number2 オルトロスとの出会い、ここは何処なんだ?
「死ね」
卯月の低く棘のある声にやっと祐の時間が動いた。
「まっ、待って先生!!俺だよ俺!
先生のクラスの蓮見!!」
祐が必死に自分を指差して言うと、卯月の表情が少し動いたが持っている銃を祐から離れることは無い。
未だに自分に銃が向けられ銃口が目の前にある祐は気が気じゃない。
まさか祐は人生の中でこの様な体験をするとは思わず、どうやってこの状況から逃げ出せるかわからずパニックになっていた。
「腕…見せろ」
「えっ?」
「いいから両腕を見せろ」
祐は首を傾げながらもシャツの袖を巻くり腕を卯月に見せた。
両腕を卯月は確認するとやっと銃を降ろした。
「ナノグラムではなさそうだな。
この時間に迷子になっているということは…今日お前は遅刻だな」
卯月は大きなため息をつくと小さなタブレットを出した。
祐に近づきタブレットを祐の首元にかざすとエラー音が響いた。
卯月がタブレットを見ると液晶に緑の文字でE-7と書かれていた。
「エラー7って…また故障?
この前も読み込めなくて修理に出したばかりじゃない。
本当に使えないわね。誰か呼ぶしかないかしら」
そう考えている卯月にやっと祐の思考が追いついてきた。
「先生ここ何処?」
その言葉に卯月は祐に目線を向けると低い声で
「お前には関係ない」
と言って腰につけていたあのボールペンを取り出し、あの時と同じように何もない空間に円を描いた。
「ファーストに帰って早く学校に登校しろ」
「えっ、先生何言ってるんだ…」
祐が言い終わる前に卯月は祐を掴み先ほど描いた円の中央に投げた。
「二度と迷い込むな」
その卯月の捨て台詞を聞き終わる前に祐の目の前が一瞬で暗くなり次の瞬間眩しく光った。
やっと眩さが落ち着き目をゆっくり開けるとそこはあの本だらけの資料室だった。
窓から光が差し込み、外には緑が生い茂っていた。
祐が周りを見渡すと卯月が投げ捨てた卯月の鞄はなくなっていた。
「どういうことだよ」
number2 オルトロスとの出会い、ここは何処なんだ?
祐は数分前に起こった出来事をまだ理解できずその場から動くことができなかった。
いつも開いている窓から涼しい風が入り込み部屋の埃が少し舞った。
それを祐は吸い込んでしまい小さく咳をした。
咳が落ち着くと祐は静かに立ち上がり部屋を出た。
資料室に入る前に壁に立て掛けた自分の鞄があるのを確認しそれを掴むと教員室に向かった。
その足取りはゆっくりだがしっかり教員室に向かっている。
朝が早いためかすれ違う生徒はいない。
誰にも会うことなく教員室に着き、ゆっくりとドアをノックして開いた。
「蓮見どうしたんだ?
今日は珍しく早いじゃないか」
1年時の担任であり、現在も理科を教わっている宗石和人が珍しそうに祐に声をかけてきた。
「先生おはようございます。
卯月先生いますか?」
「卯月先生?たぶん席にいると思うぞ。
なんだ、昨日頭を下げていた提出物か?」
そう宗石は人が良さそうな笑顔を祐に向けた。
宗石も若い先生の1人であり、顔が整っていて身長も高いため女子生徒から大人気な教師だった。
性格も男らしく、明るく誰とも分け隔てなく接するため男子生徒からも慕われていた。
どうやら昨日の一件を見られていたらしく祐にそう聞いた。
「朝一の約束だったので」
「蓮見にしては朝が早すぎるから驚いたよ。
ちゃんと提出物は期限通りだせよ」
そう言うと机に無造作に置いてあった白衣と書類を持って教員室を出て行った。
相変わらず元気な宗石を見送ると卯月の席に向かった。
そこには机にいろんな書類を広げて仕事をしている卯月がいた。
「先生おはようございます」
そう祐が声を掛けると卯月はいつもの表情で振り返ったが驚いたように目を見開いた。
その表情はさっきの戦闘服を着た卯月を思い出す表情だった。
でも卯月はすぐいつもの穏やかな表情に変えると
「おはよう蓮見君。どうしたの?」
と何もなかったように話し出した。
祐は鞄の中から問題集を出すと卯月に差し出した。
「遅れてすみませんでした。
今日朝一で持ってくるって約束したから」
「そうだったわね。はい、受け取ります」
そうにっこり笑って祐から問題集を受け取ると、積み上がっている他の生徒の問題集の上に置いた。
用事が終わっても去ろうとしない祐を疑問に思い卯月が祐を見ると
「先生、ナノグラムってなんですか?」
真っ直ぐ卯月の目を見て祐が真剣に卯月に聞くと卯月の目がまた見開き動きを止めた。
でも卯月はすぐにっこり笑い
「ナノグラムというのは重さの単位でね、たしかミリグラムより小さいのがマイクログラムだからその次ね。
私が知っているのはそれくらいだから詳しく知りたいなら数学の津路先生に聞いてみたらどうかしら?」
と言うが祐は納得しないのか眉間に皺を寄せた。
「じゃ先生ファーストって何?
先生そのボールペンで朝何処行ってたの?」
祐の質問攻めに卯月が苦笑いしていると
「ちょっと失礼します」
と卯月の隣の席で先ほど話題に上がった数学教師の津路辰哉が鞄を持って立っていた。
「あっ津路先生おはようございます。
ほら蓮見君、先生が座れないからもうちょっとこっちにおいで」
卯月がそう言うが祐は話が中断され何かの糸が切れたか、大丈夫ですとさっきまでの勢い無く言って教員室を出て行った。
「すみません、話を中断させてしまいましたか?」
津路は落ちてきた大きく分厚い眼鏡を直しながら申し訳なさそうに卯月に言うと卯月はにっこり笑い
「大丈夫ですよ。お気づかいありがとうございます。
それより先生相変わらず寝癖すごいですね」
と津路のいろんなところに跳ねている髪を見て言った。
「一応直してきているんですけどね」
津路は髪に触ると苦笑いして言うと椅子に座り、鞄を机に置いてよれよれのシャツの袖を捲り仕事をし始めた。
卯月も自分のデスクに向かいパソコンの横に置いていたタブレットとパソコンをコードで繋いだ。
「祐どうしたんだよ」
その声に祐は隣にいる湊を見ると、心配そうに祐を覗きこむ湊がいた。
「何が?」
「何がじゃねーよ。
朝からずーっと何か考えているだろ」
そう言われ祐は否定できないのか苦笑いして疲れた頭を休ませるためにも大きく伸びをした。
「お前が考え事なんて珍し過ぎて気持ちが悪い。
今日は雪が降るのか?槍がふるのか?」
酷い言い様の湊に反論しようとするがその言葉は思い浮かばない。
確かにこんなに考え込んでいるのは久しぶりかもしれない。
記憶力が人よりいい祐は朝のあの光景が頭から離れず今も鮮明に思い出される。
あまりにも考え込む祐に湊は少し考えにやりと笑い
「桃になんか言われたのか?」
と祐に聞くと祐の顔はみるみる真っ赤になっていった。
「ちっ、違う絹田は関係ない!」
「桃は天然だからあまり考え込まない方がいいぞ」
「だから違うって!」
「私がどうしたの?」
その声に2人は驚き声がした方を向くと、そこには違うクラスの絹田桃乃が立っていた。
「なんでここにいるんだよ」
「湊が教科書借してって言ったんじゃない」
少し頬を膨らませ不機嫌そうに言う桃乃の表情さえ何人もの男子の心を射止めているがそれを桃乃本人は気づいていない。
明るく笑顔が可愛い桃乃を慕う男子は多かったが、桃乃は人見知りが強く仲が良くなければその表情を向けられることはない。
湊は桃乃の幼馴染であったため、その縁で祐は桃乃と仲良くなることができた。
「はい、理科の教科書!
話を遮ってごめんね祐くん。それより私がどうしたの?」
そう首を少し傾げて言う姿もとても可愛く、計算なしにこんな仕草が出来る天然な桃乃に湊は感心しながらも
「なんでもねーよ。早く教室帰れ」
と手を追い払う様に動かすとまた桃乃は頬を膨らませた。
「湊の意地悪!
あっ悠乃悠乃―」
桃乃は悠乃を見つけたのか悠乃の元へ走って行った。
「絹田って鵜瀬さんと仲いいのか?」
「同じ部活らしいぜ。
それより祐、そろそろ桃の事名前で呼んだらどうだ?
恥ずかしくて名字でしか呼べないなんて小学生かお前は」
その湊の言葉に顔を赤くしながら否定する祐には説得力がなく、それを見て馬鹿にする湊を祐は追いかけまわした。
そんなくだらないやり取りをじっと見ていた人物に祐たちは気づく事はなかった。
「なんだよ、湊の奴」
祐はさっきのやり取りを思い出しながらため息をついた。
確かに祐は恋に奥手で今まで好きな子がいても思いを伝えることができなかった。
むしろ話しかけることもできず恋が終わっていたため、今回は仲良くなれただけで大きな進歩だった。
湊のお蔭でさっきまで頭から離れなかった朝の出来事をすっかり忘れ、祐の頭は桃乃の事でいっぱいになった。
今は宗石に頼まれた授業で使う実験道具を実験室から教室に運ぶため実験室に1人で向かっていた。
宗石に言われた通り実験室に行くと使用する物品が箱に入って置いてあった。
それを持ち上げようとした時、祐の目の前に謎の光景が広がっていた。
いろんな物品が入っている物品棚にあり得ない黒いひび割れを見つけた。
近寄って確かめるとそのひび割れの中は真っ暗な闇が広がっており、祐は何故かこの奥に何があるか知っている気がした。
そこに恐る恐る手を伸ばすと祐はそのひび割れに吸い込まれるように消えた。
次の瞬間、実験室に1人の生徒が急いで入ってきた。
「しまった…」
不思議な感覚がなくなると祐は静かに目を開けた。
そこは朝と同じく窓の外に真っ暗な闇が広がっている実験室だった。
「やっぱり夢じゃなかった」
祐は実験室を出て学校内を歩き始めた。
学校の作り、飾っている装飾品、全てがさっきまで自分がいた学校と一緒だった。
ただ唯一違うのは、この学校に人の気配が全くない事だ。
さっきまで生徒で賑わっていた学校とは違い静かな学校に恐怖がこみ上げてくる。
その時、遠くに人影が見えた。
この学校ではじめて見た人影に嬉しくなって近寄ると、相手も気づいたのか走って近寄ってきた。
制服からして3年生の男子生徒と分かったが、何故かその顔も知らない男子生徒に恐怖を感じ取った。
祐の本能が逃げろと告げる。
自分に手を伸ばしてくる男子生徒から逃げるため祐は必死に生徒とは反対方向に走った。
バイトで鍛えた体力のお蔭で3年生が自分を捕まえることなく逃げられると思っていたら、さっきまで誰もいなかった目の前の廊下に女子生徒が立っていた。
女子生徒も祐に気が付くと手を伸ばし走って向かってきた。
祐は挟み撃ちにされどう逃げようか迷い、とりあえず少し先にある階段目掛けて走るスピードを上げた。
女子生徒より早く階段まで着き祐が急いで階段を降りようとしたら下からまた違う生徒の影が階段を上ってくるのが見えた。
降りようとした足を止め、階段を上ろうとしたら女子生徒が祐に追いつき腕を掴んだ。
「離せっ!」
その手を勢いよく振り払い、一段飛ばしで階段を駆け上がった。
祐は追いかけられて混乱していたのか逃げ場のない屋上に行ってしまった。
案の定追いかてきた生徒たちが屋上に集まってきて、祐に手を伸ばしながら近寄ってきた。
「来るな…こっちに来るな!」
そう言うが足を止める者はいない。
どんどん縮まる距離に祐は後ずさりするが、もう背中はフェンスに当たってしまった。
逃げる場所がなくなってしまった祐に絶望が走った。
その時祐の脳裏にあの戦闘服を着た卯月が思い出された。
「せ…先生助けて!!」
次の瞬間、生徒たちは一気に倒れた。
その後ろに立っていたのは息を切らして下を向いている、自分の身長くらいある大きな刀を持ち黄色い露出が少ない戦闘服を着た女だった。
女が下に向けていた顔を上げるとその人物が誰かわかった。
「う…鵜瀬さん?」
悠乃は祐を睨むと荒い息のまま
「何故動き回ったの!
お蔭で見つけ出すのが大変だったんだからね!
しかも襲われているし…最悪」
と一気にまくし立てるとその場に座った。
どうやらかなり走ったのかまだ悠乃の息は整わない。
「わ…悪い」
その言葉に悠乃はまた祐を睨むが何かを言い返すことはない。
祐は悠乃が落ち着くのを待ち、悠乃は深呼吸をして少しずつ息を落ちつかせていた。
悠乃は息が落ち着くと刀を地面に刺し、それを支えにして立ち上がると倒れている生徒に近寄った。
ポケットからタブレットを取り出すとそれを生徒たちの首元にかざした。
そうするとピーっと機械音が鳴り、悠乃は生徒全員にかざし終ると祐に近寄った。
祐の首元に同じくかざすがエラー音が響き、画面にはE-7と表示されていた。
「ケルベロスの言う通りね」
「ケルベロスって…卯月先生?」
そう悠乃に聞くと悠乃は祐を睨み
「あなたは知りすぎた」
そう呟き刀を祐に向けた。
「鵜瀬さんちょっと待って!
俺本当に何も知らないんだよ!いきなりこんな所に迷い込んで困っているんだ!
鵜瀬さん、何か知っているなら教えて!
もう頼りになるのは鵜瀬さんしかいないんだよ」
祐は最後の言葉を強めに言うと悠乃の表情が変わった。
それに祐は気づきもうひと押しするため
「もう鵜瀬さんしか頼れないんだ!」
と悠乃に強く必死に言うと悠乃は明らか嬉しそうな顔をした。
祐はこの誰もが気づいていない悠乃の性格に気づいていた。
クラスでは大人しく控えめな性格上、悠乃はいろんなことを押し付けられることが多かった。
もちろんクラス委員長もその1つだ。
でも悠乃は頼りにされるのが嬉しいのか、みんなにそう言われると断れないし微かだが嬉しい表情をする。
実際今の悠乃も祐に頼りにされて嬉しいのか、向けていた刀を降ろし少し考えながら話しはじめた。
「ここはセカンドという世界なの」
「セカンド?」
「私達の世界は4つに分けられるの。
簡単に言うと何も存在しないゼロ、私達が普通に暮らしているファースト、建物しか存在しないセカンド、コアがあるサード。
4種類の世界があるけど普通はファーストのみしか行動できないの。
でも睡眠状態や意識がない時とかに時々セカンドに迷い込んでしまう人もいるけどね」
その悠乃の言葉に祐は朝の卯月の言葉を思い出した。
この時間に迷子になっているとは…今日お前は遅刻だな
ファーストに帰って学校に登校しろ
「俺がまだ家で寝ていると思ったから先生あんなこと言ってたのか」
「私たちアクシスはそんな人達をファーストに戻したり、保護するのも仕事なのよ」
そう言うと悠乃はすぐに両手で自分の口を塞いだ。
悠乃の顔はどんどん真っ青になっていったため祐は心配して悠乃に声をかけた。
「鵜瀬さん?」
その中凛とした声が当たりに響いた。
「オルトロス、何をしている」