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パステル銀河  作者: れみ
14/20

14・深海メルヘン

 海の中のマンションが安く売りに出されていたので、メルウは三階の六号室を買った。この建物は海底から生えており、三階はまだ深海部だ。


「いい物件があって助かったわ」


 メルウは酸素ボンベを背負い、前の家から持ってきた鍋やこたつやスパゲッティを運び込んだ。紙の書類は全部濡れて使い物にならなくなってしまったが、どうせ読まずに捨てるものばかりだ。


「私の部屋!」


 青い壁に波の模様が描かれた空間で、メルウはしばらく横になっていた。潜水艦に揺られているような、宇宙に放り出されたような気分だ。


 そうこうしているうちにお腹がすいてきた。食べ物はスパゲッティしか持ってきていない。買い物に行くにはまた酸素ボンベを背負い、陸まで泳いで行かなければならないのだ。


「他の人はどうしてるのかしら」


 メルウはスパゲッティの束を手土産に、隣の部屋へ行ってみた。隣の部屋にはアクアマリンが住んでいて、青く透き通ってとても綺麗だった。


「はじめまして、私はメルウよ。あなたは誰?」

「わしはアクアマリンじゃ」

「名前は?」

「サンタマリアーネ藍玉リッゾベリルオーシ轟木」


 覚えられなかったので、アクアマリンさんと呼ぶことにした。

 アクアマリンさんは若い頃はいつも泳いで買い物に行っていたが、最近は宅配弁当を利用しているという。


「それって高いんじゃないの?」

「いや、一食百円じゃ」

「本当? じゃあ私も申し込む!」


 メルウは部屋に帰り、さっそく弁当屋に電話をかけた。


「はい、深海弁当屋のアクアマリンです」

「あなたもアクアマリンなの?」

「アフリカーニョルズ水谷泡田曽です」

「アクアマリンさんでいいわね。宅配弁当をお願いしたいの」

「かしこまりました。お届けします」


 受話器を置いて一分も経たないうちに玄関のチャイムが鳴った。ドアを開けるとアクアマリンが立っていた。隣の老人よりも一回り小さく、輝きが強い。弁当箱の下敷きになっていてもまぶしいくらいだ。


「メルウさんですね。松弁当をお届けに上がりました」

「松? そんな高いの頼んでないわ、梅でいいのよ」

「今日は松しか作っていないんです。明日は杉、明後日は檜です。アレルギーのある方には別途ヘビとネズミを用意します」


 メルウは百円を払い、松弁当を受け取った。

 緑茶を入れて弁当箱を開けると、中には松ぼっくりが三つ入っているだけだった。


「何これ! 私は猿じゃないわよ!」


 しかし、松ぼっくりはとてもいいにおいがする。炊き立てのご飯とパンとうどんとチョコレートアイスを足したような素晴らしいにおいだ。


 顔を近づけてみると、松ぼっくりの表面はつやつやと肉厚でいかにもおいしそうだった。傘の一枚を指でつまむと、思ったより柔らかい。松ぼっくりのようで、松ぼっくりではないのかもしれない。きっとそうだ。メルウは傘をむしり、口に入れてみた。


 木片のような味しかしなかった。


「正真正銘の松ぼっくりね。仕方ないわ、ここはアクアマリン中心に回ってるみたいだし」


 陸では三年前からダンゴムシが増え始め、今ではほとんどの土地がダンゴムシのものになっている。メルウが前に住んでいた家も、無料でダンゴムシに譲らなければならなかった。


 当然、スーパーや商店街もダンゴムシが経営している。一つだけ良くなった点は、人間よりもレジ打ちが速いのであまり並ばなくて良いことだ。


「よし。ひと休みしたら泳いで買い物に行ってこよう。私はまだまだ若いんだし」


 メルウは暗い海の色をした窓のそばに松ぼっくりを置き、お茶を飲み干した。

 ダンゴムシともアクアマリンとも、つかず離れずうまくやっていけばいい。陸も海も空も、もともと誰のものでもないのだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] やはり安い物件には何かしらあるのですね。 百円のお弁当は嬉しいですが、実際に来たものについては悩みどころです。 メルウの「私はまだまだ若いんだし」の言葉にいいな~と思っています(苦笑)
[一言] 海の底で暮らすのは子どもの頃からの夢でした。でも、意外と苦労が多いものなんですね。宅配弁当が松ぼっくりでは、あんまりです。陸のスーパーへは酸素ボンベをしょって出かけなければならないのも面倒く…
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