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「決闘開始」

 ~~~深見鷹ふかみたか、297日前~~~




「『執楽園しつらくえん』に登録してないんだけど」という言い訳は「じゃあ今すぐ登録しなさい」と却下され。

「高速バスの車中で打鍵音を響かせるのはさすがにちょっと……」という遠慮には「じゃあ向こうに着いてからね」とあっさり代替案を出された。


 そして俺は、東京に着いて早々手近のカラオケボックスに拉致されることになったのだが……。




「ふんふんふ~ん♪ 忘年会まで8本は出来るわね~え~え~え~♪」


 Wifiの接続を確認するあかねは、歌など歌っていかにも気分が良さそうだが……。


「なあおまえ……。せっかく東京に来たのに観光とかしないの? 本気でここで時間潰すつもりなの?」


 心から疑問に思った俺は、テーブルを挟んで対面に座った瞬間問いかけた。


「はあー? やだやだ、あんたって根っから東北の田舎者なんだから」


 ドリンクバーでミックスしてきたのだというなんだかものすごい色をした飲み物を口に含むと、茜は呆れたように肩をすくめた。


「あのね、あたしぐらいの人気者になると東京なんて数え切れないほど打ち合わせで来てるわけ。東京タワーもスカイツリーも行ったし、他の名所も大体回ったことあるわけ。だから今さら、行きたいとこなんてないのよ」


「お、おうそうか……」


 めっちゃ観光してるのって、つまりはイコール田舎者だからだと思うのだが、あえてツッコミはしなかった。


「というか、あんただって似たようなもんなんじゃないの? 星井雪緒ほしいゆきおなんて、それこそどのレーベルからも引っ張りだこじゃない」


「げほっごほっ……! え、ええええええーっと!? あ、あああああーそうだねっ!? そうだったね!?」


 いきなりボロを出しそうになった俺は、焦って何度も咳き込んだ。


「やー、でもさ、俺の場合はなんというかその……ほら、あれだ。人混みとか苦手なんで? 極力こっちへは出ないようにしてたというか? 打ち合わせもスカイプとかで済ませてたし? ウェイウエーイ、みたいな?」


「ホぉぉぉントにぃー……?」


 東京の若者っぽい言葉で誤魔化す俺を、茜はじっとり疑わしそうな目でいたが……。


「ま、いいわ。結果はどうせすぐにわかることだし。ほら、始めるわよ。ルームナンバーは2305。オーナーは『茜☆9992』ね」


「……何その、名前の後ろについてるやつは」


「ああ、これ? 撃墜キルマーク。あたしがこれまで決闘で勝利した数」


 よくぞ聞いてくれました、とばかりに犬歯を見せて笑う茜。


『執楽園』は一戦ごとの勝敗によって評価ポイントがつくシステムになっている。

 勝てば上がるし、負ければ下がる。

 だから多くの者は、己のポイントを誇示する傾向にある。

 評価100以下が底辺、1000で人並み、10000以上がプロ並み。


 だけど中には、勝ち星数そのものを誇示する者もいる。

 なぜならそれは、動かしがたい歴史の積み重ねだからだ。

 たまたま強い相手に勝って、たまたま急上昇したなどというまぎれは絶対に起きないからだ。 


「きゅうせんきゅうひゃく……っ!? えええぇっ!? おまえどんだけ決闘してんのっ!?」


「どんだけしてるかって? 知りたい? 知りたい? そっかー、知りたいんだーっ。もうーっ、しょうがないわねえーっ、めんどくさいやつぅぅぅーっ」


 全然めんどくさそうには見えない顔で、茜は自らの経歴を語った。


『執楽園』の8年前のサービス開始当初からの古参で、ログイン時間は1日平均5時間。ログイン中は常に決闘し続けているので、つまりは1日5決闘。年間1825決闘だとして、単純計算……。


「14600決闘……っ?」


 その途方もない数に、俺は思わず鳥肌を立てた。

 こいつ、こんな格好なりしていったいどんだけガチ勢なんだよ……。


「何せ8歳からだからね。さすがに最初はけちょんけちょんにされたもんだけど、今や☆と★の数は逆転。あと8つで1万の大台に届くのよ。そしてそのための大事な大事な☆を、あんたがあたしに捧げるの」


「お、俺がっ……おまえにそんな大事なものを捧げるのっ!?」


「ちょ……ちょっと変な言い方しないでよ!」


 茜は顔を真っ赤に染めると、慌てて鞄の中を漁り出した。


「いいい言っとくけど、暗い個室にふたりきりだからっておかしなこと考えるんじゃないわよっ!? あたし、色々持ってるんだからねっ!? クマけスプレーとかだってあるんだからっ!」


 テーブルの上に茜が並べたのは、クマ避けスプレーや防犯ブザー、スタンガンなどの護身用グッズだ。

 喋らないかぎりは美少女だし人目を引く格好もしてるから、こいつなりに苦労はしているのだろうが……。


「そもそもの問題として、見ず知らずの俺とこんなところに入らなきゃよかったんじゃないか……?」


「だ、だってしょうがないじゃないっ! あんたが色々注文つけるからっ! それに、この機会逃がしたら二度とないかもしれないしっ! あの謎多き作家、星井雪緒と決闘出来ることなんてっ!」


「ああー……まあ……うん」


 というかたぶん、普通に生涯ないと思う。

 小雪あいつそもそも家から出ないし、あげくネット音痴だから『執楽園』にも接続出来ないだろうし。


「とゆーわけで始めるわよ。ほら、入って来なさい星井雪緒っ。そんでおとなしく、あたしの踏み台になりなさいっ」


 護身用グッズを手の届くところに置いたことで安心したのか、茜の目は再び攻撃的な光を取り戻した。


「まあいいけどさ、今日の俺って調子が悪いというか、極度のスランプで……」


「いいからほらっ! ハリーハリーハリー!」


 負けた時の予防線を張ろうとする俺だが、茜はそんなもの全て無視してかしてくる。


「いやマジでどん底なんだよね。だからおまえのご期待には添えないというか、今の俺に勝ったとしても自慢にならないというか……」


「うるさい! 早くしなさい!」


「ってあああああーっ!!!? おまっ、人のを勝手に……っ!?」


 茜はテーブルの上に身を乗り出すと、俺のノートPCを勝手に操作した。

『茜☆9992』のルームに強制的に入室され、決闘を受諾させられた。


「よーし、よしよし、よーしっ」


 トマス・ヴィジョンの決闘詩エピグラムが始まったのを確認すると、茜は椅子に座り直した。

 両手を擦り合わせると、嬉しそうに頬を緩ませた。


「えへへ……えへへへへ……。あの星井雪緒と決闘だってさ。えっへへへ……」


 ボソボソと聞こえないように言ったつもりなんだろうけど……残念、聞こえてます。

 俺って耳、いいんだよね。


「あー……」


 もしかしたらこいつ、星井雪緒のファンだったんだろうか。

 だから初対面の俺をここまで強引に引きずってきたのだろうか。

 だとしたら悪いなって思った。

 だって俺は、本人じゃないから。


「……まあでも、少しは頑張ってみるか」

 

 自分にもてるすべてを出して、ちょっと善戦してやろうか。

 なんて思った。

 思ったんだけど……。


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