16・私は人間
さわやかブレンド村では、赤ちゃんが不足している。どの家にも生まれず、木を植えても実らず、空からも降って来ない、そんな年が長いこと続いている。
「どこかで赤ちゃん売ってないかしら」
マナレイアは村で一番若いが、それでも生まれて三百年になる。そろそろ次の赤ちゃんが来てもいい頃だ。
村の外れの牧場へ行ってみたが、赤ちゃんは売っていなかった。豚が安かったので三頭買い、ボートに積んで川を渡った。
「もうすぐ隣の村に着くわ。こくまろフレッシュ村だったかしら」
「のびやかアタック村だよ」
聞き慣れない声がして、振り向くとボートの後ろに赤ちゃんが乗っていた。髪の毛がほとんどなく、頬はマシュマロのようで、丸い瞳はビー玉のようにつややかだ。
マナレイアはボートを漕ぐ手を止め、赤ちゃんのそばに寄った。甘いミルクのにおいがする。間違いない。本物の赤ちゃんだ。
「ああ、俺は赤ちゃんだよ。お前は?」
「私は人間」
人間ね、と赤ちゃんは言い、それ以上聞かなかった。マナレイアは隣に座り、川の流れに揺られた。
「さわってもいい?」
「いいぜ」
「もらってもいい?」
「急ぐことはねえ。のびやかアタック村では赤ちゃんが豊作なんだぜ」
嘘だ。村長が隣村へ行った時、赤ちゃんを売ってもらえなかったのはつい先週のことだ。それに、マナレイアはすっかりこの赤ちゃんが好きになっていた。
「他の赤ちゃんじゃ嫌なの。あなたじゃなきゃ」
「そうまで言われちゃ仕方ねえな。お菓子と引き換えでどうだ」
「食いしん坊ね。ますます気に入った」
マナレイアはポケットからクッキーとチョコレートを出したが、赤ちゃんは首を横に振った。
「そっちのでかいやつだ。三つ全部」
「これのこと?」
三頭の豚に目をやり、マナレイアは言った。一頭は豚レースに、もう一頭は豚テレワークに出し、最後の一頭は肉まんにして食べるつもりだった。
「おいおい正気か? 豚はお菓子だぜ」
「お菓子?」
「そう、豚はお菓子。常識だ」
マナレイアは迷った。せっかく三頭も手に入れたのに、全部あげてしまうのは惜しい。特に豚テレワークは需要が高く、月に四十万は稼げるのだ。
「こうしない? 多数決で決めるの。豚はお菓子だと思う人が多かったら交渉成立。そうじゃなければ決裂よ」
「わかった。早速決めよう」
赤ちゃんはふっくらした頬を上げて笑った。マナレイアは深呼吸をし、改まった声で言った。
「豚はお菓子だと思う者、挙手」
マナレイアと赤ちゃんは同時に手を上げた。
「やった、成立……」
「決裂だ」
赤ちゃんは豚たちを指差した。
「三頭とも上げてない。残念だったな」
赤ちゃんはボートの縁からでんぐり返りをし、川へ飛び込んだ。マナレイアは大声で呼んだが、そのまますいすい泳いで隣村へ帰ってしまった。
「私はあきらめないわよ。絶対、絶対また買いに来るから!」
マナレイアはボートを漕ぎ、豚たちを連れてさわやかブレンド村へ戻った。マナレイアは一度死んでいるので、本当は三百年ではなく六百年生きている。六百年生きて、初めて赤ちゃんに出会ったのだ。そう簡単にあきらめられるわけがない。
「でもいいわ。豚を三頭も手に入れたんだし。もうすぐお金持ちになるんだし。もう一回死んでまた三百年生きるかもしれないし」
前向きなのがマナレイアの良いところだ。マナレイアがいるだけで、さわやかブレンド村が世界の中心のように輝いて見えると、村の人たちも常々言っている。
あの赤ちゃんもいつかわかってくれるだろう。
マナレイアは豚たちに鎖を巻き付け、力いっぱい引いて家まで帰った。