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「関係成立」

 ~~~深見鷹ふかみたか、296日前~~~




 ワンライ終了後、あかねは人が変わったように俺になついてきた。

 腕を組み体を寄せ、「師匠」と親しに呼びかけてくるようになった。


 俺は驚き、疑った。

 この厚い手の平返しにはきっと何らかの裏がある。

 そう思ったのだが──結果的にはまるで無かった。

 茜はデビュー当時からの星井雪緒ほしいゆきおのファンであり、著作すべての暗唱が出来るほどのフリークでもあったのだ。 


 もちろん俺は、弟子なんかとるつもりはないと突っぱねた。

 長期に渡って嘘がつけるほど器用ではないし、何より良心が痛んだからだ。


 しかし茜はなかなか諦めようとしなかった。

「弟子にしてよ」

「いやしない」

 押し問答は忘年会の席でまで続いた。


 星井雪緒目当てで来たお偉いさんや同業者、編集さんの目が痛かったので、俺はやむなく「前向きに検討する」ことに合意した。

 そうすればこれ以上騒がないしベタベタしないと、茜が約束してくれたからだ。

 


 そして忘年会終了──


  

「さぁーて、それでは前向きに検討してもらいましょーかっ?」


 会場となったホテルを出た瞬間、茜は俺の腕に飛びついてきた。

 起伏に乏しい胸を、なんのつもりかぐりぐりと押しつけてきた。


「や、ちょっと……俺もう、帰るからっ」


 このまま何もなかったことにしてしまおうと、俺は茜を振り切り高速バスの乗り場に急いだ。

 長身を活かしての超早歩き──しかし茜はほとんど走るようにしながら着いて来た。


「ええーっ? ホントにもう帰るのーっ?」


 もう一泊して遊んで行こうとさんざん騒がれたが、全部無視。


「……ちぇー。しかたないなあー……」


 口を尖らせた茜、そこで引くかと思いきや……。


「じゃあわかったっ。あたしも一緒に帰るっ」


「え? え? 一緒にっておまえ、泊まるとこ予約してるんじゃ……?」


 さすがに驚いて立ち止まると、茜はスマホをいじりながら答えた。


「うん、キャンセルする」


「キャンセルっておまえ……週末の夜だぞ? 席なんてもう空いてないんじゃ……?」


「大丈夫よほら……ねっ? バッチシ師匠の隣が空いてる。へっへー。あたし、こういうとこ運がいいんだっ」


 にっこり笑った茜は、嬉々として高速バスの予約画面を見せつけてきた。




 夜の10時発、到着は翌7時という便で、俺と茜は隣り合わせに座った。

 これから長時間こいつに絡まれるのかとうんざりしていると……。


 茜は前の座席の背もたれについていたトレイを下げると、ノートPCを置いた。

 

「ごめんね? ちょっと仕事が立て込んでるから……。サービスエリアに着くぐらいには終わると思うから。それまで我慢しててよね?」


「いや我慢というか、別に構ってほしいわけじゃないんだけど……」


 俺の言葉を、もう茜は聞いていなかった。

 カタカタターンッと、目にも止まらぬ勢いで執筆を始めた。

 途中の休憩地点であるサービスエリアで降りるまで、本気で一度たりともこちらを見ず、無駄口も叩かなかった。




 たどり着いたサービスエリアは関東随一の巨大なもので、深夜であるにも関わらず賑わっていた。

 開いていた売店のひとつでホットチョコを買っておごってやると(あくまでもお疲れ様の意味であり、他意たいはない)、茜は歓声を上げて喜んだ。


「おまえってホント、ずうぅぅぅっと書いてるんだな……」


 温か~い缶コーヒーを飲みながら呆れ半分感心半分で言うと……。


「そーう? あんなもんじゃない?」


「あんなに集中して、ずっとさあ……」


「んー……たしかに人に比べれば集中してるほうかな。時間もまあ、長いほうかもね」


「昼間は昼間で俺とワンライしてたのにさ、疲れたりとかしないのか?」


 ワンライだけで8時間、バス内での原稿3時間。

 1日の半分を執筆に当てて、しかもあの速度。

 ちょっと覗いてみた限りでは、クオリティにも問題はない。


「疲れはまあ、するけどね。それが仕事だし、修行で、日常だしね。取り立てて何かを感じたりはしないかな」


「おおー……」


 さすがはプロ、と感心していると……。


「師匠だって似たようなもんでしょ? さっきもずっと、ノートPC開いてたじゃん」


「俺はまあ………………うん、俺もそんなもんかな」


 苦い顔で、俺はうなずいた。


 ごめん、こっちは20行しか進んでないわ。

 しかも、隣で仕事する茜から刺激を受けた上でその程度の超遅筆。


「へっへっへー、やっぱりね。さすがは同じ系統の生き物同士っ」


 茜はホットチョコを飲みきると、くるくる楽しそうにその場で回転した。

「しゅたっ」と口で効果音をつけながら立ち止まると、「ビシッ」と俺を指差してきた。


「あたしたちはかれ合う運命だったのよっ」


「んーな大げさな……」


 俺は飲みきった缶コーヒーをゴミ箱に捨てると、広い駐車場を横切りバスの方に向かって歩き出した。

 寒風吹きすさぶ中をのそのそと進む俺の隣に、茜が並んできた。


「今日のお仕事は終わりってことで、これからは師匠との時間ねっ」


 にこやかに言い放つと、あれやこれやと話し始めた。


 いきなり本題には入らず、まずは小説家らしく創作談義から。

 自分が書いてきたもの、書こうと思っているもの、執筆上の悩み。

 読んで面白いと思ったもの、つまらないと思ったもの、それらがどうすればより良くなるのか。

 アニメ化は、マンガ化は、舞台化は、映画化は、小説にどんな影響を与えるのか。

 

 バスに戻ってからも、それは続いた。

 周りが寝ているからトーンは抑えめで。

 修学旅行の夜に布団をかぶりながらクラスメイトと話をしたあの感覚にも似て、それは不覚にも楽しいものだった。


 ひと通り話し終えると、茜ははにかむように笑った。


「あのね、師弟関係って言ってもね、別にベタベタするつもりなんてないの。あたしはあたしで書くし、師匠は師匠で書く。別々に仕事をこなし、淡々と毎日を過ごす。時々ワンライで勝負してくれたり、その時ついでに指導してくれたらいいだけ。たまにはこうして会って、話してくれたらラッキー。ね? その程度のものなの。だからさ……お願いっ」


 ──あたしの、師匠になってくれない?


 どこまでもハードルの低いその願いを、俺はついに断ることが出来なかった。


 理由はいくつかある──

 星井雪緒の没原稿はいくらでもある。つまりこれからも、茜の夢を叶えてやれる。 

 茜のセンスを考えるなら指導なんてほとんど必要ないだろうし、たまに会って話をするだけなら浮気にもなるまい。

 それに何より俺自身にとっても、現役バリバリの小説家の友達が出来るのは嬉しく、刺激になることなのだ。


 ……などと。

 当時の俺はそんな言い訳がましいことを考えて、後ろめたさをごまかしていた。

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