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パステル銀河  作者: れみ
11/20

11・オアシス

 ラクダとサソリを乗り継ぎ、チェルシーは砂漠を渡る。茶色い巻き毛をツインテールに結い、あどけない笑みを浮かべた顔は、砂漠の民たちを一瞬で魅了する。


 今夜も月の下で、チェルシーは虹色のドレスを揺らし、歌って踊る。


『わたしは 鳥よ

 自由な 盗人

 夜が 明ければ

 飛び去り 燃え尽きる』


 人が増えてくる頃を見計らい、チェルシーは懐からナイフを取り出す。歌に合わせて両手でぐるぐると回し、光と風を起こす。人々は思わず顔を覆う。そして次の瞬間、家畜や金品が跡形もなく消えているのだ。


『わたしは 鳥よ

 気ままな つばさ

 水を 求めて

 どこまで 飛べばいい』


 ずっとそうして生きてきた。家畜はみんな可愛いけれど、商人に会ったら売ってしまう。金貨は大事に使い、時々大きな風船やおもちゃの銃を買って遊ぶ。一番の楽しみは、新しいドレスを買うことだ。


「誰かいい人いないかしら。銀のバクかアルパカを連れた人」


 思い通りになる時もあれば、ほとんど何も手に入らない時もある。出会った人と友達になり、一晩語り明かすこともある。


 そうこうしているうちに、オアシスにたどり着いた。まるまるとしたサボテンに色とりどりの花が咲き、蝶やムカデやライオンやペンギンが水浴びをしている。これまで見た中でも一番大きくて美しいオアシスだ。


 チェルシーが入ろうとすると、見えない壁に押し返された。見ると、オアシスの入り口には立て札がある。


『家畜は同伴できません』


 チェルシーは三日前に奪った牧羊犬を連れていた。一緒に休ませてやりたかったが仕方ない。


「頑張って生きるんだよ」


 首輪を外してやると、犬はしばらく名残惜しそうにチェルシーを見つめていたが、やがて流砂の中へ駆け出していった。


「バイバイ。いい主人に巡りあえるといいね」


 チェルシーは一歩前に足を踏み出した。その瞬間、オアシスは大きな獣の口に変わり、チェルシーをひと飲みにしてしまった。



 がぶり、と噛まれた感触の後、全てが真っ暗になる。砂漠よりも暗く、空よりも広い場所を、チェルシーは落ちていった。ここはオアシスではなかった。でももう遅い。襲うか襲われるか、奪うか奪われるか。それが全てだ。



 どれくらいの距離を落ちてきたのだろうか。チェルシーは穴から投げ出され、背中を打ち付けた。

 目を開けると、まぶしかった。明るい色の町が広がり、木立に囲まれた小さな建物がある。民家ではなさそうだ。白い壁の前に金髪の少年が立っている。


「ようこそ、遊牧民」


 少年は言った。チェルシーと同じくらいの年恰好で、整った顔をしている。エメラルド色の瞳が、誘うように輝いている。


「どこから来たのか知らないけど、ラッキーだったな。ここは理想の町だよ。誰でも自由に住める。それともオレを倒してから行くか?」


 チェルシーはすぐに動いた。二本のナイフを、少年の両目に向かってまっすぐ投げた。

 少年はかがんで避けた。チェルシーはその背中に飛び乗り、首の両側にナイフを突きつける。


「なるほど、強いな」


 少年はくるりと体勢を変え、仰向けになった。チェルシーの腕をつかみ、ナイフを二つとももぎ取る。


「オレは入国管理人、ミザール。十五歳だよ。お前は?」

「私はチェルシー。十四歳」


 チェルシーが覆いかぶさっても、ミザールの目は輝きを失わなかった。まるで本物の宝石のようだ。


「オレの目、珍しいだろ。これで全部わかるんだぜ。お前は一度友達になった奴とは戦えない。子供からは奪わない」

「どうしてここで働いてるの?」

「仕事の話は後だ。お前はとりあえず住むとこ探せよ」


 ミザールはナイフを地面に放った。チェルシーはもう拾おうとは思わなかった。

 立ち上がると、町がよく見えた。自分と同じくらいの少年少女がたくさんいる。綺麗な公園や図書館、コンサート会場もある。


 ミザールはチェルシーの腕を引き、ほら、と言った。


「案内してやるよ。空いてる家ならいくらでもあるから、好きなように住めばいい」

「ラクダはいる?」

「ペットショップ見てみれば」


 ミザールは笑った。本当に綺麗な目をしている。チェルシーは遠くの空を見つめ、砂漠の夜を思い出そうとした。でも、もう忘れてしまった。星の色も、風の冷たさも、自分の歌さえも。


「終わっちゃった……」

「え?」

「何でもない」


 もう、オアシスを求めてさまようことはない。

 家畜とあてのない旅をすることもない。

 奪うためにナイフを振りかざす、あの高揚感も帰ってこない。


「わからないことは何でも聞けよ。オレたち、もう友達だから」

「うん。ありがとう」


 二つのエメラルドを奪うために、この少年と戦い続ける夢を見た。見た瞬間に終わってしまった。今は遠い砂漠で、蜃気楼になって揺れている。いつか解き放たれる日まで。再び自由な鳥になる日まで。


挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[一言] 今回はれみさんにしては正統派ファンタジーな仕上がりですね。短編ではもったいない気がします。チェルシーとミザールの物語をもっと読みたいと思いました。 アルパカなら、ファイヤーアルパカを持ってい…
[良い点] 今シリーズの中でも異質なお話でしたね。 チェルシーが求めたオアシスは実はすでに彼女のもとにあって、遠くに感じるようになって改めて自分の気持ちを認識したんでしょうかね(解釈が違ったらすみませ…
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