12・シチュー
パン食い騎馬戦同好会は、部員が四人しかいない弱小部だ。そして、三年生のデイが練習中にパンを食べそこね、顎を骨折してしまった。
「デイ先輩の分まで僕たちが頑張りますよ!」
二年生のトノダ、タカヤ、ツルノはみんな真面目で、競技への情熱もある。
しかしトノダは甘えん坊でうっかり屋、タカヤはマイペースで凝り性、ツルノは異常なまでに残酷な訓練を好み、三人はしばしばぶつかり合った。
「やはりデイがいないと……」
顧問の諸田教諭は頭を抱えた。デイはいい加減なところもあるが、なんとも言えない和やかさで二年生をまとめてくれていた。
「デイ、頼む。練習はできなくても、あいつらの精神的支柱になってほしい」
このままでは県大会を目指すのは無理だ。それどころか廃部になり、競技そのものが廃れてしまう。
デイは包帯をまいた顔で微笑み、任せてください、と言った。
「俺は部長ですよ。あいつらのことは一番わかってますから」
次の日、デイはシチューになっていた。白いスープ皿に収まって、にんじんや玉ねぎや鶏肉の香りを漂わせ、グラウンドの隅で二年生たちを見守っている。
「デイ先輩、見てください! 僕、初めてトノダを担いだまま食パン一斤を完食しました!」
「デイ先輩、ユニフォームが血だらけになってしまったんですけど洗ってきていいですか? あと僕のタイムいくつでしたか?」
デイはミルク風味の湯気を上げ、何も言わず佇んでいた。
諸田教諭は胃がきりきりと痛むのを止められなかった。
まさかそう来るとは。支柱をシチューと間違えるとは、長年顧問をしていても想像がつかなかった。
二か月後、パン食い騎馬戦の全国大会でトノダたちは優勝した。三人に加え、シチューのにおいにつられて入部した一年生のシュウもめざましい活躍を見せた。
四人一丸となって相手チームの馬を崩し、二度と起き上がれないようにとどめを刺した。その上、大会新記録のパン五斤を平らげたのだ。
「一時はどうなることかと思ったが」
諸田教諭は胸を撫で下ろした。そして、隣に座っているデイをちらりと見て言った。
「お前はすっかり良くなったみたいだな」
デイは人間の姿に戻り、包帯も取れている。顎には傷痕ひとつ残っていない。
「しかしなあ。もう少しあいつらのためになることができなかったのか。俺が言ったように……」
「しましたよ」
デイは含みのある笑みを浮かべた。
「シチューになった俺を見て、トノダはもう泣き言を言わなくなった。タカヤは全体が見渡せるようになった。ツルノは他の二人に押し付けるのをやめた。みんな余裕ができたんです」
呆気にとられている教諭に、デイは今度は優しく笑って見せた。
「精神的支柱というのは、倒れないように支えることじゃない。俺がシチューとして頑張ってるのを見て、自分たちも頑張ろうと思える。そういうことなんです」