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パステル銀河  作者: れみ
16/20

16・私は人間

 さわやかブレンド村では、赤ちゃんが不足している。どの家にも生まれず、木を植えても実らず、空からも降って来ない、そんな年が長いこと続いている。


「どこかで赤ちゃん売ってないかしら」


 マナレイアは村で一番若いが、それでも生まれて三百年になる。そろそろ次の赤ちゃんが来てもいい頃だ。


 村の外れの牧場へ行ってみたが、赤ちゃんは売っていなかった。豚が安かったので三頭買い、ボートに積んで川を渡った。


「もうすぐ隣の村に着くわ。こくまろフレッシュ村だったかしら」

「のびやかアタック村だよ」


 聞き慣れない声がして、振り向くとボートの後ろに赤ちゃんが乗っていた。髪の毛がほとんどなく、頬はマシュマロのようで、丸い瞳はビー玉のようにつややかだ。


 マナレイアはボートを漕ぐ手を止め、赤ちゃんのそばに寄った。甘いミルクのにおいがする。間違いない。本物の赤ちゃんだ。


「ああ、俺は赤ちゃんだよ。お前は?」

「私は人間」


 人間ね、と赤ちゃんは言い、それ以上聞かなかった。マナレイアは隣に座り、川の流れに揺られた。


「さわってもいい?」

「いいぜ」

「もらってもいい?」

「急ぐことはねえ。のびやかアタック村では赤ちゃんが豊作なんだぜ」


 嘘だ。村長が隣村へ行った時、赤ちゃんを売ってもらえなかったのはつい先週のことだ。それに、マナレイアはすっかりこの赤ちゃんが好きになっていた。


「他の赤ちゃんじゃ嫌なの。あなたじゃなきゃ」

「そうまで言われちゃ仕方ねえな。お菓子と引き換えでどうだ」

「食いしん坊ね。ますます気に入った」


 マナレイアはポケットからクッキーとチョコレートを出したが、赤ちゃんは首を横に振った。


「そっちのでかいやつだ。三つ全部」

「これのこと?」


 三頭の豚に目をやり、マナレイアは言った。一頭は豚レースに、もう一頭は豚テレワークに出し、最後の一頭は肉まんにして食べるつもりだった。


「おいおい正気か? 豚はお菓子だぜ」

「お菓子?」

「そう、豚はお菓子。常識だ」


 マナレイアは迷った。せっかく三頭も手に入れたのに、全部あげてしまうのは惜しい。特に豚テレワークは需要が高く、月に四十万は稼げるのだ。


「こうしない? 多数決で決めるの。豚はお菓子だと思う人が多かったら交渉成立。そうじゃなければ決裂よ」

「わかった。早速決めよう」


 赤ちゃんはふっくらした頬を上げて笑った。マナレイアは深呼吸をし、改まった声で言った。


「豚はお菓子だと思う者、挙手」


 マナレイアと赤ちゃんは同時に手を上げた。


「やった、成立……」

「決裂だ」


 赤ちゃんは豚たちを指差した。


「三頭とも上げてない。残念だったな」


 赤ちゃんはボートの縁からでんぐり返りをし、川へ飛び込んだ。マナレイアは大声で呼んだが、そのまますいすい泳いで隣村へ帰ってしまった。


「私はあきらめないわよ。絶対、絶対また買いに来るから!」


 マナレイアはボートを漕ぎ、豚たちを連れてさわやかブレンド村へ戻った。マナレイアは一度死んでいるので、本当は三百年ではなく六百年生きている。六百年生きて、初めて赤ちゃんに出会ったのだ。そう簡単にあきらめられるわけがない。


「でもいいわ。豚を三頭も手に入れたんだし。もうすぐお金持ちになるんだし。もう一回死んでまた三百年生きるかもしれないし」


 前向きなのがマナレイアの良いところだ。マナレイアがいるだけで、さわやかブレンド村が世界の中心のように輝いて見えると、村の人たちも常々言っている。

 あの赤ちゃんもいつかわかってくれるだろう。


 マナレイアは豚たちに鎖を巻き付け、力いっぱい引いて家まで帰った。

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― 新着の感想 ―
[一言] ようやくあかちゃんを手に入れられると思ったのに、「交渉決裂」してしまったのは残念でしたね。でもでも人生はまだこれからなので、きっとチャンスが巡ってくるはず。取りあえずはブタ3頭を持ち帰られた…
[一言] ほのぼのとした村の名前とは真逆な、おっさんのような赤ちゃんとのはなしで。 マナレイアが赤ちゃんにわざわざ「私は人間」だと言っているということは、この赤ちゃんは人間ではないのかな、とか思いまし…
2020/04/13 19:23 退会済み
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