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パステル銀河  作者: れみ
3/20

3・プラナリアとビッグバン

「……ようやく読み終わった」


 赤い表紙の『プラナリアとビッグバン』という本を閉じ、ひな子はソファーの上で余韻に浸っていた。しばらく現実には戻れない。そんな気分だ。


 とても面白い本だった。主人公のプラナリアが七分割されても生き残り、世界に散らばって大革命を起こすシーンでは胸が躍った。クリオネとの恋は甘くせつなかった。黒幕の正体がナマコなのかナメコなのか、最後までわからなかった。


 読み終わったら親友ののえるに貸すことになっていたが、これはお母さんからもらった本なので、まずはお母さんに感想を伝えたかった。


 ひな子は本を持って台所へ行った。お母さん、と呼んだけれど誰もいない。


 玄関にもお風呂場にも、お母さんはいなかった。

 ひな子は家を出てスーパーへ行った。パンや総菜売り場を探したけれど、やっぱりお母さんはいなかった。


 早く感想を言わなければ。

 ひな子の頭の中でプラナリアが分裂していく。

 感想がばらばらに散ってしまう。


 美容院。洋服屋。歩道橋。公園。あちこち歩いて、とうとう学校まで来てしまった。校門から花壇に沿って歩き、げた箱まで来るとようやくお母さんがいた。


 ひな子は手を振り、走っていった。お母さんは六歳ぐらいの女の子になっていた。おかっぱ頭で黄色いワンピースを着て、ランドセルを背負っている。


「ひな、来てくれたの?」

「お母さん! この本ありがとう」


 ひな子が『プラナリアとビッグバン』を見せると、お母さんは嬉しそうに目を見開いた。


「やっと読んだのね。面白かった?」

「うん。あのね……」


 待って、とお母さんは人差し指を立てた。


「私はまだ小学生なのよ。だからその本を知らないの」

「そうなの?」

「その本はあと二十年ぐらいしないと出版されないもの。盛大なネタバレになっちゃうわ」


 お母さんはくるりと背を向け、学校の中へ歩いていこうとした。ひな子は慌てて呼び止めた。


「ハッピーエンドかバッドエンドかだけなら言ってもいい?」

「そうねえ」


 お母さんは野球やサッカーの試合をリアルタイムで観戦せず、結果を知ってから録画で見るのが好きだ。本の結末だって同じようなものだろう。


「やっぱり聞かないでおくわ。私はまだ小学生だし、きっとよくわからないわよ」

「そう、残念。でも本当に面白かったよ」


 お母さんはふわりと笑った。頬がつやつやで丸く、前歯が一本抜けている。それでもやっぱりお母さんだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 6歳になってしまっているお母さん。若返ったのではなく、時間が逆戻りしているのに、やっぱり「お母さん」のまま。けれど時間は戻っている状態……。 こういう混沌とした表現方法が好きだったりします。…
[一言] 20年は「壮大なネタバレ」ですね^^ ナマコとナメコが最初の爆笑ポイントでした。 続きも楽しみにしています。
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