4・ショートコント「天探女」
4話と5話は連作です。続けて読むと理解しやすいです。
湯川一覇の一年は365日ではない。倍の日数、つまり730日もある。4月1日が終わると、もうひとつの4月1日が来て、それからようやく4月2日になる。次の日はもうひとつの4月2日だ。
どうして自分だけそうなのか、いつからなのか、そんなことはどうでもいい。問題は、世界が二つに分かれてしまったことだ。
「イチハ、卒業旅行どこがいい?」
ブルーのシャツを着て、端正な顔に屈託のない笑みを浮かべた男。藍沢ラオトは一覇の親友だ。大学に入ったばかりの頃に知り合い、それからいつも一緒にいる。
こちらの世界では、そうだ。
「卒業旅行……え?」
「だからさ、もう大学も終わりだし。たまには遠出したいじゃん」
「あっ……そうだね。オレはどこでもいいよ」
いつもそれだよなあ、と背中を叩かれる。
一覇は考える。
自分が大学四年生であること、ラオトが最近車を買ったこと、近々旅行したいと話していたことを思い出し、頭の中でパズルのピースを組み合わせる。
そうだった。こちらの世界では、そうだ。
「空の近くに行きたい」
「空? ああ、山? ふもとまでなら行けるかな」
違う。山の上まで行っても、雲の上を飛行機で飛んでも、この世界に彼女はいない。
天音りん子は、この世界では都市伝説のような存在なのだ。
カワウソと空を飛び、信号機と遊んで太陽の光をかき氷に変え、空の色で未来を言い当てる女の子。どこにもいない。この世界のどこにも。
「お前さあ、まだそんなの調べてるの? ただのおとぎ話だろ」
「れっきとした日本神話だよ。天探女。神に逆らった巫女の話」
「それで、可愛いの? 美人なの? 見つけたら紹介してくれるんだろうな?」
ラオトは優しい。信じていないと言いながら、一覇の話を聞いてくれる。一覇がぼんやりしている間に、先のことをいろいろと決めてくれる。
それなのに自分は、ラオトのいない世界のことばかり考えている。
「なあ、考えてくれた? 卒業したらオレとお笑いやるって話」
ラオトは優しい。優しくて、時々危うい。刃物を与えられた子供のように、片時も目が離せない。
「ああ、うん、そうだね……」
いつもそれしか返せない。踏み込むのが怖かった。この世界を知りすぎるのが怖かった。