18・銀河のように走り続ける
クラスで何かあると、真っ先にウサギが疑われる。マユキも疑ったことはあるけれど、みんなの疑う速さにはとてもついていけない。
人のものを取るから。嘘をつくから。借りたものを返さないから。掃除をさぼるから。宿題を忘れるから。キラキラネームだから。
ナツコのキーホルダーがなくなった時も、大宮くんのノートが燃やされた時も、教室の半分が白アリに食われた時も、いつもウサギのせいになった。
「オレは知らないよ。そんなの見たこともない」
マユキが覚えている限り、半分は本当にウサギの仕業だった。でも全部ではない。そう思うと胸がむかむかした。
「白アリはウサギの言いなりになんかなりません。あいつらは自分で考えてるんです。夏になるとキノコになります。野菜室で繁殖して、食べきれないと白アリに戻ります」
本当のことを教えているのに、クラスの子たちは笑うだけだった。
そうこうしているうちに、また事件が起きた。エリナのバッグが壊され、中に入っていた給食費と国語辞典と爆薬がなくなっていたのだ。
エリナは大泣きし、ウサギのせいだと言った。
エリナはアパアパ帝国から留学してきたばかりで、周りと交わろうとしない。そんなエリナを煙たがっていた子たちも、この時ばかりは加勢した。
「ウサギ、あんたひどすぎるよ」
「エリナに謝れよ」
詰め寄られても、ウサギは表情ひとつ変えなかった。
「オレじゃないよ。人の持ち物になんか興味ない」
クラスメイトたちはウサギのロッカーを引っ掻き回し、鞄や体操着袋の中を根こそぎ探した。ティッシュやレゴブロックや抱き枕が出てきたが、どれもエリナのものではなかった。
ウサギは何も言わず、散らばったものを片付けもしなかった。マユキはロッカーのそばを通るたびに抱き枕に躓き、おかげでチャイム着席エクストリームマラソンでも最下位だった。
* * *
「何とか言ったらどうですか」
掃除の時間、階段の下でウサギを捕まえた。いつも落ち着きなく動き回っているので、話をするのもひと苦労だ。
「言ってるじゃん。オレじゃないって」
「誰も信じてないじゃないですか」
ウサギは首をかしげた。髪と左の耳から、鉛筆や定規がいくつも落ちて散らばる。
「また盗んだんですか」
ウサギは笑った。切れ長の目でマユキを見下ろしたかと思うと、ぐいと両手をつかんで引き倒した。
マユキは後頭部を打ちつけ、視界が歪むのを感じた。ウサギが膝をつき、覆いかぶさる。
「マユキ、お前は可哀想だな。何を言っても笑われる。何をしても許される。誰もお前を相手にしない。誰もお前の言うことなんか聞いてないんだよ」
ウサギが鉛筆をくるりと回し、包丁に変えた。マユキは動けなかった。ぶつけた後頭部がじんじんと痛み、起き上がれない。
冷たい刃が、マユキの頬にひたりと触れる。
「それ僕のです」
「可哀想なマユキ。証拠もないのに」
「それでも言えばいいんです。エリナは構ってちゃんのクソめんどくさい女だって。自分で鞄を壊しておいて、あることないこと言ってるんだって、みんなの前で」
どやどやと階段を降りてくるクラスメイトたちの声が、マユキたちの頭上で途切れた。
ヒッと誰かが息を飲む。ウサギはマユキの上に座ったまま、包丁を突きつけていた。
「僕のです」
マユキは言った。
「僕の包丁です。ウサギが僕の包丁を取りました。返してください、僕の包丁」
* * *
エリナの鞄を壊したのはマユキだという噂が、どこからともなく広まった。やがてクラス中がその話題で持ちきりになった。
「怖いよね。包丁でずたずたにするなんて」
「うん、マユキって怖い。言ってることも変だし」
ナツコのキーホルダーも大宮くんのノートも、いつの間にかマユキのせいになっていた。謝りなよ、と言ってくる子たちも、マユキが振り向くと気まずそうに逃げていく。
「どうしてこうなるんですか」
体育でペアを組もうとしても、マユキの周りだけドーナツの穴のように誰もいない。給食の時間も、同じ班の子たちがよそへ行ってしまう。
担任の小川先生は、遠回しにマユキを問い正そうとした。校長室にも連れて行かれ、認めたほうが楽になると何度も説得された。
自分がやったと言うまで終わらないのかと思うほど、長い一日だった。
「マユキじゃないよ。あいつは何も知らない」
帰りの会で、週末の上履き洗いエクストリーム相撲について確認している時、ウサギが突然言った。
クラス全員が振り向き、珍しい形のゴミを見るような目でウサギを見た。マユキも振り返った。ウサギは不機嫌な顔をして、それ以上何も言わなかった。
チャイムが鳴るとすぐに、クラスメイトたちは教室を走り出ていった。マユキとウサギには誰も声をかけず、そばを通ろうともしなかった。
* * *
「誰も信じてないじゃないですか」
マユキが横に立つと、ウサギは胸ポケットから鉛筆を出した。
「返すよ、お前の包丁」
茶色い六角形の、どこにでもある鉛筆だが、使うたびに削って刃物のように尖らせている。なくしても、他の子が持っていてもすぐに見つけられる。マユキは受け取り、鞄に入れた。
ウサギは席に座ったまま、分厚い本を読んでいた。黒地に赤い星雲と小さな星が散らばった表紙で、傾けると色が変わる。教室でも図書室でも見たことのない本だ。
マユキは隣に座り、本の片側を引っ張った。
「これも盗品ですか」
「だったら何だよ」
「ちょっと読ませてください」
タイトルは『恒星の周りを惑星が回っているだけの話』だった。マユキは顔を寄せ、ページに溶け込むように文字を追った。
「手をどけてください。見えません」
「オレもう帰る」
「だめです」
廊下から声や足音がしなくなり、空がゆっくりと暮れなずんでいった。マユキの読むペースを把握したのか、ウサギはちょうどいいところでページをめくってくれた。
「やさしいですね」
「は?」
「この本。見た目より読みやすいです」
何が誰のものでどこにあるのか、そんなことはどうでもよかった。最初からどうでもよかった。広い宇宙の中に浮かんで、近づいたり離れたり、色を変えたり消えたりする。
誰にも気づかれず、マユキは銀河のように走り続ける。それでよかった。




