようとして出入口へなだれ込んだが、どういうわけかふすまが開かなかった。
燃え広がる火の中で、こけしは煌々と光っていた。ひとりでにテレビがつき、お天気お兄さんの軽やかな声が聞こえてくる。
「今日は晴天でしょう」