2・勇者と三十年のローン
屋根裏部屋へ続く階段の途中に、ほんの数センチすき間ができてしまった。
そして、そこに魔王が挟まってしまった。
「厄介なことになったな」
勇者は階段のすき間に剣を差し込んでみたが、魔王には届かなかった。レベル1の頃に使っていた紙の剣を使ってもだめだった。
星屑の鎧も、ローズクオーツの兜も、こうなっては役に立たない。階段を壊せばいいのかもしれないが、この家にはまだローンが三十年も残っているのだ。
「魔王、そっちはどうだ」
「猫に変身してみたが無理だ、出られない。次はヤモリになってみよう」
「やめてくれ。俺、爬虫類とかめっちゃ嫌いなんだよ。あ、言っとくけど虫もだめだからな」
勇者は身震いし、階段に腰を下ろした。
自分の家に魔王がいるなら、簡単に倒せると思った。魔王の塔へ行く手間も省けるし、途中の旅費もかからず経済的だ。
しかし何だって、階段のすき間なんかに挟まってしまったのか。
「すき間があれば挟まってみたくなるのが魔王の性なのだよ」
「いやそれ、地味に迷惑だから。民衆を苦しめるとか王女をさらうとか、何でもっとわかりやすいことしてくれないの」
「そんな手間のかかることはしない。途中の旅費も馬鹿にならないだろう」
勇者はため息をついた。今日も剣を交えることはできなさそうだ。
「どうする。いつものように適当な魔物を二、三体召喚することはできるが」
「それしかないな。そこそこ強いやつ頼むよ」
階段のすき間から、魔王がぶつぶつと呪文を唱えるのが聞こえる。青い炎がゆらめき燃え立ち、あわや階段が燃えそうになる寸前で、深緑色の翼を持つ電動ドリルの悪魔と、ぬるぬるとした水かきを振りかざすハイヒールの女性が現れた。
「出たな、魔王の配下ども」
勇者はもっともらしく剣を構え、階段の中心に陣取る。魔物たちはきっちりと一段ずつ間隔をとって立ち、ドリルの先や水かきに光を溜めて攻撃の準備をする。
勇者は今月、防衛大臣から直接雇われたばかりだ。魔王も同じく今月、農林水産大臣から雇われた。今までになかった職なので、自分たちで仕事内容を確立していかなければならない。
「これって仕事だよな? 自宅警備員じゃないよな?」
「さあな。私は自宅を与えられていないからわからない」
もうすぐ五時だ。定時になったらさっさと鎧を脱いで、テレビでサッカーの試合を見よう。倒しきれない魔物は次の日に持ち越しでいい。誰も見張っていないのだから。