表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パステル銀河  作者: れみ
18/20

18・銀河のように走り続ける

 クラスで何かあると、真っ先にウサギが疑われる。マユキも疑ったことはあるけれど、みんなの疑う速さにはとてもついていけない。


 人のものを取るから。嘘をつくから。借りたものを返さないから。掃除をさぼるから。宿題を忘れるから。キラキラネームだから。


 ナツコのキーホルダーがなくなった時も、大宮くんのノートが燃やされた時も、教室の半分が白アリに食われた時も、いつもウサギのせいになった。


「オレは知らないよ。そんなの見たこともない」


 マユキが覚えている限り、半分は本当にウサギの仕業だった。でも全部ではない。そう思うと胸がむかむかした。


「白アリはウサギの言いなりになんかなりません。あいつらは自分で考えてるんです。夏になるとキノコになります。野菜室で繁殖して、食べきれないと白アリに戻ります」


 本当のことを教えているのに、クラスの子たちは笑うだけだった。


 そうこうしているうちに、また事件が起きた。エリナのバッグが壊され、中に入っていた給食費と国語辞典と爆薬がなくなっていたのだ。

 エリナは大泣きし、ウサギのせいだと言った。


 エリナはアパアパ帝国から留学してきたばかりで、周りと交わろうとしない。そんなエリナを煙たがっていた子たちも、この時ばかりは加勢した。


「ウサギ、あんたひどすぎるよ」

「エリナに謝れよ」


 詰め寄られても、ウサギは表情ひとつ変えなかった。


「オレじゃないよ。人の持ち物になんか興味ない」


 クラスメイトたちはウサギのロッカーを引っ掻き回し、鞄や体操着袋の中を根こそぎ探した。ティッシュやレゴブロックや抱き枕が出てきたが、どれもエリナのものではなかった。


 ウサギは何も言わず、散らばったものを片付けもしなかった。マユキはロッカーのそばを通るたびに抱き枕に躓き、おかげでチャイム着席エクストリームマラソンでも最下位だった。



 * * *



「何とか言ったらどうですか」


 掃除の時間、階段の下でウサギを捕まえた。いつも落ち着きなく動き回っているので、話をするのもひと苦労だ。


「言ってるじゃん。オレじゃないって」

「誰も信じてないじゃないですか」


 ウサギは首をかしげた。髪と左の耳から、鉛筆や定規がいくつも落ちて散らばる。


「また盗んだんですか」


 ウサギは笑った。切れ長の目でマユキを見下ろしたかと思うと、ぐいと両手をつかんで引き倒した。

 マユキは後頭部を打ちつけ、視界が歪むのを感じた。ウサギが膝をつき、覆いかぶさる。


「マユキ、お前は可哀想だな。何を言っても笑われる。何をしても許される。誰もお前を相手にしない。誰もお前の言うことなんか聞いてないんだよ」


 ウサギが鉛筆をくるりと回し、包丁に変えた。マユキは動けなかった。ぶつけた後頭部がじんじんと痛み、起き上がれない。

 冷たい刃が、マユキの頬にひたりと触れる。


「それ僕のです」

「可哀想なマユキ。証拠もないのに」

「それでも言えばいいんです。エリナは構ってちゃんのクソめんどくさい女だって。自分で鞄を壊しておいて、あることないこと言ってるんだって、みんなの前で」


 どやどやと階段を降りてくるクラスメイトたちの声が、マユキたちの頭上で途切れた。

 ヒッと誰かが息を飲む。ウサギはマユキの上に座ったまま、包丁を突きつけていた。


「僕のです」


 マユキは言った。


「僕の包丁です。ウサギが僕の包丁を取りました。返してください、僕の包丁」



 * * *



 エリナの鞄を壊したのはマユキだという噂が、どこからともなく広まった。やがてクラス中がその話題で持ちきりになった。


「怖いよね。包丁でずたずたにするなんて」

「うん、マユキって怖い。言ってることも変だし」


 ナツコのキーホルダーも大宮くんのノートも、いつの間にかマユキのせいになっていた。謝りなよ、と言ってくる子たちも、マユキが振り向くと気まずそうに逃げていく。


「どうしてこうなるんですか」


 体育でペアを組もうとしても、マユキの周りだけドーナツの穴のように誰もいない。給食の時間も、同じ班の子たちがよそへ行ってしまう。


 担任の小川先生は、遠回しにマユキを問い正そうとした。校長室にも連れて行かれ、認めたほうが楽になると何度も説得された。

 自分がやったと言うまで終わらないのかと思うほど、長い一日だった。


「マユキじゃないよ。あいつは何も知らない」


 帰りの会で、週末の上履き洗いエクストリーム相撲について確認している時、ウサギが突然言った。

 クラス全員が振り向き、珍しい形のゴミを見るような目でウサギを見た。マユキも振り返った。ウサギは不機嫌な顔をして、それ以上何も言わなかった。


 チャイムが鳴るとすぐに、クラスメイトたちは教室を走り出ていった。マユキとウサギには誰も声をかけず、そばを通ろうともしなかった。



 * * *



「誰も信じてないじゃないですか」


 マユキが横に立つと、ウサギは胸ポケットから鉛筆を出した。


「返すよ、お前の包丁」


 茶色い六角形の、どこにでもある鉛筆だが、使うたびに削って刃物のように尖らせている。なくしても、他の子が持っていてもすぐに見つけられる。マユキは受け取り、鞄に入れた。


 ウサギは席に座ったまま、分厚い本を読んでいた。黒地に赤い星雲と小さな星が散らばった表紙で、傾けると色が変わる。教室でも図書室でも見たことのない本だ。


 マユキは隣に座り、本の片側を引っ張った。


「これも盗品ですか」

「だったら何だよ」

「ちょっと読ませてください」


 タイトルは『恒星の周りを惑星が回っているだけの話』だった。マユキは顔を寄せ、ページに溶け込むように文字を追った。


「手をどけてください。見えません」

「オレもう帰る」

「だめです」


 廊下から声や足音がしなくなり、空がゆっくりと暮れなずんでいった。マユキの読むペースを把握したのか、ウサギはちょうどいいところでページをめくってくれた。


「やさしいですね」

「は?」

「この本。見た目より読みやすいです」


 何が誰のものでどこにあるのか、そんなことはどうでもよかった。最初からどうでもよかった。広い宇宙の中に浮かんで、近づいたり離れたり、色を変えたり消えたりする。

 誰にも気づかれず、マユキは銀河のように走り続ける。それでよかった。


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 小学生とは思えない大人びた二人ですね。 ますますこの作品の続きがあればなあと思いました。 ありがとうございました。
[一言] 今回のお話、いい意味で振りきっています。これぞれみ・ワールド! 「、珍しい形のゴミを見るような目」とか「ドーナツの穴のように誰もいない」という表現、絶対誰にも書けないなぁと思いました。 れみ…
[気になる点]  週末の上履き洗いエクストリーム相撲とかいう単語(笑) 良い意味で気になります。 [一言]  最新話拝読しました。活動報告で仰っていた通り、確かに二人は報われたね! とは言い難いですね…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ